先月末に有識者会議で”お披露目”したのを見て以来、随分と温めてしまっていたのだが、今週、正式に金融庁からも東証からもリリースされたのを踏まえ、新「コーポレートガバナンス・コード」の話題に触れておくことにしたい。
※東証が開始したパブリック・コメント(以下リンク参照)の対象となるのは、東証が主体となる
・フォローアップ会議の提言を踏まえたコーポレートガバナンス・コードの一部改訂に係る上場制度の見直しについて(市場区分の再編に係る第三次制度改正事項)
・(別紙)コーポレートガバナンス・コード(改訂案)
であるが、合わせて金融庁が公表した
・コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について
・投資家と企業の対話ガイドライン(改訂案)
も参考資料として添付されている。
※意見募集期間は2021年5月7日まで*1。
www.jpx.co.jp
さて、それで・・・である。
フォローアップ会議(有識者会議)が出した「改訂について」のペーパーと、それを反映したCGコードの改訂案には、公表されてから何度か目を通しているのだが、読めば読むほど、そこから伝わってくるのは、まさに
「混沌」
である。
「改訂について」の最初の数行を読むだけでも、雰囲気は理解いただけるはずだ。
「コロナ禍を契機とした企業を取り巻く環境の変化の下で新たな成長を実現するには、各々の企業が課題を認識し変化を先取りすることが求められる。そのためには、持続的成長と中長期的な企業価値の向上の実現に向け、取締役会の機能発揮、企業の中核人材の多様性の確保、サステナビリティを巡る課題への取組みをはじめとするガバナンスの諸課題に企業がスピード感をもって取り組むことが重要となる。」
(改訂について・1頁)
「コロナ禍」を筆頭に、「持続的成長」「企業価値向上」「多様性確保」から「サステナビリティ」まで、短い一文の中に様々なフレーズが散りばめられているが、企業の中でちょっとでも経営に関わったことのある人が見れば、これらをざっくりと「ガバナンスの諸課題」とまとめられてしまうこと自体にため息が出てくるに違いない。
様々な立場の人が、様々な角度から突っ込んだ発言を役所風のレトリックを用いて”きれいに”まとめる。その能力自体は評価してあげないと気の毒だとしても、いざそれが現場に落とされると何が何やら・・・となってしまう。そんな日本社会の縮図がここにも凝縮されているわけで、しかも「旧来の日本の企業風土」を変えようとするための提言が、そんな日本的*2なものの上に成り立っているのだから、これを皮肉と言わずして何というか・・・。
もちろん、今回盛り込まれている提言の1つ1つのトピックを切り出してみれば、いずれも意義のある提言で、それに対して正面から異論を唱えるつもりは全くない。
「事業環境が不連続に変化する中においては、取締役会が経営者による迅速・果断なリスクテイクを支え重要な意思決定を行うとともに、実効性の高い監督を行うことが求められる。」(改訂について・2頁、強調筆者、以下同じ)
「CEOや取締役に関しては、指名時のプロセスが適切に実施されることのみならず、取締役会・各取締役・委員会の実効性を定期的に評価することが重要となる。」(改訂について・3頁)
「企業がコロナ後の不連続な変化を先導し、新たな成長を実現する上では、取締役会のみならず、経営陣にも多様な視点や価値観を備えることが求められる。我が国企業を取り巻く状況等を十分に認識し、取締役会や経営陣を支える管理職層においてジェンダー・国際性・職歴・年齢等の多様性が確保され、それらの中核人材が経験を重ねながら、取締役や経営陣に登用される仕組みを構築することが極めて重要である。こうした多様性の確保に向けては、取締役会が、主導的にその取組みを促進し監督することが期待される。」(改訂について・3頁)
「支配株主を有する上場会社においては、より高い水準の独立性を備えた取締役会構成の実現や、支配株主と少数株主との利益相反が生じ得る取引・行為(例えば、親会社と子会社との間で直接取引を行う場合、親会社と子会社との間で事業譲渡・事業調整を行う場合、親会社が完全子会社化を行う場合等)のうち、重要なものについての独立した特別委員会における審議・検討を通じて、少数株主保護を図ることが求められる。」(改訂について・5頁)
「上場会社においては、取締役会・監査等委員会・監査委員会や監査役会に対しても直接報告が行われる仕組みが構築されること等により、内部監査部門と取締役・監査役との連携が図られることが重要である。」(改訂について・5頁)
ただ問題は、1つ1つの「提言」が志向している方向性が必ずしも一致していないように思えるところで、一番分かりやすいところで言えば、このコードが最初に出た時から指摘されている、「企業経営における意思決定の迅速さ、大胆さ」を求めるのか、それとも「誤った意思決定をしないような監督強化」を求めるのか、という方向性のギャップは縮まるどころか、より先鋭的に拡大しているように思われるし、さらに「多様性」という要素まで強く押し出されるようになってきたことで、より方向性が見えなくなったところはある。
今回の一つの「目玉」とされているサステナビリティの話にしても、
「中長期的な企業価値の向上に向けては、リスクとしてのみならず収益機会としてもサステナビリティを巡る課題へ積極的・能動的に対応することの重要性は高まっている。また、サステナビリティに関しては、従来よりE(環境)の要素への注目が高まっているところであるが、それに加え、近年、人的資本への投資等のS(社会)の要素の重要性も指摘されている。人的資本への投資に加え、知的財産に関しても、国際競争力の強化という観点からは、より効果的な取組みが進むことが望ましいとの指摘もされている。」(改訂について・3~4頁)
と、この文脈で出すのが適切かどうか疑問なしとはしない「収益機会」とか「国際競争力の強化」という要素が突っ込まれることでカオス感は増した。
もし、これらの「提言」を反映した「コード」が、名実ともに当初言われていたような”ソフト・ロー”にとどまり、「全てコンプライしなくても、会社として明確にエクスプレインできればそれでよい」という運用が貫かれていたならば、様々な提言の中で何を取り込んで何を取り込まないかは、それぞれの会社の哲学の問題、ということで取捨選別すればよかっただけなのだが、現実はそうなっていない。
そもそも、このCGコード導入当初、大企業を中心に、実質はもちろん、形式すら整っていたか怪しい会社までもが早々に「フルコンプライ」を宣言し、「エクスプレインは悪いこと」であるかのようなムードを作ってしまったこと、そして、当局も「コンプライ・オア・エクスプレイン」を建前でこそ掲げつつも*3、「フルコンプライしないとプライム市場に移行できない」かのような雰囲気を決して強くは否定していないように見えることが、今、多くの企業のコーポレートガバナンスにかかわる現場に大きな懸念を引き起こしているのである。
この提言を出したフォローアップ会議に参加していた有識者の方々は、おそらく、というか、間違いなく、真摯に日本企業のガバナンスの、ひいては日本社会の行く末を危惧して様々な意見を出されていたに違いない*4。
・マネージャーレベルでスピード感をもって新しい施策を進めようとしても、部長、執行役員レベルでは判断できない。
・ならば、と、経営会議にかけても誰も判断できず、取締役会に持っていく前に空転する。そして機を逃す。
・上層部が誰もリスクを取りたがらない。結果、上から見た目だけ良い(が現場の負担は大きい)施策ばかりが落ちてきて、下々を疲弊させる。
・「ワークライフバランス」の掛け声は威勢よく鳴り響くが、若手社員にはバランスをとるだけの「ワーク」がなく、つぶれかけた中間管理職にはもはや「ライフがない。
・「ダイバーシティ」を実現したくても、名実ともに「多様性」を発揮できるような優れた(かつ尖った価値観やバックグラウンドを持つ)人々は、早々に組織を去り、残されるのは凡庸な「日本的組織人」だけ。
そんな日本の大企業あるある・・・は、自分も最後の数年は顕著に目にする機会が多くなっていたし、どの部署でも状況は同じ、他の会社の人と情報交換してもそんなに変わらん、ということを知れば知るほど、憂いは深まるばかりだった。
だから、そういう姿に直接、間接に触れてきた有識者たちが、この短い「提言」の中に、「何とかしろよ、日本企業!」という思いを込めたのだろう、ということも非常に良く分かる。
ただ、そういった危惧感を全てひっくるめて「ガバナンス」というフレーズに押し込めたところで、何かが解決するのだろうか?
自分には全くそうは思えないし、この新しいコードが適用されることになれば、再びリソースだけは豊富な(言い換えれば人もカネも余っている)大企業の多くが形式的なコンプライを、そしてそうではない中堅以下の会社*5は、八方ふさがりで悪戦苦闘する、ということになるのだろうな・・・と思わずにはいられない。
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