そしてまた夏の祭典が始まる。

気が付けばリオ、である。

いつものようにフライングで始まった男子サッカーは、4年前の再現を望んだファンの期待空しく、速報だけ見たら「何の試合だっけ?」と思ってしまうような荒れ模様で幕を開けることになってしまったが、あれだけ得点力不足に苦しんでいたチームが4点も奪った、というのは今後に向けての好材料と言えなくもない*1

そして、この後に続くのが、地球の裏側を歓声とため息の渦に巻き込む長くて短い17日間。

今回もNumberのプレビュー号を読んでみたのだが、巻頭の「Face」欄で紹介された日本郵政陸上部コンビ(鈴木亜由子選手、関根花観選手)に始まり、以下の競技でいつも以上に多くの選手たちが取り上げられている。

競泳    :萩野公介選手、瀬戸大也選手、池江璃花子選手、今井月選手、酒井夏海選手
サッカー  :植田直通選手、遠藤航選手
柔道    :(男子7選手)
バドミントン:奥原希望選手、山口茜選手、高橋礼華選手、松友美佐紀選手
バレーボール:木村沙織選手
卓球    :石川佳純選手、福原愛選手、伊藤美誠選手
陸上    :桐生祥秀選手、山縣亮太選手、ケンブリッジ飛鳥選手、女子マラソン3選手
ラグビー  :セブンズ男子・女子代表
水球    :大本洋嗣監督
自転車   :中川誠一郎選手

自分と同世代、と言えるような選手はとうに姿を消してしまっており、「80年代生まれ」ですら“ベテラン”の香りが漂ってくるような時代の移り変わりの速さには頭がくらくらするのだが*2、記事のところどころに、自分もよく知る世代の五輪のレジェンドたちが紹介されているのを読むと、ちょっと安心したりもする。

「プレビュー」で取り上げられた選手が常に結果を残せるとは限らず、逆に大会前はほとんどメディアに取り上げられることもなかったような競技で、一般視聴者にはほとんど顔も知られていなかったような選手が一気にスターダムにのし上がることもある。初めて出た大会で一身に浴びた期待の重さゆえ結果を出せなかった選手が、4年越しで夢をかなえる、というより時間軸の長い話もある。勝っても負けてもドラマになるのが、五輪という大舞台。

できることなら、“良いサプライズ”だけで17日間終わって欲しい・・・と願いながら、眠い目をこすり続ける日々は、もう目の前なのである*3

なお、今回の五輪プレビュー号で非常に印象的だったのが、「パラリンピック」に出場する選手紹介の充実ぶり。

テレビメディア等がどこまできちんと報じてくれるのかは分からないが、今回の五輪で、真正面からパラリンピックアスリートの戦いぶりが取り上げられてはじめて、4日本人が胸を張って4年後の祭典を受け入れられるように思うだけに、その辺も含めて見守っていければ、と思っているところである。

*1:しかもエースストライカーの久保選手が出場できなくなった状況で、である。

*2:競泳で紹介されている女子3選手などは、2000年〜2001年生まれだから、シドニーの五輪すら知らない、ということになる・・・。

*3:さすがに日本と24時間の時差を抱える国での大会、ということもあり、多くの人気競技が普通に生活していたら見られない時間帯にあたってしまっている、というのが今回少々残念なところではある。

「職務発明制度」がどうなったのかを知るために欠かせない一冊。

このブログでも過去何度も取り上げてきた特許法35条の改正に関し、非常に良い解説書だな、と思って紹介するタイミングを見計らっていた一冊の本がある。

おそらく、BLJ誌にronnor氏が連載している書評で取り上げられるのではないか、と思い、その反応を見てコメントすることを考えていたので随分と遅いタイミングになってしまったのが、今月発売のBLJ誌上でのコメントは特になかったので*1、ここでご紹介しておくことにしたい。

実務解説 職務発明――平成27年特許法改正対応

実務解説 職務発明――平成27年特許法改正対応

この書籍の最大の特徴は、著者4名がいずれも特許庁総務部総務課制度審議室法制専門官」として今回の立法に関与した(と思われる)大手法律事務所の弁護士たちだ、ということだろう。

立法に関与した省庁の担当官が、法改正直後に「解説」を書くのは一般的なことで、そういった解説はある種の“公権解釈”として重宝されることも多いのだが、加えて本書の著者の方々は任期付きで派遣された若手弁護士で、4名のうち3名は既に事務所に復帰され、立場を変えてクライアントの側から改正法(及び改正法指針)にかかわっている先生方、ということになる。

通常、当局の担当官が書く解説、というのはとかく保守的で、役所の建前を前面に出すものになりがち*2だが、本書の場合、「立法プロセスに密接に関与しつつも、任期が終われば当事者として改正法に向き合わなければいけない」という著者の立場ゆえに、一歩踏み込んだところまでしっかりとした記述がなされているように見受けられる。

特に、「第5章 職務発明Q&A」(92頁以降)では、「総論」から「新入社員・中途入社・組織再編での入社の取扱い」(Q43、178頁)、「退職者に対する『相当の利益』の付与」(Q50、197頁)といった実務上頭を悩ませることが多い論点まで広範な論点が取り上げられ、改正法や指針の条文を適切に引用しつつも、そこに書かれていないことまでさらに一歩踏み込む、というスタンスが徹底されており*3、企業の実務家にとっては非常に有益な記載も多い。

また、産業界の一番の関心事であった「『相当の利益』の内容と不合理性の判断」に関する指針の記述について、

「平成16年法改正以降においても、自主的な取決めによる『相当の対価』は、特許法35条5項によって定められる額を考慮して決定しなければならないとの見解が存在するが、本項が当該見解をも否定する趣旨か否かは明らかでない」(55頁)

と記載しているくだりなど、産業界の強い意向が反映されているはずの「指針」を客観的に突き離しているような印象もあり*4、なかなか興味深く読むことができる。

前半で、平成27年法改正の立法事実や改正の意義を「公式見解」に則って淡々と説明しながらも、いざ具体的な設例に則って解説を行う場面では、むしろ「平成16年法改正の趣旨」の方が多用されている、というところに、合理的で賢明な法律家たちの今回の改正の受け止め方が如実に現れているような気もするのだが*5、いずれにしても、これ一冊で今回の特許法35条改正はほぼカバーできるし、「結局、何がこれまでと変わり、何が変わっていないのか」ということを深く考えることができる*6のは間違いないところで、ここは本書を強くお勧めしておきたい。

まぁ、本書を紹介するタイミングを見計らっている間に、先月発売されたジュリストに、竹田稔弁護士と中山信弘名誉教授という知財界二大巨頭の対談企画(「日本の職務発明制度と平成27年改正」ジュリスト1495号2頁(2016年))が掲載され、

「子細に検討すればするほど大きな制度変革は行われなかったというほかありません」(3頁、竹田発言)
「理論的には画期的な変化であるとは思いますが、現実にどの程度の変化があるのかという点では、『大山鳴動鼠一匹』という感じは否めないと思います。」(4頁、中山発言)
「『相当の経済上の利益』は実質的には『対価』に集約されるものであり、大臣指針において『対価』の算定をどのようにすべきかまで触れることは望ましいことではないし、大臣指針でそのような介入をすることは到底不可能だといわざるを得ないと思います。」(72頁、竹田発言)*7
「私は、実体的正義から手続的正義への転換を図った平成16年改正のほうが、平成27年改正よりも重要であると考えています」(75頁、中山発言)*8

等々、今回の改正を「画期的な変化」と位置付けようとする人々に強烈な冷や水を浴びせてしまったために、上記解説書に込められている(?)メッセージもだいぶ霞んでしまっていたりもするのだけど・・・。

*1:なお、ronnor氏の第1回の連載をこのブログで取り上げたところ、今月号の書評の冒頭でご紹介いただける、という光栄に預かってしまった。この場を借りて御礼を申し上げたい。

*2:したがって、審議会の中で整理され公表された内容に忠実な記載となるし、そこで明確にされなかった“かゆいところ”の記述はあえてぼかしてあったり、捨象されていたりすることも多い。

*3:例えば、Q43では、「協議の状況」を「基準を策定する場合において、その策定に関して・・・行われる話合い全般」と定義するガイドラインの記述を引用しつつも、「平成16年改正以降の手続重視の思想」として「『相当の利益』を受ける発明者たる従業者との関係で適正な手続を要求している」ということを挙げ、「基準策定後に入社した者に対しても何らの手続を保障することが望ましい」(178頁)という結論を導き出している。

*4:もっとも、これに対応して設けられているQ15では、「平成16年改正の趣旨」を引用しつつ、「上記見解は、このような改正の趣旨に反するように思われる」(124頁)という使用者寄りの見解が示されている。

*5:ちなみに、先日、日経新聞のコラムに、こともあろうに、「各社がルール見直しに消極的なのは知財部門の社内の地位が低いから」といった特許庁関係者のコメントが掲載されていて仰天した(日本経済新聞2016年7月9日付朝刊)。確かに、知財部門に全社横断的なルールを構築する力がない、というのは事実だとしても、今回の法改正に関しては、そもそも“変える必要がないから変えない”というのが合理的な実務家の感覚で、特許庁が小さな成果を大きく見せたいがために企業側にあらぬ責任転嫁をしようとするのは、正直勘弁してほしいと思う次第である。

*6:そして、深く考えれば考えるほど、平成16年改正時から「何も変わっていない」ということに気が付く。

*7:この点に関して、中山名誉教授は、「改正法にいう利益が、厳密な意味で対価と同じか否かという議論ではなく、正当な手続を踏んだか否かという点を問題とすべきではないか」(73頁)、「利益の概念を、対価の概念よりは柔軟に解釈してもよいのではないか」(74頁)という発言をされているが、一方で「徹底した条文とはならなかった」(72頁)ことは肯定されている。

*8:中山名誉教授は、これに続けて、「16年改正後も企業の職務発明管理には大きな変化は見られなかったようです。」として、今回の改正を機に「企業はより柔軟な規程を設けることが可能となったので、それを大いに活用してほしいと思います」(75頁)という前向きな姿勢を示されているのだが・・・。

BLJ「100号」が思い起こさせてくれた記憶と、未来へ向けた期待。

ここのところ、法律雑誌に目を通す機会もほとんどなかったのだが、ようやく少し時間がとれたので、先月発売の「Business Law Journal」2016年7月号を開いてみた。

Business Law Journal(ビジネス ロー ジャーナル) 2016年 07 月号 [雑誌]

Business Law Journal(ビジネス ロー ジャーナル) 2016年 07 月号 [雑誌]

「100」という節目の通算号数が、表紙で大きくクローズアップされた記念号。
14〜15頁に掲載された「年表」から9名の読者コメントまで、ささやかな「記念企画」も組まれている。

最近では、ふと思いついた時にくらいしかこの雑誌を手に取らない不真面目な読者になってしまっている自分だが、創刊当初からしばらくは、この雑誌が「法律雑誌業界」に持ち込んだ実務ベースの斬新な切り口だとか、個性的な紙面構成を熱狂的に支持していて、創刊号を取りあげたエントリー(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080301/1204331918)以降、このブログでも何度取り上げたか分からないくらい言及してきた。

年表(14〜15頁)を見ると、創刊当初の記憶が生々しく蘇ってくるし、その背景にあった時代状況まで思い返すことができて*1、いろいろと感慨深い*2

この8年の間に、企業法務を取り巻く環境は大きく変わってきているし、自分自身の立ち位置も大きく変わった。それでも、あの時感じたインパクトは決して色褪せていない。

このBLJという雑誌が世に出るまで、法律雑誌等で語られる「実務」といえば、あくまで、弁護士や裁判官等の視点からの「実務」でしかなかった。
そして、そういった「実務」の情報は、日々、企業活動の現場で直面する問題に向き合っている担当者にとって、“役に立たない”とは言わないまでも、“少しピントのずれた”“痒いところに手が届かない”ものでしかなかったし、たまに掲載される“企業実務者”の手による論稿も、旧来的な意味での「実務」視点に合わせたものになってしまっていることが多かった。

そこに、本当の意味での、現場レベルでの“実務”視点を持ち込んだのが、BLJという雑誌だったと言えるだろう。

匿名の担当者コメントだったり、匿名座談会だったり、と、パターンは様々なれど、これまで活字になっていなかった生々しい運用の実態だとか、担当者の本音ベースでの考え方が拾い上げられて記事になる、というのは、非常にセンセーショナルな出来事だったし、「契約」とか「コンプライアンス」周りの特集を組む場合でも、総花的に各論を展開させるのではなく、なるべく実務的に引っかかりやすいポイントに力点を置いて取り上げようとする、というスタンスも印象的だった。

保守的で既得権益層が凝り固まっていた法律雑誌業界に、それまでにない新しいコンセプトを掲げて切り込んでいく、というのは、並大抵の覚悟ではできないことだったと思うが、それを貫いて一定の読者層を確保し、「100」にわたる発行号数を積み重ねてきたLEXIS NEXIS社編集部の功績は、率直に称えられるべきだと思う*3

どんな雑誌でもそうであるように、創刊当初の斬新な発想を、ずっと変わらずに維持し続けることは難しい。
BLJ誌もそれは例外ではないようで、企業内の純粋実務家から、実務に興味のある法曹関係者や法科大学院生等にまで読者層が多様化したり、雑誌としてのステータス・認知度が向上していく中で、最近では“らしくない”特集記事や連載記事を目にすることが多くなったような気がする*4

また、逆に、創刊当初の企画の方向性が維持され続けられているがゆえに、読者層のポジションの変化(一担当者→管理者層)に対応しきれていない、というところもあるのではないか、と自分は感じている。

もちろん、8年前の自分と同じようなポジションで、今、BLJを熱心に読んでいる読者が大勢いるのは承知しているし、この辺はどうしようもないところだと思うのだが、基本的なコンセプトを維持しつつ、読者層のポジションの広がりにもう少し目を向けた記事構成を考えても良い頃に差し掛かっているのではないだろうか*5

これから各企業の中で「企業法務」という部門が果たす役割がどう変わっていくのか、自分は予断を許さない状況だと思っているし、法の担い手、使い手としてのアイデンティティを持つ人々の裾野が急速に狭まって行く中で、“実務系法律雑誌”というカテゴリーを未来永劫にわたって守り続けるのは、決してたやすいことではないと思うのだが、せめて「200号」の声を聞く頃までは、まだまだ生き残っていてほしい雑誌だと思うだけに、このBLJ誌が更なる変革を遂げて次の一歩を踏み出していただくことを、今はただ願うのみである。

*1:2008年当時はまだ「消費者庁」もこの世に存在していなかったのだな、という事実等に接すると、創刊が随分昔のことのように思えてくる。実際、もう8年も前のことなのだが・・・。

*2:昨年の「消費者契約法改正」の方はトピックとしてフォーカスされているのに、債権法改正がなぜ埋もれているのか、というところなど、若干の突っ込みどころはある。あと、誤植も1カ所発見(笑)(2009年4月号→2010年4月号)。

*3:そして、こういったBLJ誌の大胆な着想は、旧来的な法律雑誌の編集部の思考にも大きな変革をもたらしたように思う。最近のジュリストの特集の組み方や、各種法律雑誌の座談会の記事を見れば、「多色刷り化」以上の影響をもたらしている、ということが良く分かる。当事者がそれを認めるかどうかは別として。

*4:創刊当初、海のものとも山のものとも分からないこの雑誌に、積極的に原稿を載せることを希望する法曹関係者はそう多くなかったと推察するが、今は逆に頼まれなくても書きたい、という人の方がむしろ多いんじゃないかと思う。それが悪いことだとは言わないが、“法曹関係者に簡単に原稿を頼めるようになった”ことが、“名もなき担当者の声をこまめに拾う”ことへの意欲を低下させていないか、ということは、常に気にかけておく必要がある。

*5:昔の「○○時代」とか、女性ファッション誌のように、こまめに世代層に合わせて雑誌を創刊せよ、というのはさすがに酷だと思うが、プレーヤー視点を離れたマネージャー視点からの特集を定期的に組むくらいの趣向はあっても良いのではないか、と思ったりしている。

遂に始まった“刺客”の連載。

書店の法律書コーナーから、ここ数か月すっかり足が遠のいてしまっていたこともあって、なかなか手に取る機会がなかった「Business Law Journal」誌。

Business Law Journal(ビジネスロー・ジャーナル) 2016年 06 月号 [雑誌]

Business Law Journal(ビジネスロー・ジャーナル) 2016年 06 月号 [雑誌]

久しぶりに買って読んでみたら、「特集 これからの取締役会運営」の事務局担当者の座談会*1など、この雑誌の魅力はいまだ(辛うじて?)生きている、と思わせてくれる記事もあることが分かり、ちょっと嬉しくなったのだが、ここで取り上げたいのはそこではない。

自分が一番注目していたのは、既にSNS等でもいろいろと話題になっている、“ronnor氏のブックレビューの連載化”であり、わざわざ書店に足を伸ばしたのも、その記念すべき第1回の記事を読むためであった。

「企業法務系ブロガーによる辛口法律書レビュー」(124頁以下)というタイトルで始まったこの連載。
著者の「企業法務系ブロガー」ことronnor氏の、豊富な知識と情報量に裏打ちされたコメントの鋭さと、厳しさに震えながらも思わずクスッと笑ってしまうような洒落たウィットの素晴らしさは、過去2年の年末の書評記事によってもはやBLJ読者には周知の事実であり、今さらここで紹介するまでもなかろう*2

その上で、個人的な興味は、これまで「一年を振り返る」というコンセプトの下、その年に刊行された書籍を網羅的に紹介する、というronnor氏の記事のコンセプトが、連載化によってどのように変わるのか、ということにあった。

蓋を開けてみれば、「3カ月に1回の頻度」での連載、かつ「法務パーソンが私費であっても買うべきもの」を取りあげる、というコンセプトで、初回は「2015年11月〜2016年2月」に発行された書籍の中から10冊を取りあげる、という形になっている。
そして、記事の中では、このコンセプトに従い、絶対に外せない定番書か、何かしら“独自の工夫”が凝らされている書籍を対象に取り上げる書籍を選んだのだろう、確かに、書評を読んだだけで一度手に取ってみたい、という衝動に駆られてしまうものは多かった*3

もちろん、その一方で、持ち味の厳しいコメントは健在で、特に、長年版を重ねて定評のある某基本書を「マストバイ」としながら、改訂を重ね過ぎたゆえの“薮”の問題点をそれ以上の行数を割いて指摘しているくだり(124頁)や、個人情報保護法の一問一答に関して「出版社のウェブサイトから資料をダウンロード可能としたうえで、本文だけを150頁、1500円で売ってもらえないかと思った次第である。」(128頁)*4などは、よくぞ言ってくれた、という感がある。

ということで、連載の初回は、ほぼ期待通り、という仕上がりになっていたと思うし、僅か6ページ、しかも牛島先生のコラムのさらに後ろ、という地味なポジションながら、「約2000円」という雑誌の価格の半分くらいの価値はある、というのが自分の見立てである*5
最初は地味なスタートでも、じわじわと人気が出てそのうち巻頭カラーページの常連になる、というのは、かつての少年コミック誌の世界でもよくあったことで、ronnor氏の連載が、巻頭の“OPINION”の真後ろに華やかなカラー記事として登場する日も、そう遠くはないはずだ*6

なお、今回の記事に唯一、注文を付けるとしたら、

「タイトル・テーマは非常に良いのに、記述の踏込みが浅く実務に使えなかったり、内容が誤りに満ちていたりする書籍が多かった」(124頁)

というコメントを残されていながら、

「このレビューでは、そのような書籍名を出すつもりはない」(同上)

とスルーされてしまっていることだろうか。

純粋な大人の事情なのか、それとも、ヘタに出してしまってモノ好きな人の購買意欲をそそっては逆効果、という深謀遠慮に基づくものなのか自分には知る由もないが、書籍代を必要経費で落とす、という芸当ができない法務パーソンにとって、「買ってはいけない書籍」の情報を得ることは、「買うべき書籍」の情報を得ることと同じくらい大事なことだけに、次回からは、せめて「ronnor氏があえてスルーした書籍はどれか?」ということが分かるような「四半期に読んだ本一覧表」を添付していただけるとあり難いな、と思った次第である*7

いずれにしても、連載の第2回、3か月後が待ち遠しい。

*1:「クロストーク 取締役会事務局担当者の試行錯誤」Business Law Journal99号41頁(2016年)。どうしても諸々のコードや解釈指針をなぞっただけの建前論的な論稿になってしまいがちな「実務家」(弁護士、コンサル等)の論稿とは異なり、本当の意味で実務に携わっている方々ならではの興味深いネタや考え方が満載で、「これぞBLJ」という印象を強く受ける良企画ではないかと思う。(たぶんないだろうが)機会があれば、またどこかで言及できれば、と思っている。

*2:過去2年の書評記事へのコメントについては、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20151223/1452394861http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20141227/1420003996参照のこと。

*3:もっとも、個人的には、『企業法務のための・・・』が取り上げられているのはちょっと意外な気がする。おそらく「法務パーソンとしてどのように訴訟をマネジメントすればいいのだろうか」という疑問に答えようとしている、というコンセプトを評価されたのだろうが、実際に読んでみれば分かる通り、本の中身はこのコンセプトを十分に満たしているものとはお世辞にも言い難いし、ronnor氏が指摘しているマニアックな箇所以外にも、根本的なミスや誤解を招きやすい記載が多い書籍でもある(自分はAmazonのブックレビューでも指摘されている“2頁目のミス”にげんなりして買うのをやめたクチである)。ここ数年、ユーザー側の視点にも配慮した良質な訴訟本が多数出ている今、あえてこの本を肯定的に取り上げる必要性はなかったのでは・・・?と思わずにはいられない。

*4:自分もこれが理由で、現時点での購入を見送ったクチである。

*5:ronnor氏のお言葉を借りるなら、「このコラムだけを電子書籍化して999円で売ってもらえないか」とでも言うべきか。

*6:そうなった時に、年末の書評特集(特に座談会)がどうなるか、というのは、個人的には気になっているのだが、それは8か月後のお楽しみ、ということになるだろうか。

*7:そうすれば“ボツ本”が何となく透けて見えるだけでなく、『ドイツ団体法論』のようなronnor氏のディープな世界の一端にも多くの読者が触れることができ、一石二鳥である。

知的財産法制のこれから、を占う新春の特集。

昨年末に発売されたジュリストの2016年1月号。
この3連休のタイミングで、「知的財産法制の動向と課題」という特集にようやく目を通すことができた。

最近では新年冒頭の知財特集が恒例になっているとはいえ、ついこの前(2015年10月号)知財特集が組まれたばかりだけに、企画される先生方や編集の方も大変だろうなぁ・・・と同情を禁じ得ないのであるが、そこはさすがジュリスト。読み応え十分の内容になっている。

以下では、その中に収められているいくつかの論稿を簡単にご紹介しておくことにしたい。

特許法35条改正の行方

「知的財産法制」といった時に、今、専門家の意見が一番気になるのは、やはり「特許法35条改正」をめぐる評価であろう。

平成27年改正が、実務を大きく変えなければならないほどの本質的な改正事項を伴っているのか?」という疑問は、既に昨年の時点で一部の識者から提起されているところだし*1、個人的にも、今予定されている改正内容であれば、社内の発明規程に大きく手を入れる必要はない、と思っているのだが、法施行までの間の議論の動向如何ではそうも言っていられなくなるわけで、その意味で、今回の特集で掲載された2本の論稿は、とても貴重な情報源であった*2

まず、1本目の論文である、片山英二=服部誠「職務発明制度の改正について」*3では、改正に至るまでの経緯や、改正法の概要が、「指針案」の内容も含めて一通り紹介された上で、主要な論点に対するいくつかのコメントがなされている。

特に、35条6項の「指針(ガイドライン)について」という項で、「指針に法的拘束力がない」という前提を置きつつも、

特許法が明文をもって指針について規定していること、また、労使間の協議等の手続の重視により訴訟リスクを軽減しようとした法改正の趣旨等に鑑みると、裁判所においても、指針に即した手続がとられている場合は、当該『相当の利益』を与えることが不合理であるとは認められないとの判断が示されることになるのではないかと考えられる。」(片山=服部・21頁、強調筆者)

といった見解が示されていることは、注目に値しよう。

肝心の「職務発明規程を改定する必要性」に関する記述の中で、もっともニーズが高いと思われる「規程の『帰属』に関する部分のみを改訂する場合」について言及がなかったり*4

「使用者は、インセンティブ付与の観点から、会社にとって好ましい『相当の利益』を与えればよく、その意味で、『相当の利益』の具体的な内容については自由度が増したと解することができる」(片山=服部・22頁)

と述べつつも、

「発明者の主観では利益と感じない可能性があるもの(留学の機会、有給休暇の付与などは不要であるとする発明者もいるであろう)については、本人が拒否する場合には金銭の付与に置き換えるといった代替手段を職務発明規程上講じておくこともありうるだろう。」(片山=服部・22頁)

と述べられているくだりなど、ちょっと論旨が分かりにくい印象を受けたりするところもあるのだが、遡及適用に関するコメント等も含め、全般的にはスタンダードで、実務家が使いやすい論稿だと言えるように思われる。

一方、続く、高橋淳「職務発明における『相当の利益』」*5という論文は、かなり先鋭的な論稿である。

例えば、何が新35条4項の「金銭その他の経済上の利益」にあたるか、という論点については、

「究極的には、『使用者が経済的負担をすることにより発明者が享受できる財物又はサービス』か否かにより判断されるべき」(高橋・24頁)

という前提を示したうえで、「経済性」、「牽連性」、「個人性」といった判断基準を用い、「指針案」に挙げられた具体例が特許法上の要件を満たすことについて論証し、さらに、「指針案」に例示されていない「研究施設の整備」や「メダル付きの表彰」にまで踏み込んで、要件該当性を肯定する方向での論証を試みている(高橋・26〜27頁)。

また、司法審査のあり方については、現行法下の学説として有力な「プロセス審査説」に賛同の意を示しつつ、

「例外的ではあるにせよ、裁判所の内容審査を肯定することは、手続重視の思想を貫徹していないという点において疑問があるといわざるを得ない。」(高橋・27頁)

とし、

「現行法はもとより、その手続重視の思想を継承した改正特許法においては、『相当の利益』に対する裁判所の司法審査は、手続審査に限定されるべきであり、裁判所は、健全な労使環境の下で自主的に決定された労使協定・就業規則等に基づく適正な手続にて導出された『利益』を尊重し、これをもって、改正特許法に定める『相当の利益』と認めるべきであって、例外を設ける必要はないし、適切でもない。」(高橋・27頁)

という「自主性尊重説」を主張されている。

個人的には、「手続の適正性」という基準だけで全てを判断できるほど、使用者・発明者間の関係は成熟したものにはなっていない、と思っていて、裁判所が内容にまで踏み込んで判断できる余地をある程度残しておく方が(発明者のみならず使用者にとっても)無難なのではないか、と考えているところではあるのだが*6、「相当の利益」として認められる内容が、金銭による対価以外にも広がったことで、「発明の価値との大小比較は裁判所の能力をはるかに超える」ことになった、という点については、高橋弁護士の指摘にも一理あるように思われる*7

そして、従来の通説的な考え方の枠を踏み出した見解とはいえ、一つひとつ根拠を示して、丁寧に論証されていることから、このような見解に依拠する実務家にとっても、反論したい実務家にとっても、一つのベースラインとなる論稿、と言えるのではないかと思っている。

その他の論稿から

商標法、不正競争防止法と、運用状況や法改正の内容を淡々と解説する記事が続いた中で、著者の個性が垣間見えたのが、「地理的表示法」に関する論稿と、「TPP協定と著作権法」に関する論稿であった。

今村哲也「地理的表示法の概要と今後の課題について」*8では、制定の経緯や法律の概要についての紹介に続き、「今後の課題」として、「地域団体商標」との要件・効果の違いに着目し、

「両者を重ねて登録する場合には慎重な配慮が必要である」(今村・57頁)

という指摘がなされていた点が印象に残った*9

また、上野達弘「TPP協定と著作権法*10では、保護期間延長に関して、「国際的な制度調和といっても、その効果は限定的」(59頁)ということが指摘されていたり、「戦時加算」に関し、見直しに向けた強い提言がなされていたりすること、さらに、「非親告罪化」の範囲(特に公衆送信行為に対する言及等)について、少し踏み込んだ記述をされている、という点が特徴的である*11

TPP協定への対応については、今年のうちに法改正が行われる可能性も高いだけに、引き続き取り上げていただきたいところであるが、まずは、このタイミングで論稿が出された、ということに感謝したい。

追記〜『年報知的財産法』より

タイトルからは外れるが、同じくらいの時期に発行された「年報 知的財産法2015-2016」*12にも、「政策・産業界の動き」として、中山一郎教授による最近の知的財産法制に関するコメントが掲載されている*13

年報知的財産法2015-2016

年報知的財産法2015-2016

こちらも毎年恒例の企画ではあるのだが、今年は、特許法の改正(35条関係)について、これまでの議論の経緯も含めてかなり詳しく、そして踏み込んだ解説が付されており、かなり興味深い論稿になっている。

例えば、今回の改正のキモとも言える「原始使用者帰属の選択的導入」については、

「確かに、現行法にそのようなリスク(筆者注:二重譲渡問題と特許を受ける権利が共有に係る場合の帰属の不安定性)があったことは理論的にはその通りであろう。しかし、実際上そのリスクがどの程度顕在化していたのかは定かでない。少なくともこの点に関する定量的な分析は、特許制度小委報告書をはじめとする立法担当者の説明には見当たらない。」
改正の必要性を基礎付ける立法事実の有無という観点からみれば、判然としないところは残る。」
「改正法の下でも権利帰属の不安定性は部分的に解決されるに過ぎず、その点も、この問題が全面的な解決が求められるほど重要であるとは考えられていなかったことを物語っているように思われる。」(以上、中山・138頁)

と厳しめの評価が加えられているし、「相当の『利益』付与請求権」についても、

非金銭的な経済上の利益が従業者への給付の減額要素に当たるとした2004年改正と基本的発想を同じくしつつも、これをさらに一歩進めて、直接的に給付に当たることを明確にしたものであるといえよう。」(中山・140頁)

と評価しつつも、

「相当の『利益』への改正は、改正前から議論が白熱したわりには、結果として実質的に何がどのように変わるのかという観点からすれば、小幅な改正に止まった感も否めない。」(中山・140頁)

とし、その原因として、「立法事実と考えられる対価算定のコスト、困難性等の使用者負担が定量的には不明確であった」ということを、補償費用や知的財産担当者数に関するデータを引きながら、厳しく指摘している。

そして、35条新5項については、2004年改正立法担当者の見解等を引きつつ、「改正法35条5項の『等』という文言にも経済上の利益の実体面が含まれるとの解釈が導かれ」得る、という見解を示したうえで、「指針案」の内容について

「指針においても実体面が盛り込まれて然るべきとも考えられる。」
「現時点では、実体面が考慮されるのか否かは定かではなく、予見可能性の向上という指針の趣旨目的に適合しているのか、疑問が残る。」(以上、中山・142頁)

というコメントがなされている。

様々な妥協の末に生まれた改正法、ということもあり、ある程度、立場によって解釈が分かれてしまうのは仕方ないところもあるのだが、この論稿は、立法過程を冷静に検証すれば、当然こういう評価になるよね・・・というものになっているだけに、改正法を前に頭を悩ませている方々には、是非ご一読をお勧めしたい。

*1:例えば、L&T69号の座談会で松葉栄治弁護士が示された見解など(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20151029/1452433224)。

*2:なお、いずれの論稿でも取り上げられている「改正特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等に関する指針案」(以下「指針案」)については、さる1月8日に、「御意見の概要と御意見に対する考え方」が公表されている(https://www.jpo.go.jp/iken/kaisei_tokkyohou_kekka.htm)。

*3:ジュリスト1488号17頁(2016年)。

*4:「相当の利益」の内容について改定する場合には、従業者との協議が必要、とし、「現行の職務発明規程上の規定がすでに上記のように企業帰属を可能とする規定ぶりになって」いる場合には改定手続は求められない、と書かれているのであるが(21頁)、各企業の規程の中には、発明者の届出により「承継」される、とするタイプの内容も多いと思われるだけに、この場合、改定にどの程度手間をかけるべきなのか、という点は気になるところである。

*5:ジュリスト1488号23頁(2016年)。

*6:「手続の適正性」だけが争点になり、それが否定されると直ちに35条7項の規律に委ねないといけないとすると(高橋弁護士は、このような立場を取られているようである)、使用者が「協議や意見聴取の状況に照らせば不合理とは言えないような利益を与えている」と考えられるような場合でも、一から裁判所の審査に服することになってしまい、結果的に追加利益の支払いを求められることになってしまう恐れがある(これは35条7項について、裁判所がどのような判断基準を設定するか、にもよるのだが、7項が、使用者が設定した基準から離れて「相当の利益の内容」を定めることを規定した条項であることに鑑みると、結局は従来の「相当の対価」と変わらない判断基準が設定される可能性は高いと考えられる)。また、当事者の争点が「手続の適正性」だけに絞られてしまうと、双方の主張立証において、「言った、言わない」的な不毛なやり取りがクローズアップされるおそれがあることにも留意しなければならない。

*7:なお、高橋弁護士は、審査のあり方について、平成27年改正法だけでなく、現行法(平成16年改正法)についても上記「自主性尊重説」に基づく審査を行うべき、と主張されているようであり、平成27年改正によって司法審査のあり方に実質的な変更があったわけではない、という点において、「前記注1)の松葉弁護士の見解とも共通するところがありそうである。自分は、「自主性尊重説」を主張するのであれば、「相当の利益の内容の多様化」を強調するほかないと思っていて、むしろここでは、「平成27年改正によるルール変更」を前面に出した方が良いのではないか、とも思うのだが、このあたりは今後の議論を見守っていくことにしたい。

*8:ジュリスト1488号51頁(2016年)。

*9:「地理的表示」の場合、「地域団体商標」のように、地域を代表する団体が使用態様を細やかにコントロールすることが難しいため、結果的に、地域団体商標の周知性を弱める可能性がある、という趣旨の見解である。

*10:ジュリスト1488号58頁(2016年)。

*11:一方、「法定損害賠償制度」については過度な言及を避けて、状況を解説するにとどめているようにも見受けられたが、脚注31)で「外国判決の有効性を否定できなくなる可能性」に言及されているなど、まだまだご主張の引き出しは多そうである。

*12:例年、年末から年始にかけて公刊されており、タイトルを見た時に最新版かどうか分からなくて一瞬悩む、という経験をしたことも多いので、タイトルの年号表記を工夫してくれたのはありがたい(笑)と思っている。「判例の動向」が上野達弘教授の著作権のパートを除いて判例雑誌掲載ベース(したがって、ちょっと古い)になっており、「2015年」というタイトルにそぐわないものになっていたり、「学説の動向」で挙げられている文献リストが読みにくい、といった難点はあまり改善されていないが、極めて対照的なパメラ・サミュエルソン教授の講演録と、アドルフ・ディーツ教授の講演録を同時に掲載するなど、ところどころに目を引くコンテンツもあって、全体としては読み応えがある。「知財年報」時代から通算して10年、ということで、是非、今後も継続的に刊行していただけることを願っている。

*13:『年報知的財産法2015-2016』136頁(2015年)。

今年も「刺客」の独壇場だったブックガイド

この一年、インパクトのある本にはそれなりに巡り合っていたのだが、ブログの更新が滞ったこともあって、ほとんど紹介できずじまいだった。

そんな中、今年も年末恒例のBusiness Law Journal「ブックガイド」特集が世に出されている。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2016年 2月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2016年 2月号 [雑誌]

例年、まったりとした(?)匿名座談会と、実務家の個別紹介原稿で構成されていたこの企画だが、昨年、この特集に“企業法務系ブロガーronnor”氏が参戦されたことで、一気にエッジの効いた企画となった*1

今年も、ronnor氏が、「企業法務系ブロガーによる辛口法律書レビュー」というタイトルで、

「『法務パーソン』が自費で購入して読む価値があるかという観点から、40冊を選択」する

という、より完成度の高い記事を寄稿され、事実上の連載化、ということになっている*2

そして、今回も、昨年同様、各書籍の本質的な位置付けから細かい突っ込みまでユーモアを交えた読みやすい解説が付され、7ページという長さを感じさせない構成となっており、期待は全く裏切られていない。

自分は紹介されているすべての本を読んだわけではないので、この充実した解説にコメントするのはおこがましい限りなのであるが、「訴訟」のカテゴリーの解説に関しては、チョイスからしてドンピシャ、というところがあるし、いろいろと話題になった『システム開発紛争ハンドブック』や『アプリ法務ハンドブック』、『独禁法の道標』に対するコメントも、うまく的を射たものになっているなぁ、という印象を受ける*3



有象無象の書籍が市場に出される中、良いものを単に“勧める”だけではなく、内容が読者層のニーズを満たしていない、価格の割に手ごたえがない、といったものについては、容赦なくコメントをぶつける、というところに、BLJ誌のこの企画の意義、そして匿名書評の意義があるのは間違いない*4

そのような観点からすると、同じ書籍を取りあげていても、紙幅の関係で、奥歯に物が挟まったような突っ込み不足のコメントに留まりがちな「座談会」に比べて、ronnor氏の記事は遥かに有意義な書評となっており、これだけの質のレビューが毎年掲載されるのであれば、もう座談会はやらなくてよいのでは?(その代わりにronnor氏に全面カラーページで「良い50冊、ダメな50冊」という記事を書いていただければよいのでは?)とすら思ってしまうのであるが、その辺は、来年の編集部の方々の英断に期待することとしたい。

*1:昨年の感想は、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20141227/1420003996

*2:企業法務系ブロガー「企業法務系ブロガーによる辛口法律書レビュー」Business Law Journal95号30頁(2015年)

*3:脚注は昨年の記事に比べると、少し抑え目になっている印象を受けるが、それでも、『民事訴訟マニュアル』に対する脚注10のコメントや、『法務で使う英文メール』に対する脚注17のコメントなどは、さすが、といった感がある。

*4:これを「匿名」で行うことについては議論もあるところだし、本来であれば、堂々と顕名で批評し合うのが理想的だとは思うが、法律書の世界ではそこまで成熟した土壌は醸成されていないように思うので、現状は匿名で、ということにならざるを得ないだろう。

渾身の企画記事に思うこと。〜Business Law Journal 10月号

数ある法律専門誌の中でも、企画のタイムリーさには定評のあるBLJ誌が、8月21日発行のBLJ2015年10月号に、またしても度胆を抜くような記事を載せてきた。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2015年 10月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2015年 10月号 [雑誌]

一つは、「特別企画」として掲載された「東芝三者委員会『調査報告書』をどう読んだか」という記事(メーカー法務担当者3名と公認会計士1名による匿名のコメント記事)で、第三者委員会報告書が7月21日に公表されたものであることを考えるとこれもかなりのスピードだと思うのだが、それ以上にすごいのは「FOCUS」という括りで掲載されたもう一つの記事、消費者契約法見直しのインパクト」である。

消費者委員会に設置された消費者契約法専門調査会が「中間とりまとめ」*1を公表したのは、8月11日のこと。
それからわずか10日で、弁護士による重要論点の解説と、IT、メーカー、小売、金融の4業種の法務担当者による匿名座談会を掲載する、という早業には恐れ入ったというほかない*2

本来であれば、もう少し早くブログで取り上げることができれば良かったのだが、それでもあまり遅くならないうちに、ということで、以下ではこの渾身の企画記事をご紹介するとともに、若干の感想を述べておくことにしたい。

消費者契約法見直しにおける真の「重要論点」は何か?

特集記事の中では、まず消費者庁出向経験のある松田知丈弁護士が、「消費者契約法の見直しで着目すべき『中間とりまとめ』の重要論点」として、今回の見直しの方向性やその具体的な内容をかなり詳細に解説されている*3

特に、「事業者に与える影響が大きい論点」として取り上げられているのは以下の3つ。

1 「勧誘」要件の在り方
2 不利益事実の不告知
3 不当条項の類型の追加

このうち、1、2については、以前このブログで紹介した日経の社説でも取り上げられていたものであり*4、示されている懸念の方向性も、同社説や、産業界の各団体が示しているそれとほぼ一致している。

この後に続く座談会でも、勧誘要件と不利益事実の不告知に関し、約3ページというもっとも多くの紙幅が割かれていることを合わせて考えるならば、これらの2点が、今まさに事業者にとっての「重要論点」と理解して差し支えないであろう。

確かに、

「適用対象から除外されない広告等(多くの広告等が該当することになるものと思われる)には不当勧誘規制が適用されることになるため、その影響は大きいと思われる」(前掲松田・18頁)
「事業者は、先行行為要件の削除によって、より一般的な『不利益事実』の告知義務を課されることになるため、その影響は大きいと思われる。」(前掲松田・19頁)
「複数の見直しが掛け合わされることによって大きな影響が生じ得ることに注意が必要である。すなわち、1で解説した『勧誘』概念を拡張する見直しも行われる場合には、事業者は、多くの広告等に、消費者が契約を締結するか否かについての判断に『通常』影響を及ぼすべき『不利益事実』をあまねく記載しておかなければならないことになり、事業者の実務に与える影響は大きいと思われる。」(前掲松田・19頁)

といった弁護士のコメントを額面通りに受け止めるならば、どんなに楽観的な担当者でも肝を冷やすし、座談会の中でも、

「勧誘規制が広告に広がり、さらに重要事項の範囲も広がるとなったら、規制の対象と要件の両方が広がるわけで、実務としてはとても対応しきれません」(座談会23頁)
「スペースや時間に制約がある広告においてあまねく不利益事実を記載することは現実的ではありません。」(座談会24頁)
「広告の中のあらゆる表記が勧誘としてとらえられ、リンク先に間違いの情報があれば全部一体として不実告知とされる場合が出てくるということですよね。それは困ります。」(座談会24頁)

と不安を訴える発言が続いていて、読者の危機感は十分駆り立てられることだろう。


個人的には、前掲脚注の日経紙社説に対するエントリーの中でも書いた通り、見直しの方向性がそこまで極端な方向に今後流れていくのか?という疑問はあるし、消費者側にとっては、「勧誘」によって消費者が誤認し、その誤認に基づいて消費者が契約締結の意思表示を行った、という二重の因果関係立証のハードルもあることに鑑みると、ちょっと心配しすぎではないのかな、と、思ってしまうところもある。

「不利益事実の不告知」の問題一つとっても、書かれていない事実に基づく「誤認」が契約締結の意思表示と明確に結びつく場面(そして、その結びつきの主張・立証に消費者側が成功する場面)、というのはかなり限られるはずで、「何でもかんでも書いておかないとダメ」という判断がスタンダードなものとなる可能性は決して高くないのではないか、というのが、何度もこの種の紛争にかかわってきた担当者としての率直な印象である*5

また、広告に関しては、元々、景表法の下で、かなり厳しい規制が既にかかっていることから、一切の誤謬は許されない、というスタンスでチェックを行っている会社が多いし、現実に、ひとたび“誤った表示”をしたことが発覚しようものなら、法的に取消権が発生するかどうかにかかわらず、現場レベルでは返金も含めた対応を余儀なくされることも稀ではないから、「消費者契約法が見直されると大変なことになる」と言われてもピンとこない、というのが、現場レベルの反応ではなかろうか*6

「勧誘」にかかわる法4条周りの規定が、消費者契約法の規定の中では比較的“紛争解決規範”としての性質が強いものであること*7、そして、「広告に誤った情報を掲載しない/不利益な事実もきちんと消費者に理解できるように掲載する」というのは、法律の規定如何にかかわらず、事業者が常に意識し続けなければならないことであることを考えると、今回の一連の見直しの中で、この部分だけに事業者の関心を集中させるのは、あまり賢い戦略とはいえないのではないか、と自分は思っている。

一方、松田弁護士が重要論点の「3つ目」として挙げている「不当条項の類型の追加」については、まだ議論の方向性が定まっていないということもあってか、座談会での議論も「勧誘」要件に関する議論と比べてそんなに盛り上がっていないように思われるし(座談会24〜25頁)、当の松田弁護士の解説も、概要と影響についての簡単なコメントに留まっている(前掲松田・19〜20頁)。

しかし、仮に、不当条項の類型を追加する方向で見直しが行われ、新たに一定の類型の条項が「ブラックリスト」、「グレーリスト」として消費者契約法に明記されるようになってしまえば、現に当該条項をめぐる紛争が生じているか否かにかかわらず、事業者側で既存の契約、約款の見直し等、何らかの対応を行う必要が生じることは避けられない*8

さらに、松田弁護士が指摘するように、

不当条項規制の対象となる約款に関する事案は、一般的に、消費者裁判手続特例法が定める要件(多数性、共通性、支配性)を満たすものが多く、消費者裁判手続特例法に基づく訴訟の対象となりやすいことを意識しておくことも重要である。」(20頁、強調筆者)

という問題もあることを考えると、ここでどういう見直しがなされるのか、というのは、行為規範としての観点からも、紛争解決規範としての観点からも、非常に大きな意味を持つことになる。

「事業者と消費者で情報格差があるからといって、契約社会で一般的に使われている条項を一律不当とするのは異常でしょう。」(座談会24頁)
(例外場面を)「レシートに記載するにも約款を刷り直すにも、コストがかかることを理解していただかないと困ります。」(座談会25頁)

といった、多くの事業者に共通する思いを、現在の運用実態も踏まえながら、どうやって筋の通った主張にしていくか、というのがこれからの課題だと思うのだが、いずれにしても、今後はもう少し、こちらの論点についても盛り上がった議論がなされることを期待したいところである。

もう一度特集記事が組めるような余裕を。

前回のエントリーでも指摘した「性急に過ぎる議論の進め方」については、座談会においても至極もっともな指摘がなされているところで、

「取引のいわば病理現象である裁判例の分析に基づいて法改正を検討するというアプローチには問題があると思いますね。」
「紛争事例の議論からいきなり法律の見直しの議論に飛んでしまっては、正常な取引に与える影響についての配慮が足りないように感じます。」(以上座談会22頁)

といった指摘についても、共感できるところは多い。

残念なことに、今のスケジュールでは、

「早ければ来年の通常国会に改正法案として提出される見通し」(前掲松田・14頁)

ということになってしまっているのであるが、「中間とりまとめ」で引き続き検討、とされている論点が全て生き残った形で法改正がなされるのであれば、そんなスピード感で議論を尽くすことが果たしてできるのかどうか。

新しい法律を、真に魂の入ったものとするために、せめて、BLJ誌でもう一度、消費者契約法の企画が打てるくらいの期間は議論に充ててほしい、というのが、一実務者としての率直な思いである。

*1:http://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/other/meeting5/doc/201508_chuukan.pdf

*2:もちろん、「中間とりまとめ」が正式に公表される前から、議論の内容は逐一公開されていたし、7月下旬頃には既に「中間とりまとめ」のたたき台も公表されていたから、準備自体は早い時期から進めていたのだろうが、それにしても、革命的なスピードである。

*3:Business Law Journal2015年10月号・14頁。

*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20150810/1439224594参照。

*5:もちろん、先行行為要件が全て削除されることの気持ち悪さは自分にも理解できるところで、何らかの枠をはめた方が、紛争解決規範としては安定した運用が図れるのではないかと思う。

*6:消費者契約法を根拠とするクレームが訴訟にまで発展するケースはこれまで決して多くなかったから、そこにいかに強い法的効果が与えられていたとしても、景表法上の行政処分に比べて深刻な問題とは受け止められにくかった、ということも否定できない。

*7:おそらく、座談会参加者の方々はコンプライアンス意識が非常に高いので、これらの規定を行為規範と捉え、予防策への徹底した落とし込みをすることを念頭に置いて発言されておられるのだろうが、現実には、「広告と商品・サービスのギャップ」が顕在化するような場面が出てきて初めて問題になる、という性質の規定で、そういう場面を全て想定することなど不可能なのだから、もう少し割り切って考えても良いのではないかと思う。

*8:「勧誘」等とは異なり、不当条項該当性の判断は定型的に行うことができるため、実際にトラブルが生じているかどうかや、その紛争の広がり如何にかかわらず、苦情やクレームの的になることが多いのが現実である。

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