消える「おおたかの森」

タイトルだけ見ると環境問題の話題のように見えるが、実は商標不使用取消事件に関する話。


最高裁HPに掲載された当事者の表示は、「原告X、被告Y」だけで、代理人も表に出てこない地味な戦いであるが、事案の根っこには深い闇が眠っている、そんな雰囲気の事件である・・・。

知財高判平成20年9月29日(H20(行ケ)第10160号)*1

不使用取消対象となっている商標は、「OOTAKANOMORI/おおたかの森」の二段組み商標(登録第4786694号)であり、平成15年11月6日出願、平成16年7月16日に登録を受けたものである。


商標の出願、登録は、つくばエクスプレスが開業した平成17年8月以前に行われているのだが、単なる個人である商標権者(原告)X氏が、「流山おおたかの森」駅開駅にちなんだ取り組みを始めた流山市サイドにちょっかいを出し始めたことで、話がおかしな方向に行き始めた。


裁判所に認定された事実によると、原告X氏は、

平成17年8月 『おおたかの森』ブランドを活用した食と環境の融合ビジネス展開 企画概要」と題する冊子を作成(平成19年8月改訂)
平成19年8月15日 原告による商標登録の件が読売新聞、産経新聞の地元版で報道される。
平成19年8月 原告が「商標の登録・出願状況について」(8月21日付)、「流山市ふるさと産品協会・流山市商工会の皆様へ」(8月22日付)と題する書面を作成、配布した。
平成19年9月27日 原告が「おおたかの森」の文字と「ootakanomori(アットマーク)gmail.com」のみを記載した広告を埼玉新聞に掲載。

と、活発な活動を展開しているのであるが、そもそも商標というものは、「ビジネスを行っていない者がビジネスの売り込みのために取得するもの」ではなく、「ビジネスを行っている(あるいは行う予定がある者)が自らのビジネスのために取得するもの」であるから、このような原告の行動は、商標法的観点からすれば、“本末転倒”というべきものであり、原告とは関係なくビジネスを始めようとしている事業者にとって迷惑なことこの上ないものだった、ということができるだろう。


そして、その結果として、流山市内において菓匠「美しまや」の名称で和菓子の製造販売を行っている被告Yが、上記商標のうち、第30類「和菓子、洋菓子、飴菓子」の商品区分について、平成19年10月1日に不使用取消審判請求を行い、平成20年3月14日に取消審決が出されることになったのである。


この審決の取消訴訟である本件訴訟では、「本件商標の使用の有無」(争点1)、「不使用に関する正当理由の有無」(争点2)の二点を中心に争われることになったのだが、裁判所もさすがに、こんな筋悪の事案で権利維持を求める商標権者の主張を支持するわけにはいかない、と考えたのだろう。以下のような理由で原告側の請求を退けている。


まず、争点1については、上記のような冊子の作成等が商標の「使用」に該当する、とした原告の主張に対し、

「商標法にいう「使用」とは同法2条3項1号ないし8号、4項に記載されているとおりのものである」(7-8頁)

と述べた上で、原告が証拠として提出した事実は全て「商標の使用」にあたらない、とした。


また、争点2については、

「原告は,本件商標登録後国外に在住している。原告は,ハワイ大学農業資源経済学の博士号プログラムで学位論文に向けた研究に従事していた。原告は,年末年始,春季及び夏季の休業の間などに数日間一時帰国することはあっても,それ以外はハワイ大学で研究に従事し,平成19年5月にハワイ大学から博士号を授与された。ハワイ島コナ地域における有機栽培コーヒー農業の経済分析が研究テーマであり,原告は,半年にわたるフィールドワーク・農家調査とデータの収集整理・理論考察・データ解析等を経て,学位論文を執筆した。この論文は,ハワイ大学及びハワイ州の図書館に所蔵されて公になると共に,世界中から大学図書館ネットワークを通じて閲覧が可能である。また,民間のデータベースに登録され,注文に応じて頒布される。この論文は人類共有の知的財産であり,学問,社会へ貢献するものである。」(4頁)

という理由にならない原告側の主張に対し、

「ここでいう「正当な理由」とは,法的な規制によって商品を製造販売することができなかったとか,天災によって商品を製造販売することができなかったなど,商標権者等の責めに帰することができない事情によって審判請求の予告登録前3年以内に登録商標を使用することができなかった場合をいうものと解される。」
「しかるに,本件における原告の主張は,本件商標登録後原告は国外であるアメリカ合衆国(ハワイ等)に居住し,ハワイ大学における農業資源経済学の研究が多忙であったから,本件商標を使用することができなかったことにつき正当な理由があったというものであるが,原告の主張によっても,毎年,年末年始,春季及び夏季の休業の間は帰国して登録原簿上の住所等に数日間は一時帰国しているのであって,これらを含めた上記事情は,ここでいう「正当な理由」に当たるものではない。原告は,原告の研究が優れたものであって,学問,社会へ貢献するものであることも主張するが,そのような事情は,これを肯認する余地があるとしても,上記「正当な理由」の存在を認める根拠となるものではない。」
(9頁)

と、原告を若干立てつつも、「正当な理由」該当性を否定している。


全くもって妥当な結論。


不使用取消審判を請求した和菓子屋さん(被告)も、地元振興策に水を差されかけた流山市も、ホッと胸をなでおろしたことだろう*2


だが、良く見ると、原告の登録商標の指定商品は、

第29類 ロースハム、チーズ
第30類 和菓子、洋菓子、飴菓子
第32類 ミネラルウォーター、茶を原材料とする清涼飲料、炭酸飲料、果実飲料、飲料野菜ジュース、ビール
第33類 日本酒、洋酒、果実酒

と多岐にわたる。


このうち、本件訴訟で不使用取消が事実上確定したのは、第30類(和菓子、洋菓子、飴菓子)についてのみ。


第33類(日本酒、洋酒、果実酒)については、既に有限会社かごや商店による不使用取消審判請求がなされ(2007-200926号)、平成20年8月12日に取消審決が出ているのだが、第29類、第32類については、依然として維持されたままである。


きちんと事業を営んでいる者が、「おおたかの森」を商標として使ったとしても、現・商標権者(本件原告)の差し止め請求が認められるとは思えないし、その意味では使用を伴わない「商標権」など、権利といっても本当は石ころ同然のものに過ぎないのだが、かといって、“黙殺するにはちょっと重い”というのが現実のところだろう。


本件は“ネタ”のように見えて多くの教訓を含む。


実務者としては、「おおたかの森」を他山の石として、足元を掬われない商標戦略を目指すべし、といったところだろうか。

*1:第2部・中野哲弘裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081001113133.pdf

*2:なお、被告の和菓子屋さんは、平成20年3月10日に「おおたかの森」という態様の商標を和菓子、洋菓子(第30類)等の区分で別途出願している(商願2008-24586号)。

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