公取委の一大キャンペーン

事前相談なしの大胆な統合発表*1から、はや10ヶ月。
その後の企業結合に関する審査指針の改訂*2もあって、進捗に注目が集まっていた新日鉄住友金属の合併計画だが、公取委は実に華々しく、記者会見まで開いて「審査結果」を公表した。

新日本製鐵株式会社と住友金属工業株式会社の合併計画に関する審査結果について」
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/11.december/11121403.pdf

我が国有数の事業者同士、しかも国内においては明らかに寡占状態の高炉メーカー同士の合併、ということを考えると、よくまぁこんな短期間で結論が出たものだ、と思う*3

しかも、中身を見ても、ごくごくマイナーな2つの取引分野で「問題解消措置を取ること」が条件になったのみで、後は、当事会社にとって実質的に満額回答ともいうべき、いともあっさりした結論。

この結果を導いた最大の要因は、鉄鋼業界を取り巻く競争環境の変化(かつて発展途上国と呼ばれた国々のメーカーが日本の鉄鋼メーカーの牙城をとうの昔に切り崩し始めている、という実態)だろうし、その危機感に支えられた当事会社の執念に満ちた迅速な対応こそが、これだけ短期間で統合効果を最大限発揮させることができる審査結果を引き出すことにつながったのだろう、と思う。

だが、そこは組織維持に余念がない公取委のこと。
上記「審査結果について」というプレスリリースの中では、上記のような事情よりもむしろ、「公取委側の努力と配慮」を強く強調し、「いかに審査が合理的に行われたか」を印象付けようとする内容となっているように思われる。

そこで、ここでは、上記プレスリリースについて、ちょっとだけ眺めてみることにしたい*4

「審査結果について」における公取委のアピールポイント(その1・「審査の経緯」)

まず、この「審査結果」を見ると、「審査の経緯」が非常に丁寧に書かれているのが分かる。

当事会社が合併計画の届出を行い、公式な「審査」に入ったのは、平成23年5月31日ということであるが、それ以前にも、

「当事会社は,平成23年3月以降,当事会社(当事会社と結合関係を有する会社を含む。)が競合する商品・役務である鉄鋼製品,チタン製品及びエンジニアリング業務について,本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと考える旨の意見書を自発的に当委員会に提出し,当委員会は,当事会社の求めに応じて,当事会社との間で数次にわたり会合を持った。」(1頁)

と、当事会社と密なコミュニケーションを取っていたことを強調していたし、届出があった翌日には「情報の募集」を開始し、需要者・競争事業者に対するヒアリング、アンケート調査を行うなど、多角的な観点から慎重な審査を行ったことも明記している。

さらに、

「同年8月,当事会社に要請した報告等の大部分が提出され,当事会社から改めて論点等の説明を求められたことから,当委員会は,その時点の検討結果に基づき,論点等の説明を行った。これに対して,当事会社は,追加の主張及び資料提出を行い,当委員会は,当事会社の主張について検討するため,当事会社と数次にわたり会合を持った。また,鉄鋼製品の一つである無方向性電磁鋼板及びエンジニアリング業務の一つである高圧ガス導管エンジニアリング業務について,本件合併が競争を実質的に制限するおそれがある旨の当委員会からの指摘に対し,当事会社から競争上の問題の解消方法の提示があったことから,当委員会は,当事会社と数次にわたり会合を持ったところ,当事会社から具体的な問題解消措置の申出が行われた。」(1-2頁)

と、「数次にわたり会合を持った」を連呼しながら(笑)、懇切丁寧な対応で、「問題解消措置」を含む最終的な結論に至ったことが強調されているのである。

本件統合が発表され、当事会社が届出に至った時は、厳密に言えばまだ改訂後の審査指針(事前審査を廃止し、届出前相談、二段階審査等の手続概要、スケジュール感を明確に示したもの)が適用されていない時期ではある。

だが、既に、手続きの透明性の向上、とか、「コミュニケーションの充実」といったフレーズがふんだんに盛り込まれた改訂案が示されていた状況だったし*5、本件への対応が、「新しい時代の公取委」のイメージを定着させることができるかどうかを占う試金石になることは分かり切っていた*6

それゆえ、公取委としても丁寧に対応した、ということを強調する必要があったのだろう、と思われる。

「問題解消措置」申出の経緯も含め、ここに書いてあることを読んで、当事会社の担当者や代理人がどこまで納得するか(今頃苦笑いしている人もいるかもしれない)は定かではないが、結果的に当事会社にとってそんなに悪い結果にはなっていない、ということを考えると*7、(今となっては)その辺はどうでも良いのかもしれない*8

「審査結果について」における公取委のアピールポイント(その2・「審査結果」明暗の線引き)

さて、続いては審査結果である。

既に識者からの指摘もあるとおり、上記プレスリリースの興味深い特徴として、「本件合併が競争を実質的に制限することとなると考えられる」2つの取引分野(無方向性電磁鋼板、高圧ガス導管エンジニアリング業務)と、これら2分野と同様に、「水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない」が、結論として「本件合併が競争を実質的に制限することとはならない」取引分野(鋼矢板、スパイラル溶接鋼管、熱延鋼板、H形鋼)の双方について、判断プロセスが記されている、ということを挙げることができる。

市場シェアに始まり、従来の競争状況、各事業者の供給余力、輸入圧力、需要者からの競争圧力といった各要素について事実を挙げ、独禁法上の評価を、単独行動、協調的行動それぞれの観点から行っていく・・・

これまでの批判を強く意識したような分かりやすい構成によって判断プロセスが示されている、ということもあり、今後の公取委への対応を考える上での資料としては、大きな意味がある、といえるだろう。

もちろん、公取委が最終的な出した線引きの「結論」に合わせて作成された資料であるから、NGを出された2つの取引分野(平成22年度の国内市場シェア45%〜55%)と、例えば「鋼矢板」(国内市場シェア65%)との間での評価根拠事実の差異をそのまま真に受けて良いのか、疑問なしとはしない*9

ただ、公取委としては、市場シェアの数字や、HHI等の数字だけで単純に当否を決めているわけではなく、当事会社の言い分も取り入れながら多面的に決めているんだ、ということをアピールしたかったのだろうし、その点では、今回のプレスリリースは一応、功を奏しているのではないか・・・と思えるところである。

「審査結果について」における公取委のアピールポイント(その3・「問題解消措置」で見せた優しさ)

最後に、「問題解消措置」について触れておくことにする。

これまでのメーカー同士の統合事例では、一方当事者の工場や取引関係そのものを売却する、などという措置が取られることもあったことを考えれば、今回の問題解消措置は、当事会社の一方と同じ企業系列に属する「住友商事」(しかも競合メーカーではなく、あくまで商社)を「新規参入者」に擬してみたり、新規参入者から「要請があった場合に」材料・機械を供給したり、技術指導を行えば事足りる、というレベルで良しとしたり・・・というように、随分優しい、という印象を受ける。

元々、高炉系のメーカーが3〜4社程度しか国内に存在しない、という実態を考えれば、競争者に事業譲渡する、というのがそんなに有効な解決になるとは思えないし、かといって外国企業にむざむざ国益が絡む事業を譲渡させるわけにもいかない。

そういった背景もあって、当事会社も、代理人も相当押し込んだんじゃないかなぁ・・・と推察するのであるが、実際のところはどうなのか。いろいろと想像が膨らむところである。

もっとも、日本の有力企業の合併案件に対しては世界一厳しい中国の独禁当局からはまだ承認が下りていないようなので、この先、さらに波乱含みの展開が訪れるのかもしれないけれど・・・。


まぁ、いずれ、今回の統合審査を素材とした論稿も、世に出されることになるだろうから、その辺も少しはキャッチアップできるようにしておきたい。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110205/1296973094

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110615/1310952683

*3:かつて八幡製鉄・富士製鉄の合併で国を挙げての大騒ぎとなったことを考えると、なおさら。

*4:なお、これまでにも企業結合審査については、年度ごとに「主要な企業結合事例」が公表されるなど(http://www.jftc.go.jp/ma/jirei.html)、情報公開がなされていたが、今回のプレスリリースには、よりタイムリーなものである上、企業結合審査に関する判断プロセスも従来以上に詳細に記載されているように思われ、現在の公取委の審査基準について調べたい、という人にとっては非常に貴重な資料だといえるのではないかと思う。

*5:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110305/1299431024参照。

*6:本件の手続きをめぐって当事会社や独禁法研究者から批判が出るようなことがあれば、公取委にとってのダメージは極めて大きい。

*7:一部、当事会社の主張が退けられた論点もあることは資料からうかがえるが、結果的にはほとんど“オーライ”になっている、という印象を受ける。

*8:公取委側から矢継ぎ早に繰り出されるオーダーに長々とお付き合いし、意図をあれこれ詮索して不安に駆られた末に、ようやく「排除措置命令を行わない旨の通知」を貰った時の安堵感・・・というのは、味わったことのある者にしかわからないだろう。きっと。

*9:後者で「参入圧力」として挙げられている「かつての有力事業者の再参入の可能性」なんてかなりのフィクションだし、「需要者からの競争圧力」にしても判断者のさじ加減一つで評価が変わりそうなもの、と言わざるを得ない。