「小売商標導入前夜の仇花」が散った日。

最高裁HP」といえば知財関係事件の判決集が掲載されているHP、というイメージが強いのだが、一方で、本当に「最高裁」が出した知財判決は少ない、というのが業界の常識だった。

だが、先日の北朝鮮映画著作権事件に続き、今度は商標法の分野で、最高裁が書いた興味深い判決が本日掲載された。

「破棄自判」という結論のインパクトもさることながら、内容的にも“こんなところまで最高裁で判断するんだ・・・”と率直に感心させられたこの判決について、以下では原審の判決も振り返りながら、簡単に紹介しておくことにしたい。

事案の概要

原告(被上告人):株式会社アリカ
被告(上告人):株式会社ARICA

本件の事案を整理すると、概ね以下のとおりとなる。

(1)原告が「ARIKA」という商標を平成13年1月22日に出願し、平成14年3月1日登録(第4548297号、第35類、第41類)。
(2)被告が平成19年3月15日に、原告商標について不使用取消審判請求
(3)特許庁が平成20年9月26日、原告商標について取消審決(2007-300303号)。
(4)原告が特許庁の審決取消訴訟知財高裁に提起、平成21年3月24日、審決を取り消す判決が出される。
(5)被告側が上告受理申し立て

「C」と「K」の違いこそあれ、原告商標は、被告(上告人)の社名とほぼ同一。
原告商標が存在する限り、被告自身が同一の指定役務で、自らの社名ブランドを商標として登録することはできないし、下手をすると原告から権利主張をされるリスクもある。

被告が不使用取消を請求した役務は、原告商標の第35類の指定役務(以下列挙)のうち、太字で記載したもの。

広告,トレーディングスタンプの発行,経営の診断及び指導,市場調査,商品の販売に関する情報の提供,ホテルの事業の管理,職業のあっせん,競売の運営,輸出入に関する事務の代理又は代行,新聞の予約購読の取次ぎ,書類の複製,速記,筆耕,電子計算機・タイプライター・テレックス又はこれらに準ずる事務用機器の操作,文書又は磁気テープのファイリング,建築物における来訪者の受付及び案内,広告用具の貸与,タイプライター・複写機及びワードプロセッサの貸与」

被告自身が平成19年に出願した「ARICA」商標における第35類の指定役務*1とガチンコでぶつかっているところもあるわけで、被告としては目の上のたんこぶ。何としても原告商標を取り消したい、という思いも理解できるところである。

知財高判平成21年3月24日(H20(行ケ)第10414号)*2

さて、被告が最初に不使用取消審判請求を請求してから、実に4年9カ月の歳月を経てようやく決着に至ったこの事件だが、知財高裁の取消訴訟までは比較的淡々と進んでいたように見える。

被告が取り消そうとした指定役務のうち、「商品の販売に関する情報の提供」について使用実績があることを主張し、それを裏付ける証拠として、他社が販売するCDやゲームソフトを紹介した自社のホームページ(それぞれ販売メーカーのサイト等へのリンクを張っている)を挙げた原告側と、これを争った被告側。

「商品の販売に関する情報の提供」という役務は、平成19年に小売商標制度が導入されるまでは、小売事業者等にもかなり頻繁に指定されていた役務であるが、そもそもどのようなものがこれにあたるのか、曖昧なまま使われていた役務であり*3、それゆえ、そのような役務における使用の有無について、知財高裁がどのような判断を示すか、というのは、非常に興味深いテーマだったはずだが*4、これに対する知財高裁の判断は、以下のような、いともあっさりしたものであった。

「原告は,平成17年1月23日には,株式会社スーパースィープが製作,販売する音楽CDについての内容及び購入方法等について,本件商標を表示して原告のホームページに掲載し,また平成16年10月12日には,同じく本件商標を表示した原告のホームページに株式会社カプコンの販売する「ロックマンエグゼトランスミッション」「ストリートファイターEX plus α」の発売日,価格等を表示し,株式会社カプコンのホームページのゲームの購入画面等にリンクさせていることが認められる。」
「そうすると,原告は,本件商標の登録取消し審判の予告登録がされた平成19年4月4日より前3年以内に日本国内において「商品の販売に関する情報の提供」の役務に関し本件商標を使用していたことが認められる。」
「被告は,原告の行為は他人のために行う役務ではなく,各甲号証についても他人のためではなく原告自らの利益のために行う自社広告であるから,本件商標を「商品の販売に関する情報の提供」の役務に使用したことにはならないと主張する。しかし,上記(3)で認定した事実によれば,「ザ・ナイトメア・オブ・ドルアーガ不思議のダンジョン」の音楽CDは株式会社スーパースィープが製作,販売するものであり,ゲームソフト「ロックマンエグゼトランスミッション」「ストリートファイターEX plus α」についても株式会社カプコンが販売するものであるから,これらに関する情報の提供は他人のために行う役務ということができ,「商品の販売に関する情報の提供」に該当するものと認められる。被告の主張は採用することができない。」(15-16頁)

知財高裁は、被告側が「他人のためにする労務又は便益であって、付随的でなく独立して商取引の対象となり得るもの」という商標上の「役務」の定義に照らして行った数々の主張(対価、手数料等の受領事実の不存在、自社広告性等)に対して、ほとんど応えておらず、形式的な「他社商品のHP掲載」をもって「使用」を認めてしまったのである。

最三小判平成23年12月20日(H21(行ヒ)第217号)*5

商標、それも不使用取り消しのような比較的シンプルな事件になってくると、わざわざ弁護士を付けて争うこと自体稀だし*6知財高裁で言い分が通らなければ、すんなりとあきらめてしまうことも少なくない。

だが、上記のような知財高裁の安直な判断には、被告側の代理人もさすがに腹をすえかねたのだろう。
上告受理申し立てがなされ、それから2年半以上経って、「原判決破棄、自判」という事態に相成った。

そして、冒頭でも言及したように、この最高裁の判断の凄さは、商標法上の「役務」の趣旨に照らした、大上段からの法律解釈論で結論を出したのではなく、

「商標法施行規則別表において定められた商品又は役務の意義は,商標法施行令別表の区分に付された名称,商標法施行規則別表において当該区分に属するものとされた商品又は役務の内容や性質,国際分類を構成する類別表注釈において示された商品又は役務についての説明,類似商品・役務審査基準における類似群の同一性などを参酌して解釈するのが相当であるということができる。」(4頁)

というアプローチで、個別の役務の意義に入り込んで解釈を試みた、というところにあるのではないか、と自分は思っている*7


最高裁は、本件で最大かつほぼ唯一の争点となっていた「商品の販売に関する情報の提供」という役務の意義について、以下のような判断を示した。

政令別表第35類は,その名称を「広告,事業の管理又は運営及び事務処理」とするものであるところ,上記区分に属するものとされた省令別表第35類に定められた役務の内容や性質に加え,本件商標登録の出願時に用いられていた国際分類(第7版)を構成する類別表注釈が,第35類に属する役務について,「商業に従事する企業の運営若しくは管理に関する援助又は商業若しくは工業に従事する企業の事業若しくは商業機能の管理に関する援助を主たる目的とするもの」を含むとしていること,「商品の販売に関する情報の提供」は,省令別表第35類中の同区分に属する役務を1から11までに分類して定めているうちの3において,「経営の診断及び指導」,「市場調査」及び「ホテルの事業の管理」と並べて定められ,類似商品・役務審査基準においても,これらと同一の類似群に属するとされていることからすれば,「商品の販売に関する情報の提供」は,「経営の診断及び指導」,「市場調査」及び「ホテルの事業の管理」と同様に,商業等に従事する企業の管理,運営等を援助する性質を有する役務であるといえる。このことに,「商品の販売に関する情報の提供」という文言を併せて考慮すれば,省令別表第35類3に定める「商品の販売に関する情報の提供」とは,商業等に従事する企業に対して,その管理,運営等を援助するための情報を提供する役務であると解するのが相当である。そうすると,商業等に従事する企業に対し,商品の販売実績に関する情報,商品販売に係る統計分析に関する情報などを提供することがこれに該当すると解されるのであって,商品の最終需要者である消費者に対し商品を紹介することなどは,「商品の販売に関する情報の提供」には当たらないというべきである。」(4-5頁)

「本件各行為について検討すると,前記事実関係によれば,本件各行為は,被上告人のウェブサイトにおいて,被上告人が開発したゲームソフトを紹介するのに併せて,他社の販売する本件各商品を消費者に対して紹介するものにすぎず,商業等に従事する企業に対して,その管理,運営等を援助するための情報を提供するものとはいえない。したがって,本件各行為により,被上告人が本件指定役務についての本件商標の使用をしていたということはできない。」(6頁)

これまでの実務での「商品の販売に関する情報の提供」という役務の使われ方に鑑みれば、上記のような判断は、あまりに狭いのでは・・・?という疑念も湧くところだろう。

また、最高裁は、続けて、

「なお,本件商標登録の出願時に用いられていた前記国際分類を構成する類別表注釈では,第35類に属する役務について,平成9年1月1日に発効した改訂によって,「他人の便宜のために各種商品を揃え(運搬を除く。),顧客がこれらの商品を見,かつ,購入するための便宜を図ること」が同類に属する役務に含まれる旨の記載が追加されており,その後,平成18年法律第55号により,商標の使用対象となる役務として「小売及び卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」が追加されて(商標法2条2項),これに伴い,商標法施行令別表第35類に小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供の役務が追加され,商標法施行規則別表第35類にも,接客,カタログを通じた商品選択の便宜を図ることなど商品の最終需要者である消費者に対して便益を提供する役務が商標の使用対象となる役務として認められるようになったなどの経緯がある。しかしながら,本件商標登録の出願時には,上記の法令の改正はいまだ行われていなかったのであって,上記の経緯を考慮しても,本件商標登録の出願時に,消費者に対して便益を提供する役務が,上記の法令の改正等がされる以前から定められている省令別表第35類3の「商品の販売に関する情報の提供」に含まれていたものと解する余地はないというべきである。」(5-6頁)

と、小売商標導入の経緯等にも触れているが、純粋な「小売」についてはともかく、「消費者に対する便益の提供」一切が従前は保護されていなかった、と断定してしまうのはどうかな・・・という思いもあるところ。

既に小売商標制度が出来上がった今となっては、「商品の販売に関する情報の提供」という役務区分に対するニーズが薄れているとはいえ*8、これまで実務に合わせて、何となくだましだまし使われていたものを、こうもばっさり切られてしまうと、感情的にはちょっとイラっと来るところはある。


ただ、最高裁が頑張ってここまで踏み込んでくれたおかげで明確になるもの、というのもあるわけで、知財高裁判決の“あまりにあっさり過ぎる”判決と比較すると、なおさらその感を強くする。

今回の判決が、他の役務の意義等の解釈をめぐり、下級審や特許庁の審査、審判レベルの運用に至るまで、どの程度の影響を与えることになるのか、今後の動きを注視する必要があるように思う。

*1:「広告,経営の診断又は経営に関する助言,市場調査,商品の販売に関する情報の提供,ホテルの事業の管理,一般事務の代理または代行,事業の管理又は運営に関する一般事務の代理又は代行,商品の受注発注事務の代理,商品の販売に関する事務の代理又は代行又はこれらに関する情報の提供,通信販売に関する事務の代理又は代行又はこれらに関する情報の提供,文書又は磁気テープのファイリング,輸出入に関する事務の代理又は代行,被服の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,履物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,かばん類及び袋物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,身の回り品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,時計及び眼鏡の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,宝玉及びその模造品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」。出願役務を見ただけでは、何をやっている会社なのか、良く分からない・・・。

*2:第2部・中野哲弘裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090325151125.pdf

*3:これに限らず、役務の場合、商品とは異なり、審査基準に例示されている役務の範囲がどうもはっきりしない・・・というものが多いように思われる。

*4:大阪地裁の「LOVE」事件(侵害訴訟)の中で、この点に若干触れたような判示がなされたこともあったが・・・。http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20071222/1198912739

*5:大谷剛彦裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111220111305.pdf

*6:本件でも、双方の代理人弁理士であり、上告受理申し立ても弁理士が行っているようである。

*7:もちろん、下級審レベルでは、これまでにも個別の商品、役務について、裁判所の解釈が示された例が多数あるのだが、最高裁で・・・ということになると、相当珍しいのではないかと思う。

*8:もっとも、平成19年以前に出願された商標で未だ生き残っているものは多数あるから、今後、不使用取消の場面や侵害訴訟の場面で、蒸し返される可能性は出てくるが。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html