2000本を超えてからのドラマが見たい。

阪神タイガース鳥谷敬選手が、甲子園で史上50人目の2000本安打を達成した。
2004年のシーズンから、このチーム一筋で14年、生え抜きでは鬼平藤田平氏)以来の偉業、しかも、地元甲子園で達成、ということだから、もう少し興奮しても良いところだったのだが・・・。

早大から鳴り物入りで入団し、同窓の岡田監督の引き立てもあってルーキーイヤーから一軍に定着。
入団2年目の2005年シーズンに159安打を記録して以降は、毎年コンスタントに150本前後の安打数を積み重ねる。
守っても遊撃のポジションをそつなくこなし、長年、「守れども打てない」(久慈、秀太、藤本・・・)*1印象が強かったタイガースのショートストップのイメージを大きく変えた。

これまでの成績を振り返れば、少なくともタイガースの歴史の中では燦然と輝くレベルの選手。
それなのに、何となく2000本安打、と聞いても、「ふーん」で終わってしまう。

彼が入団したのは、タイガースが2003年のリーグ優勝で暗黒期を抜けだし、関西の名門球団として優勝争いに絡めるようになってきた時代。
潤沢な資金力を背景に、FAでの大物選手獲得も常態化し、毎年シーズンの間にペナント争いで一度や二度は見せ場を作るが、2005年を最後にリーグ優勝には今一歩届かない*2

そんな、“万年二番手・三番手”のようなチームで、ヒットを積み重ねる優等生。
決して長打力がないわけではないし*3、決してチャンスに弱いわけでもないのに、万人の記憶に残るようなシーンは思いのほか少ない。

外から入ってきた大物選手が敗戦の責任を負わされて叩かれ、いったんブレイクして持ち上げられた選手が次のシーズンには奈落の底に叩き落されるような浮き沈みの激しい球団の中でも、黙々と自分のポジションを守り続けた。そんな“波のなさ”が、かえって選手としてのドラマ性を薄めてしまっているのかもしれない*4

プロ野球そのものに対する自分の関心が年々薄れていった時期と重なったこともあるが、ここ数年の印象に残る鳥谷選手のエピソードは、2014年シーズンオフのメジャーリーグ移籍騒動くらいだし、その騒動もあっさり終わって、“生涯虎”みたいなことを言い始めたことで、より自分の関心は薄れてしまった*5

印象に残るような大きなエピソードがない、というのは、それだけ浮き沈みなくコンスタントに活躍を続けている、ということの裏返しでもあるし、それは、試合に出て、結果を残してナンボ、というプロの世界では、称えられることではあっても、ディスられるようなことでは決してないはずなのだが、積年のファンとしてはそこまでシンプルには割り切れない・・・。

*1:一時期、今岡選手が守っていた時期もあったし、藤本選手などは3割を打ったシーズンもあったから、常に打てないポジションだったわけではないのだが、打線の中心を張れるような選手のポジションではなかったのは間違いない。

*2:その2005年にしても、日本シリーズでは全く見せ場がなかった。

*3:2009年シーズンには20本塁打を記録しているし、翌2010年シーズンには19本塁打104打点。クリーンナップを打てるだけの打力は間違いなく持っている選手である。

*4:同じポジションでも、和田選手、久慈選手には、「暗黒時代」に微かな光を射す職人、としての存在感があったし、今岡選手には爆発したときの何ものにも代えがたい魅力があった。

*5:2014年はチームが日本シリーズに久々に出場した年であり、鳥谷選手自身、自己最高打率を記録した年でもあるのだが、シーズン中の印象は思いのほか薄い。

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