ジュリスト2005.9.1号(第1296号)

今号は京都議定書と温暖化対策に関する特集。
だが、個人的にはこの手の政策的見地からの議論にはあまり関心がない。
今や環境法の第一人者となった、早稲田の大塚教授の環境法の講義を
以前聴講したことがあるのだが、正直、政策論はもういいから、
法律論の話をしてくれ・・・と嘆いたものだった*1

以下、印象に残った記事。

特許法35条関連*2

ここ数年、特許法35条に関してまことに賑やかな議論が続いていたが、
ベーシックな論点に関する議論は、
去年の法改正と、青色ダイオード事件の東京高裁での和解で一息ついたようで、
現在の流行は、外国の権利に関する日本法適用の可否という、
ちょっとお洒落な論点に移っているらしい。


本稿は、適用否定説から論じられたもので、
まず、特許法35条の規定について、「制度的職務発明観」に立った上で、
その制度趣旨(政策目標)を「産業発達」と捉え、
よって、他の特許法の規定と同様に「属地的処理」に委ねるべき、
という結論に至っている*3


特許を受ける権利の承継(及び対価の支払)を「取引(契約)行為」と捉えて、
「最密接関連地法」を準拠法として選択しようとする立場からは、
どうしても労務供給地である日本法の適用に傾くことになるから、
島並助教授の説の巧みなところは、
権利承継等を「一定の政策目標の実現を企図して特別に法定した制度」と
割り切った位置づけに置いたことにある*4


確かに、元々属地的処理を前提とする特許に関する法律の規定が、
外国の特許権に関する取扱いにも適用されると考えることには違和感があるし*5
島並助教授が挙げられているメリットと、反対説のデメリットには、
説得的な部分もある*6


だが、上記のような考え方は、実務上はあまり歓迎できるものではない。
一つの発明を、国際出願で数十カ国に一斉に特許出願したような場合に、
国ごとの職務発明制度を調べて、国ごとに補償すべき相当対価を算出する、
という作業をしなければならないとすれば、おそらく知財担当者は発狂するだろう*7


また、本稿で島並助教授は明確に否定しているし、理論上はそのとおりだと思うが、
発明者と会社との関係においては、特許を受ける権利の譲渡を、
「全世界で特許を受けることのできるただ1個の普遍的な権利」の承継、
と構成するのが、むしろ自然である*8


だから、うちの会社の社内規程でも、
外国の権利によって得た利益についても補償金算定のベースにしているし、
それを見直そうという動きも今のところで出てはいない*9


いずれにせよ、これまで肯定適用説が圧倒的多数を占めていた知財業界の中で、
今回の論稿がどのような波紋を広げるのか、楽しみなところではある。

探究・労働法の現代的課題

新連載が始まった。


第1回は「改正労働組合法」をテーマにした論説集。
今号も東大ロー客員の中山、宮里両弁護士がご活躍されている。


改正法の受け止め方は使用者側、労働者側双方とも複雑なようで、
迅速化を比較的前向きに捉えているのが中山弁護士*10なら、
物件提出命令や新証拠提出制限を肯定的に捉えているのが宮里弁護士*11
といったところだろうか。


実際に、不当労働行為の審査手続とその後の裁判所のスローな仕事ぶりを
体感してきた自分としても、今回の法改正に色々思うところはある。


企業サイドとしては、紛争に勝っても負けても、
きっちりとした事実認定と筋の通った法的判断に基づく命令が下されれば、
不満は示しつつも、どこかで折れざるを得ない*12
ところが、これまでの労働委員会の命令には、
申立人(組合側)の主張丸呑み的なものも少なくはなかった*13


今回、民事訴訟的な規律が取り込まれたのを機に、
こういった運用実務が少しでも改善するなら、それにこしたことはない。


宮里弁護士は、次のように述べられる。

集団的労使紛争としての不当労働行為事件の解決という点で、裁判所と異なる優位性をもって制度特性を発揮し得るのは、将来の労使関係も視野に入れた団結権保障に基づく集団的労使関係ルールづくりにあり、この点の役割がもっと重視されるべきであろう*14

確かに、このような感想は、
これまで労働事件に携わってきた方の多くが抱いておられるものと思われる。
だが、現実は、労働委員会に持ち込まれた時点で、
労使が「集団的労使関係ルールづくり」を自主的に行う契機は失われている、
といわざるを得ない。
仮に、形だけの「和解」にこぎつけたとしても。


だとすれば、求められるのは、
命令、そしてその後の裁判所の判決を速やかに出すことで、
「はっきりと白黒付ける」ことしかないのではないかと思う*15


なお、本稿とは直接関係しないが、
今号の労働判例研究に掲載されていた東大・桑村助手の評釈*16について一言。


おそらく彼女の評釈が掲載されるのは、3度目くらいではないかと思うが、
いつもながら、判例のチョイスの巧さには感銘を受ける*17
今回は、営業譲渡に伴う労働契約の承継の論点と、
人事考課の相当性判断の論点が絡んだ地裁判例で、
あまり見かけないタイプの事案だけに、個人的には非常に興味深いものがあった*18


また、以前掲載されていた評釈を読んだ時にも印象に残ったのだが、
評釈の筋道がしっかり立っているので、テンポが良くて読みやすい。
他のジュリストの判例研究のコーナーでも、若い助手の方の評釈は良く目にするが、
ここまですっきりした評釈にはなかなかお目にはかかれない。
だからこそ素人目に見ても印象に残るのである*19

*1:一応、師は東大出身の民法研究者の系譜に属するお方のはずなのだが・・・。

*2:島並良「外国特許を受ける権利に関する職務発明相当対価請求の可否」ジュリスト1296号78頁(2005年)

*3:かなり端折ったまとめ方で恐縮だが・・・。

*4:島並・前掲注2)80頁

*5:公法的要素が強い分、仮に「取引的職務発明観」を取ったとしても違和感があることは否めない。

*6:特に複数の国で研究開発をしているケースにおける妥当性など。

*7:日立製作所の事件のように訴訟まで至ってしまえば、少しでも支払額を減らすために、企業は適用否定説を主張するだろうが、だからといって日常の実務で同じことをやれ、ということにはならないだろう。

*8:島並・前掲注2)78-79頁参照。

*9:もちろんこれは、日立製作所事件で東京高裁が外国特許についても35条の適用を肯定したという事実に拠るところが大きいのだが(東京高判H16.1.29)。最高裁の判決次第で動きが出る可能性があることは否定しない。

*10:中山慈夫「改正労働組合法における論点と今後の課題・使用者側の立場から」ジュリスト1296号91-92頁。

*11:宮里邦雄「改正労働組合法における論点と今後の課題・労働側の立場から」ジュリスト1296号98-100頁

*12:担当者としては、取消訴訟を提起しつつも、同時に負けたときに備えて社内の説得にも入っていくことになるだろう

*13:会社があえて積極的な主張立証を行わなかったというのもあるが。

*14:宮里・前掲101頁

*15:結局、良心的な法曹関係者や研究者の方の思いとは裏腹に、「闘争」の場が存在する限り、労使の溝が埋まることはないというのが、悲しい現実なのである。

*16:桑村裕美子「労働判例研究・営業譲渡の譲受会社に編入された労働者に対する新成果主義人事制度の下での降級の有効性」ジュリスト1296号168頁(2005年)

*17:指導教官の影響なのか、本人のセンスなのかは分からないが。

*18:日常業務に直結するかどうかは別として。

*19:あくまで「素人目」なので、ここまで書いておいて、内容についてまで論評することができないのは申し訳ない限りであるが・・・。

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