ジュリスト2005.9.15号(No,1297)

今夜もパソコンの機嫌がかなり悪い。
書いても書いてもデータが吹っ飛ぶ悲しみは、味わった者にしか分からない。

さすがに辟易したので、以下感想を簡単に。

労働時間法制の現状と改正の方向*1


労働法務の世界では大家として知られる安西弁護士が、
現行の労働時間法制の問題点を鋭く指摘している。


この問題については、自分も良く感じているのだが、
裁量の幅の大きい仕事をやっているホワイトカラーにとって、
現行労基法の下での労働時間の縛りが窮屈なものであるのは間違いない。


例えば、法務の仕事に関して言えば、
社内のクライアントから依頼された仕事をどのように仕上げるかは、
担当者個々人の裁量によるところが大きい。


そして、担当者に熱意があればあるほど、
少しでも仕事の質を上げるために、たくさんの文献を集め、
丁寧に資料を作っていくことになる。


「納期」がある以上、費やす日数を節約するために、
残業をしてでも仕事に打ち込むのは、
プロフェッショナルとしては当然の行為であって、
誰に命じられるわけでもなく、自分の意思でそれをやるからこそ、
その仕事にやりがいを感じることができるわけだし、
それが自分自身の能力向上にもつながる。


会社に居残って、
必ずしも業務に直結しない文献資料を読み込んだりすることも多々あるが、
個々の担当者は、それを残業代目当てでやっているわけではなく、
あくまで自分の勉強のためにやっているに過ぎない。


ところが、本稿でも指摘されているように*2
現行の労働時間法制の下での運用は、そのような自主的な「残業」時間まで、
強権発動的な労働時間認定によって、「時間外労働」時間に組み込む傾向にある。


だから、労基署の立入りが近いと知るや、
会社の方がむしろ神経過敏になって、
管理職が「はよ帰れ」と耳元でささやき、担当者の業務を妨害する(笑)、
という事態まで生じてしまい、仕事がやりにくいことこの上ないのである。


安西弁護士は、上記のような強行法的考え方だけで労働時間を捉えることの
問題点を指摘した上で、

  1. 現行法の硬直な取締中心の刑事罰の適用による硬性労働時間と労働者のより自律的な働き方を尊重した自由意思による自主的な労働時間(軟性労働時間)を区別すること*3
  2. ホワイトカラーエグゼンプション制度を労使協定によって導入する法改正を行うこと

を提言されている*4


ホワイトカラーといっても、
法務のような裁量性の強い業務から、実質的な肉体労働まで様々であるし、
「残業時間」の概念を全面的に撤廃するのであれば、
同時に賃金に関する制度設計を根本的に見直す必要があるのは確かだが*5
方向性としては、安西弁護士のご見解に賛同する。


ことホワイトカラーに関しては、
仕事=命じられてやるもの、という固定観念は捨て去った方が、
働いている側の精神衛生上も良いのではないかと思うので。

特集/契約観・訴訟観・法意識の国際比較

今年の日本私法学会のシンポジウムで用いられる(た?)資料による特集記事。


大学に入った頃に、川島武宜名誉教授の『日本人の法意識』をネタに
ゼミ発表をやったのを思い出すが、
今回の記事で紹介されている調査結果は、
軒並みその川島理論を否定する方向に働きそうである*6


コンプライアンスが叫ばれ、
法律の重要性が身近なところで語られることの多い現在、
「日本人ないし東洋人はアメリカ人ないし西洋人よりも契約遵守の意識に乏しい」
といった単純な図式が成り立たないことはもはや明白なのだが、
個人的には、「契約遵守の意識」=「契約が存在することの認識」ではないことにも、
目を向ける必要があるのではないかと思う。


「契約は大事ですか?」と聞かれれば、
今やほとんどの人が「はい」と答えるのが日本人だが、
「あなたが今行っている行為は契約ですよ」と言われると、
「えっ???」って顔をする人が多いのも、また日本人だと思うので*7


あと、「経営・商学部生のほうが法学部生よりも契約遵守意識が高い」*8
というデータには、その後の加藤教授の分析も含めて、
納得させられるところが多かった。


昔聞いた言葉。

法務担当者に求められるのは、法令や契約書を条文の字句どおりに読まない勇気と、字句どおり読まないことの正当性を堂々と主張できるスキルである。

誰が言った言葉だったかは忘れてしまったけど、言いえて妙である。

おまけ

商判で取り上げられている裁判例が、いつもながらに古い。
去年最高裁で結論覆った事件の高裁判決評釈を今頃読まされても・・・
という感はある。

*1:安西愈「労働時間法制の現状と改正の方向」ジュリスト1297号2頁(2005年)

*2:安西・前掲4‐5頁

*3:その上で、後者については現在のような「黙示の残業命令の擬制をやめ、賃金の決め方の問題として処理すべきとする。

*4:そのほかに、健康管理措置の問題についても言及されている。安西・前掲5頁

*5:日本の多くの会社では、一定の残業手当が支払われることを前提に賃金制度を設計しているので、今の基本給のままで残業手当を撤廃すると、多くのホワイトカラーが困窮(笑)してしまうことになる。

*6:加藤雅信「シンポジウムの概要と日本人の契約観」ジュリスト1297号50頁など。なお、10年以上前になる当時のゼミでも、若い教官が、川島説に強く疑義を唱えられていたのが微かな記憶として残っている。

*7:少なくとも自分の周りにはそういう方が多い。

*8:加藤・前掲51頁

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