ジュリスト2005年11月15日号(No.1301)

今号の特集は「人事訴訟法施行1年」。


幸か不幸か、個人的に関わったことはないし、
仕事でも最も縁遠い分野、ということもあって*1
これまであまり関心をもってみたことはなかったのだが、
一般の民事訴訟との比較で見ていくと、
いろいろと興味深い論点がいくつもあることに気付く。


人事訴訟において、なぜ職権探知主義や判決の対世効、失権効といった
特殊な効力が認められるのか、というテーマを
いろいろと突き詰めていくと、新しい発見がありそうである*2


あと、「離婚紛争」に焦点を当てた東北大の水野教授の論文も、
非常に読みやすい*3


同教授の論文は、結構目にする機会が多いのだが、
世の保守層の考え方に対しては批判を投げかけつつも、
先鋭的なフェミニズム論者とは一線を画した論文や評釈を書かれていることが多く、
その節々から、師のヒューマニズムあふれる情熱を感じ取ることができる。
(水野教授の主要業績:http://www.law.tohoku.ac.jp/~parenoir/


じかにお話を聞いてみたい先生の一人である。

労働判例研究*4

九大の野田教授が評釈を担当している、
さいたま地裁平成16年12月12日判決がなかなか面白い。


この事案は、有名な専門学校を経営していた学校法人Aが、
経営破たんを経て「東京日新学園」(X)に営業譲渡を行う際に、
同学校法人で、私教連支部組合の分会長を務めていた教員(Y)を不採用としたことを
めぐって争われたものである*5


認定された事実によれば、
不採用になった教員は183名中29名に過ぎないし(しかもYはクラス担任であった)、
営業譲渡の過程では、カリキュラムに変更はなく、
授業も1日の中断もなく継続されているということであるから、
実質的には「不当労働行為」の色彩が極めて濃い事案である。


そして、さいたま地裁は、
法人格主体に「採用の自由」があることを認めた上で、
本件事案においては、「雇用関係が事業と一体として承継されている」と認定し、
この場合に労働者が事業の譲受人に採用されないということは
「実質的に解雇と同視すべき」として、整理解雇法理を「参照」の上、
「XとYとの間には・・・雇用関係が・・・成立しているものと認められる」
という思い切った判断をした*6


「営業譲渡」という技巧を用いることで、
“不満分子”をことごとく排除できるのだとすれば、
労働法の規律は無意味なものになってしまうから*7
地裁判決の結論は妥当なものであろう。


ただ、評釈(結論賛成、理由付け疑問)でも指摘されているように*8
営業譲渡が「全部譲渡」であることをもって「実質的解雇と同視」したり、
不採用行為に「整理解雇法理」を実質的に「適用」することは、
やはり無理があるというべきで、
もっと説得的な法的構成を考える必要がある。


三菱樹脂事件以来、所与の前提として認められている
「採用の自由」を尊重するのであれば、
野田教授が提唱されるような、
営業譲渡の際の雇用関係に関する「(法人間)合意」の効力を否定する、
といった構成をとるのも一手かもしれない*9


もっとも、Aが消滅する法人である以上、
「解雇回避」努力義務というものが本当に観念できるのかは疑問であるし、
本件では「特定の社員を排除する」という合意まではなされていないのであるから、
上記合意の効力を完全に否定するのは難しいような気がする*10


また、個人的には、労働法的観点から見て、
一種の法潜脱的ともいえる企業組織再編が行われる場面で、
「採用の自由」を徹底しようとすること自体に問題性を感じるのだが、
最高裁判例に正面切って争いを挑むのは、やはり勇気がいる。


・・・などと、いろいろ考えていたら、
最後に三行。

本稿脱稿後、東京高裁(平成17・7・13判決・判例集未登載)において、本判決に対する控訴が認容され、雇用契約の不存在が確認された。

滅茶苦茶気になるのだが・・・。


残念ながら、上記高裁判決は、
最高裁ウェブサイトでも提供されていない*11


仕方がないので、
ウェブで見つけた労働側の「ビラ」にリンクを貼っておく。
http://homepage2.nifty.com/saibankan-watcher/sokuhou/050725imai-2.jpg


いつもながらに繰り返されるこの手の「戦術」の妥当性については、
いろいろと議論があるところだが、気持ちは分かる。

*1:社員の交通事故や債務整理に関与することはあっても、家庭内の問題には決して踏み込まない、というのが、自分の会社の法務担当者の暗黙のルールである。もっとも、「相続」に関しては、業務との関連性はゼロではないが(会社に損害を与えた者が死亡し、遺族が損害賠償債務を相続する場合など)。

*2:高田昌宏「人事訴訟法施行と今後の理論的課題」ジュリスト1301号2頁(2005年)参照

*3:水野紀子「人事訴訟法制定と家庭裁判所における離婚紛争の展望」ジュリスト1301号11頁(2005年)

*4:野田進「営業譲渡の譲渡先による組合分会長の不採用−東京日新学園事件」ジュリスト1301号108頁

*5:学校側の雇用関係不存在確認が本訴で、存在確認が反訴として請求されている。

*6:以上は、本評釈の記述による(前掲・野田108頁)。

*7:その際たる例が国鉄民営化の過程で起きた“クビきり”だったわけであるが・・・。

*8:野田・前掲110−111頁

*9:野田教授は、Aが行った解雇の整理解雇基準に照らした不当性ゆえ、A-X間の全員解雇及び採用という合意自体の有効性を否定し、それによって不採用=解雇という結論を導く(野田・前掲111頁)。

*10:無理がある、という点においては、さいたま地裁の判決と大差ないのではないだろうか・・・。

*11:毎日タイムリーに新しい判決が掲載されていく知財判例コーナーと異なり、労働判例コーナーの更新度は恐ろしく遅い。当局には、知財訴訟部にかけるエネルギーとリソースをほんの少しでも労働部に回していただくようお願いしたい。知財法務の人間が言うのもなんだが、人々の生活にとっては、知財紛争より労働紛争の方が数百倍も重要なのであるから・・・。

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