「eサイト」商標事件

最近雑談が多かったので、知財ネタを一つ。


知財管理の最新号に、
青木博通弁理士*1の「eサイト事件」*2判例評釈が掲載されている*3


被告(NTTドコモ)がウェブサイトに掲載した「ドコモeサイト」「eサイト」、
そしてサブドメイン名の一部としての「esite」の使用が、
原告(株式会社イレブン)が保有する商標「e-sight」*4
侵害するか否かが争われた事案である。


商標の類否判断に関する裁判例は、事例判断の問題に過ぎないことが多いため、
必要に迫られない限り読み飛ばしてしまいがちなのだが、
本件の事案に関しては、実務担当者として見過ごせないポイントがいくつかある。


その一つは、本件評釈でも主に論じられている
①「ウェブサイト上での商標の使用法」であり、
二点目は、②「eサイト」のような一見普通名称のようにも思える標章を使う時に、
どのような対策を講じるべきか、という問題である。


まず、1点目に関して。


本件判決は、商標の類似性を否定することで、
被告側の商標権侵害を否定した。


裁判所は、後述するような「eサイト」という語の識別力の弱さや、
両標章の観念、外観の違いを前提としつつ、
主に以下のような「取引の実情」に着目して類似性を否定している。

(ア)「ドコモ」の著名性
 証拠(乙1〜5)及び弁論の全趣旨によれば,平成13年9月当時,被告は,携帯電話事業において国内トップのシェアを有し,「ドコモ」の語は,被告の略称として日本国内で著名であったこと,被告は,平成4年以降,「ドコモ○○」のように「ドコモ」の語を付した語をその名称とするサービス等を市場に提供し続け,被告の提供する各サービス等も取引市場において浸透し,需要者に広く認識されていたことが認められる。
(イ)本件ドコモ標章の使用態様
 前提事実(3)のとおり,被告ホームページにアクセスする者の大部分は,エヌティティドコモの携帯電話について料金プランの変更等や新規申込みを行うために被告ホームページにアクセスするものであり,しかも,トップページやそれに続くページに「NTTDoCoMo」との記載があるため,被告が被告ホームページを開設したことを認識している。また,被告作成のパンフレット等に接する需要者等は,そのパンフレットが被告のサービスや製品を紹介するために被告によって作成されたことを認識している。
(ウ)混同の実例
 原告は,被告が本件被告3標章の使用を開始して以降,一般需要者及び取引者から,「原告が被告の商標権を侵害している。」「原告は被告の傘下に入った。」などという誤解を受けることになった旨主張するが,原告代表者が陳述書(甲21)で指摘する事例のみからは,原告主張の誤解なるものが散発的なものか,そのような発言をした者が仕事の必要上念のため原告に被告との関係を確認したにすぎないことがうかがわれるにすぎず,他に商標の類否の判断に影響する混同の実例を認めるに足りる証拠はない。

上記は「ドコモeサイト」に関する判断であるが、
「ドコモ」が付されていない「eサイト」に付いても、
取引の実情として(イ)を認定することによって、類似性を否定しているのである。


本件において被告側が、
どの時点で原告商標の存在に気付いたかは定かでないが、
何らかの形で原告の商標の存在を認識した場合、
担当者は一瞬「ドキッ」とはするだろうが、次の瞬間、
商標権侵害にあたらない、と抗弁するための理屈を考えるだろう。


本件における被告側の主張が、まさにその“理屈”である。


順番を付けるなら、
①被告標章は、原告商標とは称呼、観念が異なる。
②被告標章を使用しても、需要者が原告の商標と混同することはない。
③被告が当該標章を用いて提供しているサービスは、商標法上の役務にあたらない*5
④当該標章は普通名称である(後述)
⑤当該標章の使用は商標的使用にあたらない(記述的表示である)


ということになろうか。


ここでは、上記①、②の部分が判断されたことになる*6


被告側の担当者にしてみれば、
地元ではそこそこ有名(?)なベンチャー企業とはいえ、
長崎のローカル企業に過ぎない原告の商標と、
“たまたま”似たような標章を使ったからといって、
商標権侵害などといわれてはたまらない、という感情があるだろう*7


そして、結果として、そのような被告側の“思い”は
上記のような「取引の実情」の認定により、裁判所にも通じたことになる。


ここでは、自社の社名と併記することによる「打ち消し効果」もさることながら、
トップページの下に置かれていたページでの使用であった、
ということも判断に影響を与えているように思われる。


もっとも、青木弁理士は、

「このような階層性がある場合には、トップページの打ち消し機能により、最初に被告標章に接する場合に比べ、出所の混同の可能性が低くなることは経験則が教えるところである」*8

と述べられた上で、

「例えば、被告eサイトが他人の周知・著名商標や造語商標(ストロングマーク)に類似する場合には、ウェブの階層性による打消し機能をもってしても、商標の類似が肯定されることが多いと考える。ウェブの階層性が商標の類否判断に与える影響は、一般論としては、然る程大きくないといえよう」*9

とされている。


他人の周知・著名商標と類似することは、(故意でない限り)考えにくいが、
“たまたま”使った標章が、造語商標と類似することも稀ではないことを考えれば、
もう少し柔軟に、侵害を否定する要素として、
「階層性」の理論を用いても良いように思われるのだが・・・。


ちなみに、現在NTTドコモは、
「ドコモeサイト」を“移転”しており、
http://www.esite.nttdocomo.co.jp/参照)
さらに下層のページに移らないと、
サービスの提供を受けられないような仕組みに変えている。
これも「階層性」の理論を意識しているように思われ、興味深い*10


2点目について。


被告は多くの知財担当者を擁する大企業である。
標章の使用を開始する前に、念のため先行商標をチェックすることくらい、
当たり前のようにやっているだろう。


それなのに、なぜこんな“危ない橋”を渡ることになったのか。


それは、本件の次のような事情が影響しているように思われる。

「実際に被告の商標「eサイト」(9類、16類、38類)の出願(出願番号:2001-014691号)は、商標法3号違反を理由の一つとして、最終的に拒絶査定となっている(商標検索システム“Brandy”による)。」*11


番号から察するに、被告はサイトの開設(平成13年9月)前(ないし同時期)に、
商標を出願し、それに対する拒絶理由通知を確認して、
当該標章は商標としての要件を満たさない=よって安心、と判断したに違いない。


だが、現実には先行して商標を出願・登録していた原告に、
“刺される”形になった。


被告の出願が拒絶査定となって、
原告の出願が登録に至った、というのは、奇妙な気もするが、
審査官によって判断が大きくぶれることのある商標の世界では、
そんなに稀な事例ともいえない*12


自分は商標を持てないのに、
三者が類似商標を登録している、という状況は、
担当者が一番頭を悩ます場面でもある。


一度社内で決まった名前を商標の問題“だけ”を理由に
ひっくり返すのは難しいし、
かといって、商標担当者としては、気付いた以上目を瞑るわけにもいかない。
下手に権利者に“お伺い”を立てると、
かえって“やぶ蛇”ということにもなりかねない・・・。


元々、原告が主張している「損害」や、「混同の実例」*13には
眉唾ものなものも多く、
最後の手段としては、“権利濫用の抗弁”で逃げる手もあったとは思うが、
担当者としては、身につまされる事案であるのも確かである。


なお、青木弁理士の評釈では、
他にも、「役務該当性と役務の類似性」「ドメイン名と商標法、不競法」
などの論点に言及されており、あわせて参考になった。


知財といえば、とかく特許ばかりが注目される中で、
商標をめぐる問題について、このような“実務感覚”を刺激する論稿を
出していただけるのは、有難い限りである。

*1:ユアサハラ法律特許事務所所属

*2:東京地判平成16年12月1日・http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/654EDDAFB9BC37944925701B000BA393/?OpenDocument

*3:青木博通「ウェブサイトの階層性と商標権侵害」知財管理55巻12号1779頁(2005年)

*4:登録第4485800号

*5:少なくとも原告商標の指定役務では使用していない。

*6:本件判決では、①、②のところで決着が付いてしまったため、③〜⑤について判断されていないのが残念であるが、仮に商標の類似性が肯定されてしまったとすれば、③〜⑤の主張に関しては、被告側に厳しい判断が示された可能性があったことも否定できない。

*7:ちなみに、原告は地元でタブロイド情報誌等を発行している会社のようで、助成金給付の認定を受けたり、ネット上の決済システムについて“ビジネスモデル特許”を出願するなど、なかなか“野心的な”活動をしているように見受けられる。参照サイト(http://www.joho-nagasaki.or.jp/enterprise/z04/book/joho0107/joho07_03.pdf

*8:青木・前掲1784頁

*9:青木・前掲1784頁

*10:それ以前に、商標と提供する役務を切り離す、という点に主眼を置いているのかもしれない(下層ページには、それぞれ別のタイトルが付けられている)。個人的には、“訴訟沙汰”にまでなった標章を使い続けていること自体に感服するが・・・。

*11:青木・前掲1789頁脚注3

*12:「サイト」だとインターネットを連想させるが、「sight」なら無関係、ということなのかもしれないが、後に本件のような“使われ方”をすることまで含めて考えるなら、後者に関しては少し査定が甘いようにも思われる。

*13:被告が本件標章を使ったからといって、「原告は被告の傘下に入った。」と誤解するものが本当にいたのかは、大いに疑問である。