以前のエントリーで紹介した本を読んでの感想。
(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051212/1134315308)
- 作者: 渋谷高弘
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
- 発売日: 2005/10
- メディア: 単行本
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最初に断っておくなら、
本書を執筆している日経新聞の渋谷記者は、
どちらかといえば「発明者」にシンパシーを感じておられるようで、
本書の中でも、中村修二教授や、東北大の舛岡教授、
そして升永英俊弁護士など、「発明者」サイドの人間に光が当てられている
部分が多い。
もちろん、会社側への取材もきちんとなされており、
「両者の言い分」をしっかり並べて書いているところが、
本書が“良書”たる所以なのだが、
発明者サイドへの取材に比べると、
会社側への取材が、日亜化学を除けば全般的に“浅い”こともあって*1、
一通り読み終えると、「発明者」側の主張に相当の“理”があるのではないか、
と思わされる構成になっているのは確かである。
自分は、青色LED事件の東京高裁での和解後に吠えていた中村修二教授を見て、
相当に“ひいて”しまった人間であるから、
同教授を「改革者」として位置付ける本書の姿勢には、
少なからず違和感を感じざるをえない。
本書でも、記者会見の内容は詳細に紹介されているが*2、
「日本の司法制度は腐っている」と叫ぶ同教授の数々の発言は、
あまりに感情的であり、それゆえ「マスコミ側の反応の悪さ」*3
にもつながったように思われる*4。
また、中村教授の訴訟に一定以上の意義を見出している渋谷記者の筆によってしても、
そこに描かれている中村教授の研究者としてのキャリアは、
大企業に勤めている人間から見れば、決して「冷遇」されているとは言いがたい。
先代社長に青色LEDの開発を直談判してOKをもらい、
会社として初の社費留学で米国に留学し、
自分の研究のために、総額3億円の大型投資によって装置を購入してもらい・・・、
と、ある意味、中小企業ならではの“柔軟さ”ゆえに、
普通の会社なら考えがたいほどのお膳立てをしてもらっている。
会社の方針で入社以来10年間論文発表ができなかったり、
開発過程で現社長との間で諍いがあったり、という事実を差し引いても、
同教授が会社を辞める時点での待遇は、
45歳で年収1900万、研究員としては最高ポスト。
本件に関して言えば、地裁判決での「貢献度50%」が、
高裁段階で事実上“覆された”のもある意味当然のことだろう、
と個人的には思う。
だが、一般論としては、
企業側が声高に叫んでいる「論理」も、
残念ながら、自分を同様に「ひかせる」のに
十分なものになってしまっている。
本書では、職務発明対価訴訟に巻き込まれた企業の経営者や、
知財部門トップの発言が数多く掲載されているが、
法務担当者である自分の目から見ても、
これらの発言が真の意味で実態を捉えているとはいえない。
例えば、
味の素の知的財産センター長の杉崎氏のコメントとして、
「確かに成瀬氏*5は和解金1億5000万円を手にしたが、彼は天下に恥をさらしたと思う。これだけの処遇*6を受け、長年ご奉公した会社に弓を引くようなことをした。人生も友達も失ったはずだ。不遇な研究者であれば同情されるかもしれないが。まねをするような人は少ないと思う。」*7
というのが掲載されているが、
これが当人の発言そのままであるのだとすれば、かなり問題がある。
同氏に限らず、
訴訟を起こした発明者を「特殊な人間」扱いすることで、
自分たちの施策を正当化しようとする企業側担当者のコメントが目立つが、
このような姿勢は、問題の本質を見誤り、
結果として、第二、第三の同種の訴訟を引き起こすことにつながるだけであろう。
現在では、
「リスクを負担していない研究者に高額の対価を支払うのはおかしい」
という理屈が“常識”としてまかり通っているが*8
失敗してもクビにならない(給料も減ることはほとんどない)、というだけで、
“研究者としてのリスク”は企業内研究者であっても負っているといって良い。
研究を自分のライフワークと考える社員にとっては、
意に沿わない分野の研究に回されたり、
研究職の地位を追われること自体が十分な“リスク”である*9。
否、仮に成功したとしても、疎まれ、あるいは“栄転”することによって、
実質的に研究職としてのキャリアを絶たれる、という“リスク”が存在する*10。
会社が負わされる経済的なリスクと、上記のような研究者の“精神的リスク”を
対比することには異論もあるだろうが、
会社側は、新規開発に成功すれば、経済的に大きなリターンを得られるのに対し、
研究者の側は、社会的にさほど脚光を浴びることもなく*11、
せいぜい社内で表彰される程度に終わるか、
あるいは、研究者としてではなく「管理者」の道を与えられるか、
といった道しか残されていないことが多いから、
あくまで「研究者」としての道を追い求める社員にとっては、
事実上“リターン”など皆無に等しい。
価値のある発明をしても、研究者としての「名声」という精神的なリターンを
得られないのであれば、自分の発明をお金に変えてもらうしかない、
ということにもなろう。
要するに、この問題の根底には、
“経営側”が考えているリスク・リターンと、
当の研究者たちが考えているリスク・リターンとの間に、
大きなギャップがある、という現実があるのであって、
それを“単なるわがまま”と捉えているだけでは、
問題は何ら解決しない*12。
訴訟を提起した(あるいはその可能性を秘めている方々)研究者の方々は、
確かに日本の企業組織においては「異質」なタイプの人間が多いのかもしれないが、
それでも横並び・事なかれ主義の無能社員に比べれば、
本来、企業にとっては貢献度の大きい存在であるはずであって、
そのような方々と“経営側”の考え方の溝が、
特許法35条という「伝家の宝刀」を抜かれるまで埋まらないのだとしたら、
当該企業にとっても、この国にとっても不幸としかいいようがない。
複数の関係者の多くの証言を読んでいくことで、
こういった問題の本質、そして絶望的なまでの“溝”を
実感することができる点で、本書には価値があると思う。
個人的には、舛岡教授と対比して描かれている
ザインエレクトロニクスの飯塚哲哉社長(元東芝研究者)のコメントや、
中村教授の元上司である小山稔・日亜化学元常務、
元部下である向井孝志・日亜化学取締役のコメントなどに、
技術者の方々の“多面性”を良く見て取ることができる*13。
他にも、升永弁護士の司法試験の受験勉強法*14など
いろいろと興味深いネタは尽きないが、
あとは実際に読んで、味わっていただければ、と思う。
なお、本書は、
“読み物”にしては法律用語の定義等もしっかりしていて、
読んでいてそんなに違和感がなかったということも、付け加えておく。
(当たり前のことのようだが、この手の本にしては珍しい(笑))
*1:もっとも、企業側への取材で、「公式見解」を離れた担当者の本音を聞き出したり、背景事情の分析を徹底するのは難しいだろうが。
*2:渋谷高弘『特許は会社のものか』(日本経済新聞社、2005年)27-36頁など。
*3:前掲36頁。
*4:代理人の升永弁護士が、「(私は)これからも日本で裁判を戦っていかなければならない」といって同席を断ったエピソードも紹介されている(前掲27頁)。
*6:成瀬氏は、味の素で工場長や子会社トップを経験している。また、新設された報奨金制度の下、1000万円の報奨金を受領していた。
*7:前掲・143頁
*8:もっとも、会社側が、自分たちが言うほど研究開発に「リスク」を負っているかは疑わしい。現在、多くの大企業では基礎研究よりも応用研究に重点を置いているのであって、“一発を当てる”ための研究よりも、“コンスタントにヒットを打つ”研究が求められるから、他の要素(他社に先を越されたり、市場環境が整わなかったり)で失敗することはあっても、研究開発そのものが失敗するケースというのはそんなにはないのではないか、と思う。
*9:このことは、本書の中で中村教授も指摘している。
*10:在職中の中村教授などは、まさにこのパターンだろう。
*12:もっとも、経営側に取り立てられる人間の多くは、古典的・保守的な思想の持ち主が多いのが常であるから、この溝を埋めることは難しいだろうが・・・。
*13:特に、日亜化学の元役員でありながら、中村氏に少なからず共感するコメントを残されている小山元常務の話は印象深い。
*14:前掲・195-201頁あたり