「最高裁判決法廷意見の分析」(第1回)

記念すべき第1回ではあるが、
あまり時間がないため、簡単なコメントのみにとどめることにしたい。


ジュリストに調査官解説が載っているような判決を
あえて自分が取り上げることに意味はないので、
とりあえずは、直近の12月分から。

最二小判平成17年12月6日(未成年者略取被告事件)

別居中の妻が養育していた子(当時2歳)を夫が車で連れ去った行為について、
「未成年者略取罪」の成否が問われた事件である。


最高裁は、上告趣意が上告理由にあたらない、とした上で、
職権で未成年者略取罪の成立を認めた。


これに対し、滝井繁男裁判官(弁護士出身)の反対意見と、
今井功裁判官(裁判官出身)の補足意見が付されている。


滝井裁判官は、
被告人の行為が未成年者略取罪の構成要件に該当することを認めつつも、

「両親の婚姻生活が円満を欠いて別居しているとき,共同親権者間で子の養育をめぐって対立し,親権者の1人の下で養育されている子を他の親権者が連れ去り自分の事実的支配の下に置こうとすることは珍しいことではなく,それが親子の情愛に起因するものであってその手段・方法が法秩序全体の精神からみて社会観念上是認されるべきものである限りは,社会的相当行為として実質的違法性を欠くとみるべきであって,親権者の1人が現実に監護していない我が子を自分の支配の下に置こうとすることに略取誘拐罪を適用して国が介入することは格別慎重でなければならないものと考える。」

と述べられる。


そして、

「このような観点から本件を見るに,被告人は,他の親権者である妻の下にいるCを自分の手元に置こうとしたものであるが,そのような行動に出ることを現に必要とした特段の事情がなかったことは多数意見の指摘するとおりである。しかしながら,それは親の情愛の発露として出た行為であることも否定できないのであって,そのこと自体親権者の行為として格別非難されるべきものということはできない。」

「被告人の行為は親権者の行為としてやや行き過ぎの観は免れないにしても,連れ出しは被拐取者に対し格別乱暴な取扱いをしたというべきものではなく,家庭裁判所における最終的解決を妨げるものではないのであるから,このような方法による実力行使によって子をその監護下に置くことは子との関係で社会観念上非難されるべきものではないのである。」

と述べ、被告人の行為は「社会的相当性の範囲内」にあるとする。


多数意見が、①被告人の行為態様、②子本人の判断能力、③略取後の監護養育の見通し、
といった要素により、
比較的あっさりと「違法性が阻却されるべき事情」の存在を否定しているのに比べ、
滝井裁判官は、未成年者略取罪の保護法益*1を踏まえて、
「子の福祉」の視点から、より実質的に違法性阻却事由の有無を吟味するものといえる。


そして、このように実質的な吟味を要するゆえ、

「専ら家庭裁判所の手続での解決に委ねるべきであって、他の機関の介入とりわけ刑事司法機関の介入は極力避けるべき」

という価値判断を優先するのである。


これに対し、今井裁判官の補足意見においては、
刑事司法の介入について極力謙抑的であるべき、という価値判断が示されつつも、
家庭裁判所の役割を重視する立場」から、

「本件事案のように,別居中の夫婦の一方が,相手方の監護の下にある子を相手方の意に反して連れ去り,自らの支配の下に置くことは,たとえそれが子に対する親の情愛から出た行為であるとしても,家庭内の法的紛争を家庭裁判所で解決するのではなく,実力を行使して解決しようとするものであって,家庭裁判所の役割を無視し,家庭裁判所による解決を困難にする行為であるといわざるを得ない。」

という判断が示されている。


同じく「家庭裁判所の役割」に重きを置きつつも、
補足意見が、「被告人の行為そのもの」に着目して判断を導いているのに対し、
反対意見が「子を連れ去られた側の親権者」の動機*2にも
着目したために、両者は結論を違えることとなった。


もっとも、滝井裁判官自身も、
多数意見が引用している先例(最二小判平成15年3月18日)のような、
強引に過ぎる連れ去り事例*3については、
国外移送略取罪の成立を認めている*4


したがって、本件に関して言えば、
連れ去り態様の評価如何によっては、反対意見の立場によっても、
有罪の結論に至る可能性はあるのであって*5
現実に、滝井裁判官の問題意識が生きるとすれば、

「連れ去りにあたって何ら実力行使はしていないが、自分が監護養育しなければならない積極的な理由があったわけでもない」

親権者の連れ去り行為が、問題とされる場合ということになるだろう。


現実には、このような場合に、
“連れ去り行為”を行った親権者が起訴されることは稀だろうが*6
仮にそのような行為を行った者が有罪になりうるとすれば、
刑事告訴という手段が、親権者間の“駆け引き材料”として使われるおそれが
多少なりとも出てくると思われる。


その意味では、本判決の反対意見の問題意識は、
的を射たものと言えるように思われるし、
連れ去り行為に出ることについて、

「監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情」を要する。

と多数意見が述べている点については、
あくまで当該事例に即した規範を立てたものと理解した方が良い、
ということになるのだろう。


とりあえず、そんなところで。

*1:「拐取された者の自由」ないし「保護監督権」のうち、前者がより本質的なものであるとする。

*2:紛争を家庭裁判所に持ち込むことなく、他方親権者を告訴することで安易な“決着”を導こうとするおそれ。

*3:「外国に連れ去る目的」で、「入院中の子の両足を引っ張り逆さにつり上げて連れ去った」というもの。

*4:本件とは「事案を異にする」と述べられているが。

*5:事実認定によれば、被告人の連れ去り行為の態様は「背後から子供を抱え上げ、母親が制止するのも聞かず、そのまま車で疾走した」というもので、多数意見がこれを「粗暴で強引なもの」と評価したのに対し、反対意見ではこれを「格別乱暴な取扱いをしたというべきものではない」と評価していることが、結論を分けているように思われる。

*6:仮に「告訴」がなされたとしても、検察官が躊躇するだろう。

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