新たなる法改正の動き

昨年末からパブコメにかけられている
産業構造審議会知的財産政策部会の商標/特許小委員会報告書(案)。
(募集期間は平成18年1月27日(金)まで)


「商標制度の在り方について」
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/iken/iken_shouhyou_seido.htm
「特許制度の在り方について」
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/iken/iken_tokkyo_seido.htm


ここ数年のスピード感からすると、
おそらく、ここに挙げられている内容の多くは、
今年の通常国会臨時国会で法案化→可決という流れを
辿るものと思われる。


そこで、今後の法改正の方向を占うべく、
報告書案の内容について若干コメントしたいと思う。
(詳細については、原文を参照されたい。)

「商標制度の在り方について」


1.小売業等の商標の保護の在り方


ここ数年来の懸案事項として挙げられていた「小売業商標」が、
ようやく実現しそうな気配である。


これまで、小売業者の提供するサービスは、
「市場において独立した商取引の対象となり得るものでない」とされ、
「小売業」は、商標法上の「役務」として認められていなかった。


商標登録が認められる主体は、
あくまでも店頭に並んだ個々の商品の製造・販売業者であって、
それを取り扱う小売業者は、単なる「商品を譲渡する者」に過ぎない、
というのが、これまでの考え方だったのだ。


だが、近年の「需要者」サイドの行動パターンを見ると、
このような考え方には相当の違和感がある。


街に1件しかスーパーがない地域ならともかく、
銀座や新宿に来た「需要者」にとっては、
「どこの店で買い物をするか」ということも、
「並んでいる商品の中から何を選ぶか」ということと同じように
重要なことなのであって、
品揃え、接客、フロアの雰囲気など、差別化を図る各事業者の努力は、
それぞれの店舗のブランドイメージに直結し、
それが「伊勢丹」「高島屋」「三越」といった商標に化体している。


報告書(案)にもあるとおり、
現在の商標法の考え方の下では、多くの小売業者が、
自らの事業の出所を表示するための商標について保護を得るために、
取り扱う多くの商品について商標を登録しているのが実情なのである*1


だが、仮に34の商品区分、11の役務区分の全てについて
商標登録をしようとすると、
印紙代と弁理士費用を合わせて、1000万を優に越える費用がかかり、
その負担が大変な重荷になっていた、というのがこれまでの実態であった。


今回、報告書の中では、「対応の方向」として、
次のような方針が示されている*2

(1)「小売業者や卸売業者の提供する役務に係る商標については、サービスマーク(役務商標)として登録を可能とすることが適切であると考えられる」

(2)「「小売業」の表示では権利範囲の把握が困難であることから、・・・当事者や第三者等が権利範囲を把握することが可能となる合理的な指定役務の表示を検討するものとする」

(3)「小売業に係る役務商標出願については、商標法第3条第1項柱書きの規定の運用を強化し、その使用の意思又は使用実態の確認を行うことが適切であると考えられる」

(4)「特定の商品商標との間で出所の混同が生じるおそれがあると考えられる場合には、合理的な範囲内において、商品商標と役務商標間において先行登録商標との関係で問題が生じないような審査の枠組みを検討することが適切であると考えられる」

(5)「商品商標によって営業上の信用を蓄積してきた事業者の実績や既存の取引秩序にも配慮し、混乱を生じさせないような措置、例えば、出願日の特例、又は継続的使用権の設定等の経過措置も念頭に置いた上で、・・・無用な混乱を生じさせないような制度の導入方法を検討することが適切であると考えられる」

概ね妥当な方向性と思われるが、
3点目に関しては、やや疑問が残る。


これは、費用がかからないことを奇貨として、
自ら使わない小売業役務*3まで登録しようとする輩が出てくることを
防止すべき*4、という配慮によるものであるが、
変化が激しい現代においては、
洋服屋が野菜を売り始めても不思議ではないのだから*5
権利防護的な意味で、使用意思にかかわらず商標権を確保できる途は
残しておくべきではないかと思うのである。


なお、制度導入直後は、サービスマーク導入時と同様に、
特例出願や重複登録制度などの経過措置が設けられるものと思われるが、
一歩間違うと、手に入れたはずの権利で“刺される”ことにもなりかねない。
当面は、気が抜けない展開になりそうである。


2.権利侵害行為への「輸出」の追加


これは「特許制度の在り方」においても同様に取り上げられており、
おそらく産業財産権四法で、足並みを揃えて導入されることになりそうである。


3.刑事罰の強化

(1)「刑罰の抑止効果を高めるため、商標権侵害罪についても懲役刑と罰金刑の併科を設けることが適切であると考えられる」

(2)「罰金刑の上限を3億円以下の罰金額に引き上げることが適切であると考えられる」

これも「特許制度の在り方」で同様の問題提起がなされており、
産業財産権四法で足並みをそろえることになりそうだ。
「特許制度の在り方」の中では、
法定刑の上限を窃盗罪と同じく「10年」にすることの是非も
取り上げられており、時代はここまで来たか・・・といった感が強い*6


4.著名商標の保護の在り方


商標権の効力範囲を非類似の商品(役務)にまで拡大すべき、
という問題意識を受けた議論であるが、
「商標権の禁止的効力」そのものの拡大については、
不正競争防止法との法目的の相違を踏まえ、更に検討することが必要」*7
と、慎重な方針が示されている。


個人的には、あえて商標権の効力を広げなくとも、
不競法による規制で十分ではないかと思っているので、上記方針に賛同。


ちなみに、不評だった防護標章制度が、
「一定の制度ユーザーが存在する」ことをもって、
「引き続き維持する」とされたことには、意外感もある。


5.審査の在り方について


「コンセント制度」の導入については、
「需要者保護の観点」から、更なる検討が必要、と慎重姿勢。


「類似商品・役務審査基準」については内容の見直しとともに、
「取引の実情」を踏まえた類否判断を行う方向に持っていくようだが、
現在でも“安定性”に疑問のある商標審査が、
余計に不安定になるおそれがあるから、現時点では何とも言えない。


「相対的拒絶理由」*8について、
職権審査ではなく「異議待ち審査」制度*9にした方が良いのでは、
という問題提起があったようだが、
「更に検討を行うことが適切であると考えられる」*10として
早期導入は見送られている。


報告書にも反対意見として挙げられているように、
上記のような制度を導入した場合、
ユーザー側の「監視負担」の増大は避けられず、
報告書(案)の結論が妥当であろう。


6.その他


「商標」の定義、標章の「使用」の定義など、
根本的な部分での問題提起がなされているのは興味深い。


確かに「識別性」の要件が、条文に書かれていないというのは、
いささか不親切な感もある。

「特許制度の在り方について」

「商標制度の在り方について」と重なる問題提起も多いので、
特許プロパーの論点にのみ、簡単に触れておくことにする。


1.分割出願制度の見直し

(1)「フロントランナー等による実効性のある多面的・網羅的な権利取得を容易にするため、特許査定後の一定期間及び拒絶査定後の一定期間、出願の分割を可能とすることが適当であると考えられる」

(2)「分割出願が、もとの出願の審査において通知された拒絶理由を解消していない場合には、最後の拒絶理由通知後と同様の補正の制限を課す制度を導入することが適当であると考えられる」

(3)「分割時期の緩和及び分割出願の補正の制限を導入後の分割出願制度の利用状況を注視し、濫用が横行するようであれば、国際的な制度の動向も考慮しつつ、分割世代数等の制限の導入を検討することが適当であると考えられる」

分割出願時期の緩和と同時に、補正制限を課す、という
“アメとムチ”を織り交ぜた内容である。
個人的には、「分割出願」制度の「濫用」の弊害を目にすることが多いので*11
緩和する、という方向にはいまいち賛同しかねるのであるが・・・。


2.補正制度の見直し


ここでは、いわゆる「シフト補正」*12
全面的に禁止するという方向性が示されている。
(ただし、拒絶理由ではあるが無効理由とはしない方針のようである。)


3.侵害訴訟における立証負担の軽減


ここ何年かで導入された、「損害額算定の特則」(102条1項)や
「具体的態様の明示義務」を被告側に課した規定(104条の2)の効果について
検証がなされており、なかなか興味深い。


4.その他

(1) 先使用権の適用範囲を明確化するための「手続事例集」の作成、

(2) 新規性喪失の例外規定の証明手続緩和、

(3) インターネットを通じた情報提供の拡大*13

などが、注目される。


毎年のように法改正が続けられている中、
キャッチアップするのに体一杯、という方は少なくないだろうが*14
意見提出期間はまだ2週間以上残っているので、
ご関心のある方は是非、といったところだろうか。

*1:報告書8頁。

*2:報告書10頁。

*3:例えば電器専門のチェーン店が、「衣類の販売」を登録する等。

*4:国際的な商品・役務区分を定めるニース協定では小売業等の役務を第35類に分類しているため、わが国においても同様の扱いをとることになると思われるが、一つの類の中ではいくつタンザク(下位概念の役務)を出願登録しても費用は変わらないため、このような可能性が出てくる。

*5:実際、ユニクロがこれをやろうとした(笑)。

*6:特許報告書32-33頁。さすがに「慎重に検討を行うことが必要」と退けられてはいるが・・・。

*7:報告書22頁。

*8:先行商標との同一・類似、他人の商標と混同を生じるおそれ等が例として挙げられている。

*9:三者の異議申立てを待って審査を行うとするもの。

*10:報告書29頁。

*11:パテントトローラーが、地下にもぐらせた“子特許”を相手の実施態様に応じて巧妙に補正し、権利行使してくるパターンなど。

*12:審査の対象となる発明を大きく変更する補正

*13:中間手続書類についても無料で閲覧可能になる模様。

*14:勿論自分も含めて・・・。

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