「貸与権」をめぐる判決の怪

さて、ジュリストに評釈*1が載っていたNTTリース事件*2について。


本件は、被告であるY1(NTTリース)が、
「訴外財団法人(電気通信共済会)にのみ再使用許諾する」という条件で
原告X(アイビックス)からプログラムの使用許諾を受けたにもかかわらず、
訴外財団の業務を承継した被告Y2(NTTコムウェア・ビリングソリューション)に
プログラムを再使用許諾したため、
著作権貸与権)侵害等の成否が問題となったものである。


民事第46部(三村裁判長(当時))の判決らしく、
判決は独特の理論構成で成り立っており、
Y1に対しては貸与権侵害に基づく損害賠償請求を認容、
Y2に対しては著作権侵害等に基づく損害賠償請求を否定したものの、
不当利得返還請求を認容し、結果として両被告に計1000万円強の支払を命じた。


貸与権」の侵害成否が主要な争点となった事案はこれまで少なく、
その意味では、本件判決に先例的価値を認めざるをえない*3


だが、本件判決はあまりに筋が悪い事案のように思われる。
なぜなら、Y1、訴外財団、Y2はいずれも同一の企業グループに属する企業であり、
再使用許諾先の法人格が形式的に変わったといっても、
実質的に使用実態には何ら変更はない*4といえるものだったからである。


本件でY2らが原告から直接使用許諾を受けずにY1を介したのは、
主に、グループ内子会社であるNTTリースに見かけ上の収入を計上する、
という政策的な理由*5によるところが大きかったと思われる*6


そして、原告自身の認識も、
NTTグループに対して」のプログラムを使用許諾した、というもので、
再使用許諾がどのグループ会社か、ということまでは、
実際にはあまり気に留めていなかったのではないかと思われる*7


確かに、契約上、

「使用者とのリース契約の継続が困難と認めたときは、使用権設定者と協議のうえプログラム・プロダクトの使用者を変更することができるものとします。」(太字筆者)

とある以上、何ら協議の手続を踏むことなく、
再使用許諾先(使用者)を変更した被告Y1側に落ち度があったのは間違いないが*8
本件訴訟の背景には、ソフトウェアの制作発注をめぐって、
本件とは無関係のトラブルがあったのではないかと推測されるだけに、
「江戸の敵を長崎で討った」的な本件訴訟の結論には、
後味の悪さが残る。


また、上記のような事実関係から、
仮に原告の著作権侵害の主張が認められず、
契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求(第2次請求)に
よることになったとすれば、
契約の文言上、債務不履行自体は認められたとしても、
損害賠償額の立証、認定は相当苦労したはずで*9
うがった見方をすれば、

「原告を“救済”するために、著作権法の損害額推定規定(114条2項)を使いたい」*10
               ↓
貸与権侵害の成立を認める」

という思考プロセスを辿ったのではないか?という疑念さえ出てくる。


裁判所は、本件契約の解釈に関する被告の主張*11を悉く退け、
「被告による使用先変更が原告の許諾の範囲を超えるもの」と認定した上で、
Y1の貸与権侵害の成否に関し、次のように判示している。

「そこで判断するに,著作権法26条の3にいう「公衆」については,同法2条5項において特定かつ多数の者を含むものとされているところ,特定かつ少数の者のみが貸与の相手方になるような場合は,貸与権を侵害するものではないが,少数であっても不特定の者が貸与の相手方となる場合には,同法26条の3にいう「公衆」に対する提供があったものとして,貸与権侵害が成立するというべきである。」
「この点,本件のように,プログラムの著作物について,リース業者がリース料を得て当該著作物を貸与する行為は,不特定の者に対する提供行為と解すべきものである。けだし,「特定」というのは,貸与者と被貸与者との間に人的な結合関係が存在することを意味するものと解されるところ,リース会社にとってのリース先(すなわちユーザ)は,専ら営業行為の対象であって,いかなる意味においても人的な結合関係を有する関係と評価することはできないからである(被告ら自身,プログラム・プロダクトに関するファイナンスリース契約は,経済的にはユーザに対する金融であり,場合によっては,リース業者はリース目的物を換価したり他の者にリース契約を承継させるものであることを認めている。前記第2,2(2)被告らの主張参照。)。」
「本件においては,被告ビリングソリューション,東北通信及びテルウェル西日本は,いずれもNTTグループの企業であるにしても,リース業者である被告NTTリースとの関係では単なるリース先(ユーザ)であるから,被告NTTリースが被告ビリングソリューション等に対して本件各プログラムを貸与した行為は,公衆に対する提供に当たり,原告の貸与権を侵害するものというべきである。」
(以上、太線部筆者)


金子氏は、この「公衆」要件の解釈自体は立法趣旨に沿うものであり妥当、
と指摘されている*12
だが、このような解釈を是とするとしても*13
本件のあてはめに際しては、
「人的な結合関係」が認められるべきではなかったか*14


評釈者も指摘されるとおり*15
本件において被告側は、契約解釈をめぐっては充実した反論をしているものの、
著作権侵害の各要件事実に関しては、
反論がやや不十分であるように思われ*16
それゆえ、上記のような判断に至ったことは否めないのだが、
結果として、納得感の乏しい結論になっているといえよう。


なお、本件評釈では、
Y2に対して不当利得返還請求が認められた点について、
以下のような厳しい批判がなされている。

「本評釈は判旨を不当と考える。著作物を使用する行為が自由であることの意味は、著作権を侵害して複製・譲渡・貸与された複製物であっても使用する行為それ自体については著作権者に対する不法行為も不当利得も成立しないことをも意味すると解するべきである。」(金子・前掲187頁)

この点については、渋谷教授も同様に解されており*17
著作権法の規律を「本来自由利用できる情報に特別な制限を課したもの」
と位置付ける限り、評釈者の指摘に理があるといえるように思われる。


「不当利得返還請求」を認めてまで、原告を“救済”しようとした
裁判所の意図がどこにあったのか、
自分にはいまいち理解できないのであるが*18
同様の結論を維持するにしても、
知財高裁には、もっとすっきりした判決を出していただきたいものだと思う。

*1:金子敏哉「リース先の変更と貸与権侵害・貸与先への不当利得返還請求」ジュリスト1304号184頁

*2:東京地判平成16年6月18日・http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/C41BCD346C7D39C649256F2B00306CA3/?OpenDocument

*3:金子・前掲185頁。

*4:NTTから受託した業務に関して使用している。

*5:加えて、コスト削減の意図もあるだろうか。

*6:少なくともこの取引を、積極的にリース収益を上げることを目的としたもの、と言うことはできないだろう。

*7:判決の中で、原告が契約に全く出てこない訴外NTTコムウェア(Y2の親会社)に対して提案を行っている事実なども認められている。

*8:法務担当者にとっては、注意喚起に活用しうる格好の教材、ということができる。

*9:金子氏は「損害額が0になった可能性もある」と指摘されている(前掲・186頁)。

*10:原告の救済の必要性自体に疑問があるのは既に述べたとおりであるが・・・。

*11:①訴外財団からY2への再使用許諾先の変更は「使用者の変更」にあたらない、②あたるとしても原告は黙示の承諾をしていた等

*12:金子・前掲187頁。

*13:渋谷教授は、「このような閉じられた環境の下では、それによって請負業者の特定性が失われることはない」と述べられ、本判決の判断を「勇み足」と指摘されている(渋谷達紀ほか編『I.P.Annual Report』「知的財産法判例の動き」56頁(2005年)。

*14:リース業者の位置づけに関する判断に疑問があるのは、先に述べたとおりである。

*15:金子・前掲187頁。

*16:金子氏は「人的な結合関係」の主張、「複製物の貸与」行為該当性に関する主張の2点に関して、これを指摘されている。

*17:渋谷・前掲66頁。

*18:被告側の心証がよほど悪かったのか・・・?

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