「最高裁判決法廷意見の分析」(第3回)

ちょっと予定を変更して、
ロースクール道」というブログで数日前に紹介された
http://app.blog.livedoor.jp/you136/tb.cgi/50509122
泉徳治裁判官による「継ぎはぎ判決への苦言」を取り上げてみる。

最一小判平成18年1月19日(建物収去土地明渡等請求事件)*1

事案としては非常にPrimitiveなもので、

①借地上の建物の所在地番が、登記官のミスで誤って登記されていた*2
②増築を何度か行ったにもかかわらず、床面積の表示が当初のままだった。

場合に、登記が借地借家法10条1項の対抗要件を備えているといえるか、
というのが争点となっている。


地番の相違があまりに大きすぎて、
現況調査を行った執行官さえ登記の存在に気付かなかった、という事案なので、
①はともかく、②について「建物の同一性」を認めるのは
第三取得者(被上告人)に酷な気もするが、
最高裁は借家人(上告人)敗訴の原審判決を破棄差戻、とした。


借地借家法10条1項に関する説示はともかく、
原審の事実認定が否定された一つの原因は、
以下の部分にもあったように思われる。

「上告人に対し本件建物等の収去を命じるためには,その所有者が上告人であることを要するところ,原審は,前記事実関係のとおり,Cらが相続により本件建物等の所有権を取得した事実を認定しながら,他方で,上告人が東側土地部分に本件建物等を所有している旨の第1審判決の説示を引用の上,上告人に対し本件建物等の収去を求める被上告人の請求を認容すべきものとしている。そうすると,本件建物等の所有者に関する原判決の理由の記載は矛盾しており,原判決には,上告人に対し本件建物等の収去を命じる部分につき理由に食違いがあるというべきである。論旨は理由がある。」

このような単純ミスをする下級審判決の事実認定に安易に依ることは危険だ、
という“バランス感覚”が「破棄差戻」につながったとはいえないだろうか。
高裁の裁判官(むしろ書記官のほうか?)は今頃頭を抱えていることだろう。


泉裁判官は、上記の“チョンボ”に対する苦言として、

①「原判決の上記のような継ぎはぎ的引用には,往々にして,矛盾した認定,論理的構成の中の一部要件の欠落,時系列的流れの中の一部期間の空白などを招くおそれが伴う。原判決は,そのおそれが顕在化した1事例である。この点において,継ぎはぎ的な引用はできるだけ避けるのが賢明である。」

②「継ぎはぎ的に引用する場合は,控訴審判決書だけを読んでもその趣旨を理解することができず,訴訟関係者に対し,控訴審判決書に第1審判決書の記載の引用部分を書き込んだ上で読むことを強いるものである。継ぎはぎ的引用の判決書は,国民にわかりやすい裁判の実現という観点からして,決して望ましいものではない。」

③「民訴規則184条は,第1審判決書の引用を認めて,迅速な判決の言渡しができるようにするための規定であるが,当該事件が上告された場合には,上告審の訴訟関係者や裁判官等は,控訴審判決書に第1審判決書の記載の引用部分を書き込むという機械的作業のために少なからざる時間を奪われることになり,全体的に見れば,第1審判決書の引用は,決して裁判の迅速化に資するものではない。」

と指摘され、
「判決書の作成にコンピュータの利用が導入された現在」では,
引用部分を取り込んで完結した形の判決書を作ることが容易になったのだから、
自己完結型の判決書を作成すべきだった、
と結論付ける。


確かに、当事者以外の者にとっては、
一般的に「継ぎはぎ判決」は読みにくいことこの上ない。
判例雑誌ならともかく(たいてい地裁判決がセットで掲載されることが多い)、
原審判決にリンクが貼っていないウェブサイト等でこれをやられてしまうと、
かなり辛いものがある。


常に「国民の眼」を意識されている泉裁判官らしい、
名法廷意見だと思う。


もっとも、訴訟当事者にとっては、
加除修正が微細な場合には、
「継ぎはぎ判決」の方が便利なこともある。


ある時、自分の担当していた事件の控訴審判決が手元に届いた時の
上司との会話。

上司 「今回もうちの勝ちだな」
担当者「そのとおりです」
上司 「判決文どこか変わってるか?」
担当者「原告が控訴人に、被告が被控訴人になってます(笑)」
上司 「他にはないのか」
担当者「「専有」(誤字)が、「占有」に変わりました(笑)」
上司 「うむ。ご苦労。(笑)」

確か判決理由は4、5行くらいだったような気がする。


こういうときに勿体つけて“自己完結型”の判決を書かれてしまうと、
変更点を探す努力が無駄になってしまうので、
「継ぎはぎ判決」の方が望ましい、というわけだ。


レアケースのようであるが、
本人訴訟や片手間の代理人しかついていない事件であれば、
控訴審で原審と違う主張がされることすらなかったりするから、
得てしてこういう判決になりがちである*3


判例集に載るような判決は、
裁判所が抱えている何百件の事件のうちのほんの一握りのものに過ぎない。
地方の裁判所ともなればなおさらである。


本件では、高松高裁でどの程度の「加除修正」が
なされていたのかは不明だが、
後々最高裁マターになるとは露知らず、
「ついついいつものクセ」で「継ぎはぎ判決」をやってしまったのだとしたら、
高裁関係者を非難するのも少し酷な気はする・・・。

*1:http://courtdomino2.courts.go.jp/judge.nsf/dc6df38c7aabdcb149256a6a00167303/f25d71079f55b22a492570fb00187a36?OpenDocument

*2:しかも、最高裁の事実認定によれば、当初は正しく登記されていたのに、「登記官が職権で表示の変更の登記をするに際し地番の表示を誤った可能性が高い」とされている。

*3:仮にデータをやり取りしたとしても、取り込む時間が勿体ないだろう。

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