「課徴金減免制度」と法務担当者の苦悩

NBL誌において825号から連載されている
独占禁止法実務研究会」の考察を毎回興味深く読んでいる。


この連載、西村ときわ法律事務所の川合弘造弁護士ら、
大手事務所の弁護士の先生方が連名で執筆されているものであるが、
特に「課徴金減免制度」をめぐるNBL826号、827号の記事は、
単なる一般論的な制度紹介とは異なり、
より実務的な視点からの記述が多くなされている、
という点で、いろいろと考えさせられるところが多い。


この「課徴金減免制度」は、
独禁法改正に伴い、既に今年の1月から施行されている。


現時点では、この制度が実際に適用対象となった、
というニュースは未だ報道されていないものの、
「当局に早く申告した(裏切った)者勝ち」というルールの導入は、
“会社をいかに守るか”という観点から、
法務担当者に困難な判断を迫ることになる。


NBL827号では、この制度につき
「弁護士実務への影響」という視点から様々な考察がなされているのだが*1
その中でも、カルテル事例において「課徴金減免」を求める際の
弁護士倫理(利益相反)に関する問題提起が興味をひく。


これは、視点を変えると、
独禁法上の問題が発覚した時に弁護士をどのように使えば良いか」
という実務テクニックにつながる問題である。


本稿でも述べられているように、
これまでの実務では、
複数企業が絡む独禁法違反事例で
公取委の審査・審判への対応が問題になった際には、

「審査対象となった企業の内の半数以上は、共同で同一の法律事務所・弁護士に対応を一任することが多かった。」*2

なぜなら、本稿でも指摘されているとおり、
日本国内で「独禁法実務に通じた弁護士の数」は限定されているため、
公取委の命令の対象となりうる会社が多ければ多いほど、
従来から対応を委ねてきた弁護士(ないし事務所)が共通してくるし、
「足並みを揃えて対応する」ことそれ自体が
“業界秩序の維持”の観点から重要である、
という意識も強かったからである。


だが、「課徴金減免制度」は、
あくまで報告書の提出等を「単独」で行うものであり、
「業界秩序を乱してでも他社を出し抜く」ことに
意義が認められる制度であるから、
これまで複数のクライアントを束ねてきた弁護士は、
一転して「利益相反」というリスクを常に抱えることになってしまった。


そして、このことが企業側の実務にもたらす影響も
甚大であるように思われる。


川合=森弁護士は、一例として

クライアントのA社から減免申請を受任した場合に、同じ行為について「違反行為者」の疑いが強い別のクライアント(B社)にも課徴金減免申請を行わせることが許されるか。

といったものを挙げている。


そして、その上で

「弁護士としては、受任についてきわめて慎重な立場をとることが強く望まれる」

と述べられている。


だが、もし、このような“慎重な立場”がとられることになるとすれば、
法的効果とは無関係の“事実上の効果”ゆえに、
減免申請をするか否か、という問題についての検討を開始することそのものに、
“早いもの勝ち”的要素が求められることになってしまうことは否めない。


そうでなくても時間との戦いになる「課徴金減免申請」なのに、
いざ馴染みの弁護士に相談しようと思ったら、
既に他の事業者に先を越されてしまっていて、
そこから別の弁護士を探さざるを得ない状況に追い込まれた、
とすれば、それこそ申請の順位を確保するどころではなくなってしまう。


グレーゾーンの事案における他の事業者も含めた“駆け引き”*3
事案の解明に協力した担当社員の処遇*4など、
課徴金減免制度をめぐる企業側の悩みは尽きないのであるが、
そもそも“悩み”を相談する“相手探し”の段階から、
上記のような厳しい戦いを強いられるなんて、
想像しただけでも恐ろしい。


違法行為の後始末の心配をするより、
そもそも違法行為が起きないよう徹底すれば良いではないか、
という指摘は、至極正当なのであるが、
当局の今後の運用次第では、
本来違法行為にあたるかどうか疑わしい取引類型についてまで
「減免申請」してくる“転び屋的企業”が出てこない、
という保証はない*5だけに、
コンプライアンスを強化すれば良い」という単純な言葉で、
この問題を片付けることはできないように思われるのである。


こと自分の会社に関して言えば、
今のところ、不穏な話は耳に入ってきていないので、
当面は高見の見物、と決め込めば良いのだろうが・・・。

*1:川合弘造=森大樹「課徴金減免制度の導入(下)」NBL827号33頁(2006年)。

*2:川合=森・前掲36頁。

*3:「違反事実」を明確に認めた上で課徴金の減免を図るか、それとも違反行為の存在自体を徹底的に争うか。

*4:仮に課徴金減免を勝ち取れたとしても、当該社員が社内ルールに反しているのは間違いないところである。

*5:経営者の一種のパフォーマンスや、競合企業の追い落としのために、この制度が悪用されたりすることがないか、今後の運用を見守っていく必要があると思われる。

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