「最高裁判決法廷意見の分析」(第5回)

最一小判平成17年12月8日(損害賠償請求事件)*1

延び延びになっていた連載企画。
予告してから実に2ヶ月以上経過してしまった・・・。


この事件の要旨は、

拘置所に勾留中の者が脳こうそくを発症し重大な後遺症が残った場合について,速やかに外部の医療機関へ転送されていたならば重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の
存在が証明されたとはいえないとして,国家賠償責任が認められなかった事例」

というものであるが、
本件は、医師が負うべき義務をめぐる一連の最高裁判決
(最二小判平成12年9月22日・民集54巻7号2574頁)*2
(最三小判平成15年11月11日・民集57巻10号1466頁)*3
の射程を考える上での事例判決としての意義に加え、
反対意見、及びそれを踏まえた補足意見が極めて充実している、
という点でも非常に興味深いものとなっている。


本判決でも引用されている過去の判例をざっと見ておくと、
平成12年最判は、

医師の医療行為が過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合に、医療行為と患者の死亡との間の因果関係が証明されなくても、水準にかなった医療が行われていたら患者が生存していたという「相当程度の可能性の存在」が証明されるときは、医師は患者に対して不法行為による損害を賠償する責任を負う。

というもので、


平成15年最判は、これをさらに進めて、

「患者の診療に当たった医師に患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務の違反があり,本件のように重大な後遺症が患者に残った場合」

についても、平成12年最判の法理の下、
医師は不法行為責任を負う、としたものである。


上記二件の最高裁判決については、
様々な読み方ができるところで*4
また実務上も、どの程度の立証活動を行えば
「相当程度の可能性」が認められるか、によって、
上記法理の性格は変わってくる*5


本件は、脳梗塞による「重大な後遺症」が残った、という点で、
平成15年最判の事案と共通しているように見えるが、
結果として、多数意見は、
「上告人に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在」
が証明されていない、として原告側の上告を棄却している。


医療分野における専門的知見からの検討など、
自分にできるわけもないのだが、
あえて事案の差異をあげるとすれば、
平成15年最判の事例が、
「開業医」が、急性脳症を発症した子供に
点滴や薬の処方程度の治療しかしていなかった事例であるのに対し、
本件は、拘置所の医務部とはいえICU等の設備も整っている病院で、
脳梗塞の治療経験がある医師がCT検査等を行った上での出来事だった、
という点だろうか*6


さて、面白いのはここから先である。


“大胆な発想”vs “冷静な議論”

本判決に対して反対意見を述べているのは、
横尾和子判事(行政官)、泉徳治判事(裁判官)の2名である。


両裁判官は、まず本件が
「刑事被告人を刑事施設に勾留している場合」という特殊な事例であることに
着目している。

「国が刑事被告人を刑事施設に勾留している場合,国は,一方的・強制的にその身体の自由を拘束しているのであるから,刑事被告人が疾病にかかっているときは,必要な医療上の措置を執るべきであり,疾病の種類又は程度等により刑事施設内で適切な治療を施すことができない刑事被告人については,これを他の病院へ移送して適切な治療を施すべき義務を負うと解するのが相当である(監獄法43条,刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律43条参照)」

そして、原審の事実摘示を元に、
拘置所の医務部の治療態勢に疑義を投げかけ、
それゆえ、

「東京拘置所のA医師及びB医師は,急性期の脳卒中患者である上告人について,脳血管障害の専門医による医療水準にかなった適切な検査,治療等の医療行為を行うことのできる医療機関へ直ちに移送し,適切な医療行為を受けさせる義務があったものというべきであり,同医師らには,これを怠った過失があるといわざるを得ない。これにより,上告人は,急性期の脳卒中患者として専門医による医療水準にかなった適切な検査,治療等の医療行為を受ける利益を侵害されたのであるから,被上告人は,国家賠償法に基づき,上告人の上記利益侵害に係る精神的損害を賠償する責任があるというべきである。」

という結論を導いている。


ここで問題にされているのは、
あくまで「適切な医療行為を受ける利益」の侵害の有無であって、
転送することによって後遺症を防ぐことができたかどうか、
は考慮要素に含まれていない。


そして、両裁判官は、
続けて平成15年最判の解釈論を展開し、
上記の理の正当性を説く。


曰く、

「上記第三小法廷判決は,患者に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されたときは,医師は「患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害」を賠償すべき不法行為責任を負う,と判示しているに過ぎず,医者が過失により患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った場合においても,患者に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されたということができないときは,医師は「患者が適時に適切な医療機関へ転送され,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受ける利益を侵害されたことによる損害」等を賠償すべき不法行為責任を負うものではないと判断したものではない」
「「重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害されたこと」と,「患者が適時に適切な医療機関へ転送され,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受ける利益を侵害されたこと」とは,別個の利益侵害である。「患者が適時に適切な医療機関へ転送され,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受ける利益」が,不法行為法上の保護利益となり得るかどうかが問題であり,保護利益となり得るとすれば,医師側の不法行為責任が肯定されるのである」

そして、この後に、
従来、最高裁判決が医療関係事件において認めてきた「保護法益*7を列挙し、

「患者が適時に適切な医療機関へ転送され,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受ける利益」は,前記7に掲げた最高裁判例不法行為法において法的保護に値する利益であると既に認めているものと比較しても,保護すべき程度において,勝るとも劣らないものであり,不法行為法上の保護利益に該当するというべきである。」


と結論付けるのである。


結論の妥当性はさておき、
平成12年最判の延長線上で論じられてきた「転送義務違反」の問題を
ダイレクトに「人格権侵害」の文脈に位置付けようとする上記の理は、
相当大胆な発想であることは間違いない。


それでは、多数意見に組する判事からは、
いかなる反論が行われているか。


補足意見を書いているのは、
島田仁郎判事(裁判官)と才口千晴判事(弁護士)。


島田判事は、平成12年最判、平成15年最判における
「相当程度の可能性の存在」という要件について、
「患者側の立証の困難を緩和すると同時に、損害を合理的な範囲に画するもの」
という理解を示した上で、
判例が、同要件を
「因果関係の存在に代わる要件である」としているのは明らか、とする。


また、「転送して適切な医療行為を受ける」こと自体を
患者の人格的利益として構成する考え方については、

「適時に適切な医療行為を受けること,そのために適時に適切な医療機関へ転送されることは,誰もが願う基本的な利益であり,それが実現されることが望ましいことはいうまでもない。私は,検査,治療が現在の医療水準に照らしてあまりにも不適切不十分なものであった場合には,仮にそれにより生命身体の侵害という結果は発生しなかったとしても,あるいは結果は発生したが因果関係が立証されなかったとしても,適切十分な検査,治療を受けること自体に対する患者の利益が侵害されたことを理由として損害賠償責任を認めるべき場合があることを認めるにやぶさかではない。しかし,医師,医療機関といえどもすべてが万全なものではなく,多種多様な現実的な制約から適切十分な医療の恩恵に浴することが難しいことも事実として認めざるを得ない。ある程度の不適切不十分は,社会生活上許容の範囲内として認めるべきであろう。したがって,結果発生との因果関係が証明された場合はともかく,その証明がなく,上記のような「相当程度の可能性の存在」すら証明されない場合に,なお医師に過失責任を負わせるのは,著しく不適切不十分な場合に限るべきであろう。」(太字筆者)

と述べられている。


近年の医療訴訟の増加を見るまでもなく、
「専門家の責任」が過度に重く強調されるようになっている現代において、
上記のような“冷静な”意見は、大いに傾聴に値する。


確かに、これまで閉鎖性が指摘されてきた医療の世界において、
患者側に救済の途を開く、という点で、
期待権」的構成を持ち出すことの意義は大きいのであるが、
反面、その理を推し進めることが社会生活に与えるハレーションも
無視することはできない。


島田判事は続く説示の中で、
そのことに言及されている。

「どの程度まで不適切であり不十分であったなら,患者の利益が不法に侵害されたものとして法的に保護されるべきであるかは,非常に微妙で難しい問題であり,意見が分かれやすいところである。この点は,相互の信頼関係を基盤として成り立つ弁護士,税理士,教師等の仕事において,適切十分な弁護,指導等を受ける依頼者,生徒等の利益をどの程度まで保護すべきであるかということと共通する極めて広がりの大きい問題でもある。私は,この種の事件に関して保護法益を柔軟かつ弾力的に広げて解することについて反対するものではないが,それによって発生した結果との因果関係が立証されないか結果が発生しない場合までも過失責任を認めることになるので,それが不当に広がり過ぎないように,法益侵害の有無については厳格に解さなければならないと考える。したがって,かかる保護法益が侵害されたというためには,単に不適切不十分な点があったというだけでは足りず,それが果たして法的に見て不法行為として過失責任を問われねばならないほどに著しく不適切不十分なものであったというべきかどうかについて,個々の事案ごとに十分慎重に判断する必要がある。」

これは、非常に説得力のある論旨であるように思われる。


“被害者救済”的視点は、個別事案の救済策としては妥当な場合があるとしても、
その理が一人歩きすることによって、
市民生活における過剰な行為規制につながることも
否定できないからだ。


続く才口判事の反対意見の中でも、教師、捜査官、弁護士が
「専門的かつ独占的な職種」の例として挙げられ、
「責任が認められる範囲が限りなく広がる」ことへの懸念が示されているが、
才口判事ご自身のバックグラウンドに照らして、
この部分を見ると、一層興味深いものがある。


「転送して適切な医療行為を受ける利益」について、
島田判事が、一応は保護法益として認めているのに対し、
才口判事は、そもそも保護利益とすべきものか否かについて、
懐疑的な姿勢を見せている、という点での違いはあるが、
かくして、反対意見における“大胆な発想”は否定された。


多数意見だけで終わっていれば、
平成12年最判、平成15年最判の規範の“あてはめ”だけで
終わっていたはずのこの事件。


だが、米連邦最高裁の判決を思わせるような
充実した法廷意見の“応酬”が、
一つの事例を非常に味わい深いものにしている。


今後、この判決が、不法行為法の分野における議論に
いかなる影響を与えていくのか、
これから出てくるであろう各種評釈に注目してみたいと思う。


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*1:http://courtdomino2.courts.go.jp/judge.nsf/dc6df38c7aabdcb149256a6a00167303/af4dd8b0b5afb096492570d1002b5b55?OpenDocument

*2:http://courtdomino2.courts.go.jp/schanrei.nsf/FMainOpendoc?OpenAgent&%28%20%28%5B%46%6F%72%6D%4D%61%69%6E%46%69%65%6C%64%32%5D%20%3D%20%22%8DC5%8BDF%22%20%29%20%20%4F%52%20%28%5B%46%6F%72%6D%4D%61%69%6E%46%69%65%6C%64%31%5D%20%3D%22%96AF%8E96%22%20%41%4E%44%20%28%4E%4F%54%20%5B%46%6F%72%6D%4D%61%69%6E%46%69%65%6C%64%32%5D%3D%22%8DC5%8BDF%22%29%29%20%29%20%41%4E%44%20%28%46%49%45%4C%44%20%46%6F%72%6D%4D%61%69%6E%46%69%65%6C%64%39%20%3E%3D%20%32%30%30%30%2F%30%39%2F%32%32%29%20%41%4E%44%20%20%28%46%49%45%4C%44%20%46%6F%72%6D%4D%61%69%6E%46%69%65%6C%64%39%20%3C%3D%20%32%30%30%30%2F%30%39%2F%32%32%29&1&4680489A8D74766E49256AD4002680F8

*3:http://courtdomino2.courts.go.jp/schanrei.nsf/FMainOpendoc?OpenAgent&%28%20%28%5B%46%6F%72%6D%4D%61%69%6E%46%69%65%6C%64%32%5D%20%3D%20%22%8DC5%8BDF%22%20%29%20%20%4F%52%20%28%5B%46%6F%72%6D%4D%61%69%6E%46%69%65%6C%64%31%5D%20%3D%22%96AF%8E96%22%20%41%4E%44%20%28%4E%4F%54%20%5B%46%6F%72%6D%4D%61%69%6E%46%69%65%6C%64%32%5D%3D%22%8DC5%8BDF%22%29%29%20%29%20%41%4E%44%20%28%46%49%45%4C%44%20%46%6F%72%6D%4D%61%69%6E%46%69%65%6C%64%39%20%3E%3D%20%32%30%30%33%2F%31%31%2F%31%31%29%20%41%4E%44%20%20%28%46%49%45%4C%44%20%46%6F%72%6D%4D%61%69%6E%46%69%65%6C%64%39%20%3C%3D%20%32%30%30%33%2F%31%31%2F%31%31%29&1&CD9416FB87FA162849256E8300059595

*4:平成15年最判に対する評釈として、大塚直「開業医の転送義務違反と後遺症が残らなかった相当程度の可能性」ジュリスト1269号〔平成15年度重判〕85頁(2004年)

*5:被害者救済に働くのか、それとも専門家たる医師の責任を限定する方向に働くのか。

*6:もちろん、控訴審までの立証活動の巧拙等も影響しているのかもしれない。

*7:たとえば「患者が輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かによって意思決定をする権利」、「適時の告知によって行われるであろう家族等の協力と配慮」など。