“本家本元”の敗北

ワールドカップを控え、ドイツに衝撃が走った(?)かもしれない判決。


東京地判平成18年3月29日(第40部・市川正巳裁判長)*1
「DERBYSTAR」商標事件である。


本件は、「DERBYSTAR」の商標を保有する原告が、
同じく「DERBYSTAR」標章を使用した被告に対し、
商標権に基づく差止と損害賠償を求めて提訴した事件であり、
結果として原告の請求が一部認容されている。


だが、本件をただの商標権侵害事件として片付けるには、
躊躇せざるを得ない事情もある。


なぜなら、本件で被告となったのはドイツの有名なサッカー用品メーカー、
ダービースター社*2から商標の独占的通常使用権の設定を受けた会社であり、
被告が販売していたのは、本家本元のダービースター社の商品だった、
という事情が存在したからである。


面白いことに原告商標と被告商標は併存して登録されている。


原告商標(第0907295号)は、

第24類 布製身の回り品(他の類に属するものを除く)
第25類 被服(運動用特殊衣服を除く)

被告商標(第4178406号)は、

第25類 履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴

をそれぞれ指定商品としており、
同じ被服類でありながら、「運動用特殊衣服」というタンザクのみを
被告商標が押さえている、という状況になっていた。


ゆえに、被告は、

①被告商品が、通常の「被服」か、それとも「運動用特殊衣服」にあたるか。

という争点をまず持ち出し、
さらに、

②商標法4条1項7号又は19号違反の無効理由が存在することにより、原告商標権の行使が制限される(商標法39条、特許法104条の3)。

という二段構えで争ったのである。


だが、裁判所は被告の主張を完全には認めなかった。


まず、①については、
被告商品のうち、ゲームシャツ、ゲームパンツ、インナーシャツについては
「運動用特殊被服」にあたることを認めている。


しかし、「試合そのもので使用されることを予定していない」
トライアルコート、トライアルハーフパンツなどについては、
「運動用特殊被服」にはあたらず、「被服」に含まれる、とした。


さらに、②については、

「DERBYSTAR標章は、昭和50年11月当時、西ドイツ国内において、ダービースター社のサッカーボールを示す商標として周知であったことは認められるが、昭和44年6月当時にも同様に周知であったとまで認めることはできない。また、サッカー用のユニフォームやトレーニングウェアについては、DERBYSTAR標章は、昭和50年11月当時においても周知であったと認めることはできない」(28頁)

と判断した上で、原告側が商標出願にあたり、
「不正の目的」をもってそれを行ったと認めることはできない、
と判断したのである。


上記①については、

「「トレーニングシャツ」「ランニングシャツ」等は、スポーツ以外の日常生活でも使用され、特殊なものでもないことから、この概念にはふくまれず、本類被服に属する」

という、現在の『商品・役務区分解説』による限り、
被告の主張を完全に認めるには無理があったといわざるを得ない*3


また、②についても被告側の主張には、
やや苦しい面があったのは否定できない。


本件原告商標は、以下のような経過を辿っているのだが、

昭和44年6月2日 東洋紡績(株)による出願
昭和46年7月8日 登録
昭和50年11月6日 東洋紡績(株)から楽屋被服(株)に商標権譲渡
(昭和51年9月13日 移転登録)
昭和58年10月25日 楽屋被服(株)から(株)ジーアールエスプロダクツに商標権譲渡
平成13年4月4日 (株)グリーンメイト(原告)が、(株)ジーアールエスプロダクツを吸収合併、商標権を承継

昭和44年という出願時期は極めて早く、
その後の昭和50年の権利譲渡に着目したとしても、
そこまで遡って著名性を主張するのはなかなか困難だったように思われる。


実際、判決文にも「1976年版」以降のカタログしか資料として現れておらず、
いかに海の向こうの国(西ドイツ)の中の話だとしても、
昭和44年6月ないし昭和50年11月までに「周知性を獲得していた」と
主張するには不十分であろう。


また、仮に、より充実した資料を提出することで「周知性」を証明できたとしても、
まだサッカーが日陰のスポーツだった当時の日本の時代背景を鑑みれば、
当時「不正の目的」があったことを認定するのも容易ではないように思われる。


しかしながら、差止、損害賠償を認める本判決の結論には、
どうも腑に落ちないものがある*4


判決文にも現れているように、
被告商標が名門ブンデスリーガの選手達が愛用した
スポーツ用品の一ブランドである一方*5
原告商標の方は、↓のような怪しい使われ方をされているようで、
http://www.voltage.ne.jp/bl/201-999/703/index.htm
いかに原告商標に無効事由が存在しなかったとしても、
それに基づく権利行使が許されるかどうか、については、
疑問を挟む余地があるように思えるのである。


もっとも、どのような法的構成で対抗するのが妥当なのか、
すぐには思いつかないのが悩ましい。


地裁では、被告側の主張構成に今一歩物足りなさを感じただけに、
充実した資料と主張の組み立てでどこまで妥当な結論に近づけることができるのか、
注目してみていきたいと思っているのだが・・・*6


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*1:H16(ワ)第19650号商標権侵害差止等請求事件。

*2:正確には「Derbystar Sportartikelfabrik GmbH 」。

*3:もっとも、この解説が絶対的な基準となるわけではないのだが。

*4:原告の請求約820万円が本判決では15万円弱まで圧縮するなど、裁判所も当事者間のバランスに十分配慮しているといえなくもないのだが・・・。

*5:本判決文13〜17頁、あくまで原告の主張によるものだが、実際フォクツ選手などが同社の商品を使用していたのは事実だと思われる。

*6:ちなみに、このまま行くと、W杯を観戦してお土産にダービースター社のトライアルコートを購入した人たちは、税関で差止を食らうことになりそうである(笑)。

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