誕生日

今日から始まる1週間を終えると、
自分もまた一つ、歳をとっていることになる。


30が近づくと、
「誕生日を喜ぶ歳じゃない」などと謙遜しておられる方が世には多いが、
なぜか自分は、いまだ素直に喜んでいるお子様である。


いつ、どこで事故にあってもおかしくない世の中、
こうして1年生き永らえたことだけでも、
嬉しいではないか、と気取ってみたり・・・*1


10代の頃には、30歳を超えた人生なんて、
想像もできなかったけど、
いざたどり着いてみると、案外日々楽しんでいる自分がいるわけで。


自分もそうだったが、
学生生活も終わりに差し掛かる頃になると、
“若い”後輩たちを目の前に、
いつの間にか自分が“歳を食った”ような錯覚に陥りがちだし、
院にでも進学しようものなら、なおさらだろう。


だが、世の中には、
もっともっとお歳を召された方々が大勢いるのであって、
自分なんぞ会社の中ではいまだに「若手社員」の域を出ていない*2


さらに少々年齢があがったとしても、
「若手管理職」「若手役員」「若手経営者」と、
還暦になるくらいまでは「若手」を堪能できるわけである。


だから、自分が一瞬大学に戻っていた時期、
4、5年生になったくらいで、
年寄りめいた悟りを開きかけている学生どもを見て、
「何でこいつら、こんなに老け込んでるんだ?」と
不思議に思ったものである。


もっとも、それは、
裏返せば、いつまでも自分自身が成熟していないことの証でもあり、
問題がないと言えなくもないわけだが・・・。



とりあえず、今の気持ちをストレートに表現するなら、

同年代の友人達が 家族を築いてく
人生観は様々 そう誰もが知ってる
悲しみをまた優しさに変えながら 生きてく

負けないように 枯れないように 笑って咲く花になろう
ふと自分に 迷うときは 風を集めて空に放つよ 今
「花−Memento-mori」詞・桜井和寿

といった感じだろうか。
(ナルシストぶり全開・・・とか突っ込まないように*3。)


上の曲は、
桜井和寿氏が26歳(今考えると若い・・・)の時に世に出されたものだが、
最近、自分も、いい詞だと思えるようになった。
何せ、最大限の夢追って、リスク背負って生きてますから(笑)*4


いつまで背負ってりゃいいんだ、って
我に返って時々思うことはあるのは確か。
でも、全く先が見えなかった10年前に比べると、
今の方が格段に楽しい。
だから、10年後もきっと今よりも楽しいに違いない!


そう思って、今年も堂々と歳をとることにしたい(笑)*5

*1:でも実際、1年前には大きな事故が起きているわけだし・・・。

*2:さすがに新入社員相手に「若手社員」と紹介するのは気恥ずかしいので止めてくれ(一応、最近職位もついたので・・・)と言っているのだが、なかなか改められる気配がない。

*3:勿論自覚はしている。

*4:ちなみに、この曲が流れていた10年前の誕生日には、忘れ得ない想い出がある。その時、自分の傍にいてくれた人と、あの頃の思い出話をすることは、たぶん永遠にないだろうけど・・・。

*5:もちろん、これまでの10年と同じように、これからの10年も山あり谷あり(外面はともかく、内なる心の奥では)、の日々になるのは容易に想像が付くのだが。いまだに「安定」の二文字には心魅かれるものがないのは、何だか不思議な気もするのであるが。

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