「最高裁判決法廷意見の分析」(第7回)

メディアでも報道された団体定期保険をめぐる事件。


従業員自身が被保険者になっていたことを知らなかったり、
従業員が死亡した場合でも、会社に保険金が支払われるのみで
それが遺族に還元されることはほとんどなかった*1
という団体保険の運用が問題視され、
死亡した従業員の遺族が、
「夫の死亡により支払われた保険金の全額に相当する金員の支払を求め」て
提訴することになった。


本件は、上記の問題につき、最高裁が示した初めての判決である。

最三小判平成18年4月11日*2

原告側の請求の根拠は、

①第1審被告は、本件各保険契約に基づく死亡保険金が支払われた場合には、その全部又は相当部分を死亡従業員の遺族に支払う旨の明示又は黙示の合意をした。
②第1審被告は、労働契約に付随する信義則上の義務として、本件各保険契約に基づいて支払を受けた保険金を被保険者の遺族に支払う義務がある。

といったものであり、
高裁判決の中には、原告の主張を一部認容したものもあったが*3
本件最高裁の多数意見は、
被告企業の運用が「団体定期保険の趣旨から逸脱したものであることは明らか」と
述べつつ、以下のように述べて、原審の判断を否定した。

「他人の生命の保険については、被保険者の同意を求めることでその適正な運用を図ることとし、保険金額に見合う被保険利益の裏付けを要求するような規制を採用していない立法政策が採られていることにも照らすと、死亡時給付金として第1審被告から遺族に対して支払われた金額が、本件各保険契約に基づく保険金の額の一部にとどまっていても、被保険者の同意があることが前提である以上、そのことから直ちに本件各保険契約の公序良俗違反をいうことは相当でなく、本件で、他にこの公序良俗違反を基礎付けるに足りる事情は見当たらない。」

そして、

①被告が社内規定に基づく給付額を超えて死亡時給付金を遺族等に支払うことを約したと認める根拠はなく、むしろ、被告は、②遺族に支払うべき給付金が社内規定に基づく給付額の範囲内にとどまることは当然のことと考え、そのような取扱いに終始していたことが明らかである

という本件の事実関係の下では、

「第1審被告が、社内規定に基づく給付額を超えて、受領した保険金の全部又は一部を遺族に支払うことを、明示的にはもとより、黙示的にも合意したと認めることはできないというべきである。原審は、合理的な根拠に基づくことなく、むしろその認定を妨げるべき事情が認められるにもかかわらず、本件合意の成立を認めたものであり、その認定判断は経験則に反するものといわざるを得ない」

として、
原告側の請求を退けた(信義則に基づく支払義務も否定)*4


さて、本件が興味深いのは、
裁判所が被告企業における運用実態の不適切さを指摘すればするほど、
原告の請求が認められにくくなる、という点にある。


多数意見は、あくまで「追加的合意」の有無のみについて判断し、
当該団体定期保険契約の有効性自体には言及していないのだが、
認定された事実関係の下では、
「商法674条1項が要求する被保険者の同意」自体の存在が
疑われるといわざるを得ない。


だが、本件において、保険契約そのものを無効としてしまったら、
企業が受領した給付金自体、不当利得となってしまうのであって、
保険者である企業に有効に給付金が支払われたことを前提に提起されている
本件請求が成り立たなくなる。


そのような本件訴訟の複雑な構造を描き出しているのが、
本判決の補足意見である。

田豊三裁判官(裁判官出身)補足意見

上田裁判官は、
本件団体定期保険への加入が、
労働組合の執行部役員に対し加入の説明を口頭で簡単にしたことにより」
行われた、という点に着目し、

「集団的な処理を特徴とする団体定期保険の特質等を考慮に入れたとしても、従業員に代わって同意をする権限が具体的に授与されているわけでもない労働組合の同意をもって、被保険者の同意を要求する同項の要件が充足されたものと認めることはできない。」

とする。


さらに、「黙示の同意」の成立についても、
以下のように述べてその存在を否定する。

「各従業員を被保険者とする団体定期保険に加入しているとの事実が全従業員に十分周知されており、かつ、従業員の自由な意思により被保険者の地位から個別に離脱することが認められているような場合であれば、そのような離脱の申出がないことをもって黙示の同意があったものと認める余地はあると解されるが、本件においては、労働組合の執行部役員の経験者を除いて、第1審被告の従業員のほとんどの者は、本件各保険契約の存在さえ知らず、自らがその被保険者となっていることの認識もなかったというのであるから、およそ黙示の同意を認め得るような状況にはなかったことが明らかである。」

そして、
本件各保険契約は、被保険者の同意を欠くものとして無効」とした上で、
「本件各保険契約が有効に成立したことを前提に」
「それに基づいて支払われた保険金の全部又は一部の分配を求める」
原告らの請求は、前提を欠き理由がない、とするのである。

藤田宙靖裁判官(研究者出身)補足意見

上田裁判官の補足意見は、まさしく正論であるが、
このように言われてしまうと、原告としてはみもふたもない、ということになる。


その点、本件訴訟の背景事情を考慮して、
“悩み”を見せつつ“答案”を書かれたのが藤田裁判官である。


藤田裁判官は、本件のような訴訟が多数提起されている原因が、
①従業員の死亡を契機として企業が利得をしているということに対する反感や、
②実際過去において、企業が受け取った保険金を従業員の福利厚生に充てず、
専ら企業の事業費に充てていた、といった事例すらあった、という事実にある、
と分析し、
原審の判断に対して、

「こうした実態を踏まえて、上記の保険契約理論*5から当然に導かれる筈の結果を如何様にしてか避け、第1審被告に支払われた保険金につき、第1審被告と第1審原告らとの間で相応の分配を行おうとした苦心の理論構成とみることができ、その意図するところは理解できないではない。」

と述べられる。


藤田裁判官は、結局、そのあとに続けて、

「当事者の意思を離れて保険契約の内容を決定してしまうような解釈を正当化することはできない」
「仮に、当事者の意思の内容とは無関係にこれを認めようとするのであれば、私法上の契約法理を離れ、団体定期保険とは強制的な契機を備えた一種の公保険であるとでも理解する他無いと思われるが、いうまでもなく、特別の立法的な手当ても無い現行法の下で、このような解釈を採ることはできない」

と、多数意見を支持されるのであるが、
同時に、以下のようにも述べられている。

「上記の結論は、本件において、第1審被告が上記のような団体定期保険の運用に基づいて受領した保険金を保持すること自体を正当と認めることとは、別問題であることも指摘しておきたい。すなわち、本件の場合、本件各保険契約は、商法674条1項が要求する被保険者の同意を欠くものとして無効であったと解されるところであり(その理由については、裁判官上田豊三の補足意見を援用する)、本来、第1審被告が本件各保険契約に基づいて保険金の支払を受けることができたかどうかについては、重大な疑問が存在するからである。」
「本件訴訟では、現に支払われた保険金の帰属ないし分配という枠組みでの攻撃防御が展開された関係で、こうした論点は表に登場していないが、実質上、上記に見たように、企業が団体定期保険によって利得することの当否が争われているという面も否定し難いため、敢えて付言する次第である。」

上記のような藤田裁判官の見解も、
補足意見にとどまる限り、一種の“リップサービス”に過ぎないといえ、
本件説示によって、原告側がどの程度溜飲を下げたかはわからない。


また、仮に保険契約を無効と判断したとしても、
当該契約は企業と保険会社間のものであるから、
保険料が企業に、給付金が生命保険会社に戻って終わり、ということになり、
原告たる遺族の元に入る利得はないし、
それゆえ、遺族が原告として訴訟を提起するのも困難となろう*6


だが、知らないうちに被保険者にされた上に、
死んだ時の保険金が会社の懐に入る、という状況の異常性を鑑みれば、
本件のような訴訟を、単なる“感情的な訴訟”として片付けるのも
適切ではないように思われる。


上記のような団体保険の契約形態は、既に多くの企業で改められている、
ということだから、
ここは過去の問題の所在が判決文で明らかにされただけでよし、とすべきなのか、
それとも更に踏み込んだ“制裁”の途を模索すべきなのか、
今後、議論を呼ぶことになるのではないかと思う。

*1:例えば原告の一人については、死亡保険金として会社が6090万円を受領したにもかかわらず、遺族には社内規定に基づき計888万3000円しか支払がなされていない。また、裁判所は、被告企業の運用が、「生命保険各社との関係を良好に保つことを主な動機として」行われたものであることを認定している。

*2:H14(受)第1358号、第1359号

*3:平成14年(受)第1359号の原審

*4:平成14年(受)第1359号については破棄自判、平成14年(受)第1358号については上告棄却。

*5:藤田裁判官は、「保険契約である以上、保険金を受け取る権利を有するのは契約上の受取人であり、それ以外の者が、この契約を根拠として、保険会社ないし受取人に対し保険金の全部又は一部の支払を請求する権利を有するものではないことは、本来自明の理である」と述べられる。

*6:強いてあげれば、不適切な契約を締結したことが取締役の任務懈怠にあたる、として株主代表訴訟でも起こすことになるだろうか・・・?