May,Forever...

前にも書いたように、
自分は5月という月が好きである。


そして、5月の最終週といえば、
いつも同じ場所で、同じ景色を見るのが長い間のならわしだった。
自分自身が想い出の場所を離れてからも、
そして戻ってからも・・・。


何となく家にいるのが落ち着かなくて、
古い仲間を呼び寄せては、
一夜限りの“再結成”をする、
そんな団欒がずっと続くような気がしてた。


だが、昨年、そして今年と、
足が遠ざかって久しい。
一昨年だって、近所でちょっとしたイベントがなければ、
足を向ける気にはならなかっただろう。


二度目のキャンパスでの2年間で味わった様々な出来事が、
自分の中に、小さな、でも決定的な“断絶”を生んだのかもしれない。


もうひとつのキャンパスは、
ずっと前から、自分には遠い存在だった。


だが、それと同じくらい、今かの地に距離を感じている。


細々と残された絆はあれど、
その源流は、もはやかの地にはない、
そんな気さえしている。


◆◆
10年前のこの日が、
自分自身の人生の絶頂期だったのかもしれないと、
時々思うことがある。


騒がしいキャンパスの中、二年間駆けずり回って、
いろんなものが見えるようになっていた時期。
心のどこかで慕い、憧れ続けてきた先輩たちと、
同じ組織で戦える最後の舞台。


そして自分に委ねられた、
手ごたえのあるポジション。


「手抜きをするな」「調子に乗るな」と、
上級生に口やかましく言われていたことに変わりはなかったが、
当日までにやるべき仕事は全部こなしてきた自負があった。


そして、天候に恵まれ、トラブルもなく、
すべてが終わった瞬間に、文字どおり浴びた“勝利の美酒”に
自分は心の底から酔っていた・・・。


◆◆
人生すべからく、引き際は難しい。
当時、自分の学部の選出スタッフは、
資格試験だの就職準備だのに専念するため、
3年で引退する、というのが一種の定式になっていた。


頂を目指す人々の集う学び舎。
「学生のお遊戯に付き合ってる暇などない」と言い捨てた先輩も
かつてはいたとかいなかったとか。


だから、自分自身も、
先輩方との想い出とともに、
学生時代の“活動”にピリオドを打つつもりでいた。


だが・・・
結論からいえば、1年後も自分はそこにいた。


責任感だとか義侠心だとかといった、
カッコいい理由があったわけではない。


5月が明けて、だだっ広い講堂に戻ったとき、
自分の居場所がどこにもないことに気づいたから。
ただ、それだけのことだった・・・。


組織は、既に自分抜きで走り始めているのに、
自分は“宙ぶらりん”のまま漂っていた。
失ったものの大きさに身悶えているうちに、
いつしか心のバランスさえ、崩しかけていた・・・。


◆◆
年が明ける頃、
ようやく重い腰を上げた自分は、
予定調和的に元のサヤに戻った。


本来なら、自分の座るべき席などなかったのだが、
強引に席を作って割り込むのはたやすかった。


自分が入った頃、
実働部隊10名を確保するのがやっとの状態であえいでいた組織は、
いつのまにか、両キャンパス総勢30名を超える規模の組織に生まれ変わっていた。


来るものは拒まず、去るものは地の果てまで追いかけろ、
それが自分のポリシー(笑)。


ちょっとでもかかわった人間は、
有無を言わさず引き込んで、つなぎ止める。
元々閉鎖的だった空間の中で、
率先してそれを繰り返してきたのが自分だったし、
それで変わった組織でもあった。


だから、自分が戻りたいと言えば戻れた。
そんな組織だった・・・。


◆◆
学生スポーツの世界には、
最上級生になって突如眠っていた才能が開花するタイプと、
1,2年の頃から活躍してるのに、
最上級生になると、あれれ・・・?という成績しか残せないタイプ、
の二種類がいるそうだ。


残した成績は同じようなレベル(あるいは後者の方が上)でも、
プロに行ってから実績を残すのは後者のタイプ。


で、自分がどちらかと言えば、
間違いなく前者だったんだろうと思う・・・。


中途半端に執行部と離れたところに席を置いてしまった。
そうでなくても立ち上がりから微妙な空気が流れていた組織を
余計に澱ませてしまった責任は自分にもある。
何とかしなきゃ、という思いが空回りして、
伝わらない思いに苛立った。
輝きはいつしか色褪せ、
就活帰りに部室に足を運ぶのが、いつしか苦痛になっていた。


そして1年後の本番。
初日は季節外れのスコール。


自分は生まれてからその時まで、
大事な舞台で雨を降らせたことがなかった。
ゆえに、その時点で、自分の「ハレの日」は終わっていた。


2日目はさらに悪いことに、
就職の面接が重なった。


断ろうと思えばできたはずだ。
でも、自分は“宙ぶらりん”のまま、
断る気力さえ失っていて、
そして、リクルーターと前代未聞の大口論を繰り広げた末、
重たい体を引きずりながら、キャンパスに戻った。


唯一の明るいニュースは、
オークスでのナナヨーウィングの快走だったが、
あいにくそんな時に限って、馬券は買っていない。


あの日は、間違いなく人生ワースト5に入る日。
女性が絡まない日としては(苦笑)、
卒業式の日(過去ログ参照)と並ぶ文句なしのワースト1。


中途半端なスーツ姿、
浮いた空気の中、1年前の“勝利の美酒”は、
涙交じりの苦い味に変わった。
自分のふがいなさが、悔しくて、泣いた・・・。


◆◆
時というのは便利なもので、
苦い記憶もいつしか遠くに追いやってくれる。


普通に仕事をしている限り、
あの頃を超えるような充実感を味わうことは二度とできないだろうが、
その代わり、あの頃と同じような挫折感や悔しさを味わうこともない。
そう思えば、つまらない環境でも少しは楽になる。


自分の将来のことなどほったらかしで、
寝ても覚めても、自分がいる組織のために何ができるか、
と考え続けていた自分は、
いつしか、組織よりも自分の方が大事、な、
お気楽リーマンになりつつある。


学生の頃の自分なら、
そうはなりたくない、と必死にあがいただろうし、
今でも時々あがいてはみるが、
もう一人の自分は、無意識のうちに、
そんな甘美な世界に自分を誘う。


それゆえ生じた「断絶」。
かの地との距離は、きっと幸福の証なのだ・・・。


不完全燃焼のまま彷徨っていた魂は、
もうじき、永い眠りにつく。


それが永遠の終わりを意味するのか、
それとも、リスタートの合図になるのか、
今の自分には、知る由もない。


だが、何かを捨てることで前に進めるのならば、
それはそれでよいことではないか、
何も取り戻すことのできない今となっては、
そう思うしかないのである・・・。