「最高裁判決法廷意見の分析」(第8回)

今回の話題の中心は、行政訴訟と泉徳治裁判長。


これまでにも取り上げたことがあるが、
泉裁判長の法廷意見には、
単なる法律解釈論に留まらない
“事実論を踏まえた判断”としての色彩が色濃く出ており、
少数意見ながら、“先例重視志向”に凝り固まった実務屋にとっては
いろいろと考えさせられるところが多い。


ゆえに、少し時間が経ってしまったが、
遡及的に二件、取り上げてみたいと思う。

最一小判平成18年4月20日*1

本件は、静岡県公文書開示条例に基づいて開示された文書に
「虚偽記載」*2があったとして、

「知事及び県財政課の担当職員が虚偽の公文書作成及び違法な公金支出の事実を隠ぺいする目的で本件各決定において一部非開示の判断をしたこと並びに知事が本件各訴訟に応訴したことなどが国家賠償法上違法な行為であると主張して、同法1条1項に基づき、被上告人に対し、慰謝料並びに上告人が本件各訴訟及び本訴に関して支出した弁護士費用相当額等の賠償を請求する事案」

である。


問題の情報開示請求が平成7年4月25日になされた後、
静岡県知事は、同年5月30日付けで一部非開示決定を行ったが、
その後の訴訟では、東京高裁で自治体側が逆転敗訴、
平成14年11月22日に最高裁で上告不受理決定が出され、
ようやく住民側勝訴での決着を見ている*3


本件が静岡県における食糧費をめぐる初めての情報公開訴訟だったから、
県側としても、どこまでシビアに判断すべきか迷うところはあったのだろう。
だが、非開示とした文書の中に虚偽の記載があったのが
問題をややこしくした。


多数意見では、国賠法1条1項の「違法」評価について、

「公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と上記決定をしたと認め得るような事情がある場合に限り、上記評価を受けるものと解するのが相当である。」(10頁)

というお馴染みの規範を述べた後、
「交際的な懇談」に当たるため非開示、とした県の判断は、
「その当時においては相応の理由を有していた」として、
上告人(住民)の主張を退けた。


また、開示の可否を15日以内に決定しなければならないことや、
公文書の開示請求が多数の文書を一括してなされることから、

「担当職員において請求に係る全文書の内容の真否の調査をすることは義務付けられておらず、文書の記載内容に基づいて迅速に開示等の決定を行うことが予定されているものと解すべきである。」(12頁)

として、職員が注意義務を怠っていたとはいえない、と結論付けた。


原審の認定した事実関係を全て把握しているわけではないのだが、
2週間で多数の文書の内容の真否まで含めて精査しろ、というのは
いかにも厳しい*4


ゆえに、多数意見の結論は、国賠法の従来の解釈に基づく判断としては、
妥当なもののようにも思われる。


だが、これに対して敢然を異を唱えたのが、
泉徳治裁判長(裁判官出身)、横尾和子判事(行政官出身)の二裁判官である。
(いずれも破棄差戻しをすべきと主張)


泉裁判長の論旨は大きく分けて以下の2点に集約される。
すなわち、

①国賠法上の違法評価をなすにあたっては、「当該行政処分を実際に担当した個別具体的な職員の故意過失のみを問題とするのではなく、行政庁を支える行政組織体の構成員たる公務員を全体的一体的にとらえて故意過失が存するか否かを判断すべきである。」
②仮に①の考え方を採らなかったとしても、本件文書の記載内容は極めて不自然なものであり、県職員は記載内容の真偽を調査する義務を負う。

という見解である。


①の帰結としては、
本件各文書を作成したのは「県財政課」の職員であり、
本件非開示決定を行ったのも「県財政課」の職員であるから、

「本件各文書の作成から開示までの一連の行為に関与した県財政課の職員を全体的一体的にとらえれば、県財政課の職員としては、上記記載内容が虚偽のものと認識しながら本件各決定を行ったものと評価すべきである」(21頁)

という結論が導かれるし*5


②の帰結としては、
支出金額があまりに高額であることなどから*6
通常の資質能力を有している職員であれば、
ホテルに照会するだけで虚偽をただちに解明できたはずだ、ということになる。


そしてさらに、多数意見では
「原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものに過ぎない」
とされた、
非開示決定をした県職員が虚偽記載を承知していたか否か、
という点についても、

「本件各文書の作成から開示決定までにさほどの期間が経過しているわけではない」(27頁)

として、暗に職員が虚偽記載を知っていたのではないか、
という心証を開示している。


◆◆
ここで、まず上記①の点に関しては、
甲斐中辰夫裁判官(検察官出身)の補足意見のように、

国家賠償法1条1項の「公務員」及び「職務を行う」の文言を広く解釈するとしても、このように全く異なる時期に、異なる担当者がそれぞれ別個に行った行政行為を一体の行為としてとらえるというのは、いかにしても広すぎるものと言わざるを得ない。ことに本件各決定は、上告人による公文書開示請求を受けたことにより初めてなされた行政処分であり、3年前の担当者による会計上の支出負担行為や支出に関する文書作成行為とは、全く場面や根拠法令等を異にしており、これを1個の処分及び行為とみることはできない。」(14頁)

という反論は当然出てくるところであり*7
もう一人の反対者、横尾和子裁判官も、
この点については同調していない。


だが、本件のような問題は、
個々の公務員が独自に不適切な行為を行った、として処理できる類のものではなく、
組織的に長年当該部局に根ざした慣行による“不祥事”という面が
大きいようにも思われる。


また、上記②の点に関しては、
法廷意見の説示に加えて、

「なるほど、事後的に本件各文書の内容が虚偽であることが判明した後に、本件各文書の本件対照部分のみを取り上げてこれを見ればそのようにいえるとしても、開示請求を受けた当時において、限られた時間内に多数の文書のうち本件各文書の本件対象部分について当然に感知することを要求するのも、同様に酷に失するものと言わざるを得ない。」(18頁)

という甲斐中裁判官の意見も示されており、
一般的な「真否調査義務」を認めるべき、という反対意見の説示は
やや分が悪いといわざるを得ないのであるが*8
自治体側としては、
その後争っている間(実に7年以上の長きにわたる)のうちに、
調べることは十分に可能だったはずであって、
最高裁レベルに至っても非開示の主張を維持し続けた以上、
厳しめのご沙汰を下されたとしても決して不当とはいえない、
(法解釈の次元の話ではなく、あくまで事実論の話として)
という価値判断もありうるのではないかと思われる。

最一小判平成18年6月1日*9

もう1件は、

鎌倉市が勧奨退職後再就職した職員の給与上乗せ分を業務委託費の名目で
再就職先の団体に対して支出したことが違法である

として争われた事件である*10


この支出行為が行われたのは、
平成11年9月24日(契約自体は同年6月30日)であるから、
地方自治法242条2項により、1年以内に監査請求をするのが原則となるが、
原告が監査請求を行ったのは平成12年10月27日。


そこで242条2項但書の「正当な理由」の有無が問題になったわけだが、
多数意見では原審同様、「平成12年4月28日付けの神奈川新聞」に
退職者の給与補助制度に関する記事が掲載されたことをもって、
原告(上告人)の請求を退けている。


しかし、泉裁判官はここでも反対意見を述べた。
すなわち、

「本件記事は、平成12年度に再就職した3名の給与保証のための補正予算が市議会を通過するかどうか微妙な情勢にあることを主題として報道するものであって、公園協会に対する本件支出に関する記載は上記の程度であり、本件支出が既に行われたことを明確に述べるものではなく、もとより、その時期、方法、金額等に触れるところはない。また、本件記事は、市の執行機関が公表したことを報道したものではない。」(6頁)

と述べ、むしろ市議会において市側が説明を行ったのは
同年9月8日のことに過ぎないのだから*11

「一般人に過ぎない住民が、本件記事によって、監査請求をするに足りる程度に本件支出の存在及び内容を知ることができたとするのは無理であり、住民にとり酷に過ぎるといわざるを得ない」

と反論しているのである。


◆◆
これはあくまで事実認定の問題、といった感が強く、
実際に新聞記事を見たわけでもない筆者には、
「相当の注意力」をもってすれば、
財務会計上の行為の存在及び内容を知ることができた」のか、
理解することは難しい。


だが、泉裁判官は、以前のエントリーでも取り上げたように、
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060108/1136778144の後半部分)
監査請求の時期的限界の争点については、
住民側に立たれることが多いようである。


個人的には、行政側に利があるのであれば、
きちんと“本案”で争って解決すべきなのであって、
242条2項という“門前払い”的な規定の運用にはなるべく謙抑的であるべき、
と考えている*12


ゆえに、筆者としては、
事実を掘り起こして、住民側に少しでも門戸を開こうとする
泉裁判官の姿勢には共感するのであるが、
実際に自治体実務の側に立たれている方々は、
この点いかなる感想をお持ちになるのだろうか。
興味深いところではある。


いずれにせよ、
第一小法廷に係属する行政事件からは、
引き続き目が離せない・・・。

*1:H17(受)第530号・損害賠償請求事件

*2:支出行為に全く関係しない団体に対する架空の支払実績が記載されていた。

*3:さらに第二次の開示請求についてもここでは問題になっている。

*4:甲斐中裁判官の補足意見においても同様に「酷に失し現実的ではない」という見解が示されている(17頁)。

*5:泉裁判長は、このように考えないと、県の職員が本来開示すべき情報を内容を偽って非開示情報に加工したとしても、開示請求が出る前に当該職員を他に異動させてしまえば、責任を免れることになり不合理であるとする。

*6:例えば80人参加の会合の賄料として、一人当たり1万8000円の対価が支払われている等。

*7:甲斐中裁判官は、反対意見のような考え方を「公務員による不法行為の概念を超えるもの」と断言する(16頁)。

*8:なお、本件については既に、『Lexis判例速報No.8』に橋本勇弁護士のコメントが掲載されているが、そこでは情報公開制度の趣旨・目的という性質論から、「当該公文書の内容を判断し、批判や評価を行うのは開示を受けた者であり、開示するか否かを決定する者ではあり得ない」という結論が導かれており、(本判決が指摘するような)「実務的な理由によるものではな(い)」という見解が示されている(同・99頁)。

*9:H16(行ヒ)第61号・違法公金支出返還事件

*10:この手の不透明なカネの流れは、民間企業では当たり前のように行われているだけに(それでも一時的な雇用対策としてコストを下げることに成功しているからこそ行われているわけだが・・・)、これが問題になってしまうのは何だか気の毒な気もする。

*11:そして、それを受けて翌日9日に「市が人件費を密かに補填していた」という事実が新聞各紙で報道された。

*12:これは原告適格の問題にしても同じことである。