「ローマの休日」に関する興味深い議論

ローマの休日東京地裁決定に関する議論が
あちこちで盛り上がっているようで。
筆者の12、13日付けのエントリーも随所で引用していただき、
気恥ずかしい限りである。


ネット上では、
「強すぎる著作権」への懐疑的態度が支配的なこともあって、
もっぱら「高部コート万歳!」という論調が強いようであるが、
そんな中、興味深い指摘を見つけたのでご紹介したい。


◆◆
まず、『おおやにき』でのコメント。
http://alicia.zive.net/weblog/t-ohya/archives/000331.html

「「ローマの休日著作権切れ 文化庁見解 地裁が否定 激安DVD認める」(Yahoo! News)というニュースがあったわけだが、これが一部で著作権法の問題として取り扱われていることに違和感を禁じ得ない。」

と指摘される大屋先生は、
その理由を以下のように指摘されている。

第一に、訴えた権利者側の主張(両者は同一なので、著作権法改正が施行された時点ではまだ昭和28年作品の著作権が存続しており、従って存続期間が20年延長される)を採用しても、昭和27年以前の作品の著作権が消滅していることについては争いがない。逆に、被告側主張(両者は別時点なので著作権は消滅しており、従って延長の効果はない)を採用しても、昭和29年作品以降については保護期間が70年に延長されたので依然著作権が存続していることになる。左右されるのは昭和28年という一年間に公開された映画をめぐる権利のみであって、それ以降すべての映画作品とか、そもそも映画に関する著作権のすべてとかではない。その点で、保護期間を延長する法改正の合憲性を問題にしたアメリカのソニー・ボノ法(レッシグなどのいう「ミッキーマウス保護法」)をめぐる紛争とは性質が異なる。
第二に、仮に地裁見解が今後とも維持されたとすれば、次回改正の際には公布即時施行とか「12月31日施行」とかにするだけの話であって、そうなれば同様の紛争が生じ得ないことも自明である。つまり問題の中心は、法律上定められた期間を延長したい場合に、期限翌日付けで施行すればいいのか同日付けまでにやっておかなくてはならないのかという点にあり、私としては正直どっちゃでもええがなと思っている。というかこれは調整問題であって、道路を右側通行にするか左側通行にするかというのと同じ、どちらでも同じことだがどちらかにはっきり決まっていないと困るという話だ。「同日付けまで」の方がぱっと見でわかりやすいと言われればそうかなとも思うが、改正法があちこちで「12月31日施行」だの「3月31日施行」だのになるのも見栄が悪いと言えば悪い気もする。立法関係者のあいだでは「翌日付けで良い」という慣行が成立していたのならそれを尊重すればいいのではないかとも思われる。

確かに、今回の争いは、著作権法の附則の解釈、
という“局地戦”に過ぎないのは指摘のとおりであり、
地裁決定のように著作権の趣旨に関する論旨を大展開せずとも
民法上の期間計算条項の解釈だけで結論を出しえたと思われるから、
「高部コート」の“余事記載部分”を殊更に取り上げて、
著作権法とはかくあるべきだ」という論調を展開するのはいかがなものか、
という論調もありうるだろう。


本件の債務者自身も、
債権者側の「知的財産権の保護を重視する時代の要請」という主張を
まともに相手にすることなく、

「本件改正法附則2条の問題は,純粋な法律解釈であり,外国企業を含めた現在及び将来にわたる多数の関係者にとって,理解のできる論理的な解釈が示されるべきである。」

と述べるにとどまっていた。


もっとも、米国でソニー・ボノ法*1をめぐって行われたような
大上段からの議論にならなかったのは、日本なりの事情もある。


米国においては合衆国憲法にいわゆる「著作権条項」が設けられており*2
それゆえ“limited times”という“憲法上の文言”の解釈に持ち込むことができるし*3
それと同じ地平で第1修正との関係についても議論を持ち出すことができる。


そして、だからこそ、
適法な訴訟として、「著作権保護期間延長立法の合憲性」そのものを
争うことも可能となるのである*4


同じことを日本でやろうとしても、
憲法上手懸かりとなる規定があるわけでもないし、
民事訴訟として争われている最中に、
憲法21条だけを頼りに、保護期間延長改正の合憲性云々を言い出すのは、
いかにも心もとない*5


したがって、我が国では「53年作品」という限られた対象をめぐって、
「改正法附則第2項の解釈」という些細な部分に着目した
“小さな争い”に終始せざるを得なくなっているのではないかと思う。


だが、争われている中身がいかに些細なものであったとしても、
その背景にあるものを見ていくと
結局は“長すぎる保護期間”という問題に行き着くわけだから、
これを“蟻の一穴”として、
本決定を契機に著作権の保護期間をめぐる議論を始めるのは、
決して誤った態度とはいえないのではないだろうか*6


◆◆
続いて、bewaad氏の「語られざる行政の言い分」というエントリー。
http://bewaad.com/20060714.html#p02


表題どおり、行政府サイドから本決定に対する疑義を投げかけている記事で、
筆者のコメントも引用しつつ批判を加えてくださっているのであるが、
例えば、
期間計算の問題については、

「本件は平成15年法律第85号(著作権法の一部を改正する法律)の附則第2条の解釈問題ではありますが、従来同種の規定が同様に解釈されてきたように、そこは新制度の発足に際して同時に期限切れを迎えるものは接続するとの処理に一本化してきたわけです。逆に言うなら、先に書いたような施行が新年なり新年度なりの頭にあわないことの不都合を重視し、それに合うように解釈を(行政府において)確立してきたということになると思います。」

として、あまりに「杓子定規」な解釈に首をかしげておられるし、


立法者意思の解釈については、

「昭和46年改正に当たって国会での審議がなされていないのはそのとおりでしょうし、本件の改正においてその際と同じだとの審議がなされていないのもそのとおりでしょう。しかしながら、同改正を受けての法運用は継続的になされてきたわけですし、それが立法者意思に叶わない行政府の専断に基づく由々しき事態であると立法府が判断するのであれば、それに異議を唱える機会は、それこそ本件改正時や、昭和46年改正により昭和45年末で消滅するはずだった著作権が延長されたとの政府答弁の際など、いくらでもあったわけです。」
「にもかかわらず、かかる異議は唱えられることがなかったわけです。これは現状を是とするのが立法者意思であり、本件についても同様の解釈をすべしというのが立法者意思であったと推定可能なのではないでしょうか。」

と述べられている。


後者のような“立法府の沈黙”をどのように理解すべきか、
筆者の能力では如何とも判断しかねるのではあるが、
上記二点とも、理屈としては筋が通っているもののように思われ、
なるほど、と感じさせられた。


bewaad氏も指摘されるように、

「この訴訟の当事者はパラマウントとファーストトレーディングであって、文化庁は見解を否定されたというものの、訴訟に参加していたわけではなく、自らの見解の正当性を裁判官に訴えることはでき」なかった

という点は、確かに本決定を理解する上で、
一応心に留めておくべきなのかもしれない。


もっとも、「高部コート」の裁判官の方々も、
決して上記のような事情が全く頭の中に入っていなかったわけではないはずで、
それでも、あえて今回のような決定をした、というところに、
単なる法解釈を超えた政策的見地からの判断、という裁判所の意図が
あったのではないだろうか。


それが良いことかどうか、賛否両論あるだろうし、
これまでの我が国における司法の位置づけや、
本決定が及ぼす影響の大きさを鑑みれば*7
決して良いこと、という評価にはならないのかもしれないが、
それでも筆者は本決定には否定しがたい意義があると思うのである。


以上、ややトーンは落ち気味であるが・・・(笑)。

*1:Sonny Bono Copyright Term Extension Act

*2:Art.1Sec.8 cl.8

*3:同項の原文は、“To promote the Progress of Science and useful Arts,by securing for limited Times to Arthors and Inventers the exclusive Right to their respective Writings and Discoveries”

*4:そもそも、米国の法体系の下でもこのような訴訟の提起はそうそうあるものではなく「アイデアあふれるレッシグ教授の英知あってこそ可能になったものだ」と昔某教授がコメントされていたのを思い出す。

*5:本訴において抗弁として主張することはもちろん考えられて然るべきだろうが。少なくとも日本の裁判実務上はナンセンスな主張としてあっさり排斥される可能性が高い。本件においては、もっぱら民法上の「期間計算の問題」に議論のレベルを落とすことで、勝利をもぎとった債務者側の戦略を誉めるべきであろう。

*6:もちろん、本決定改正法そのものの合憲性について正面から争って勝訴しない限り、“延長反対派”が望むような帰結にはなりえないのであるが・・・。

*7:bewaad氏は本決定が確定した場合の国賠訴訟のリスク等を指摘されている。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html