181条2項をめぐる攻防

これまでにも何度か取り上げている
特許法181条2項の運用について、また新たな一事例が。


知財高判平成18年7月20日(第3部・佐藤久夫裁判長)*1


本件は、「蔵型収納付き建物」*2という名称の特許発明の
権利者であるミサワホーム(原告)と、
住友林業(被告)の間で争われた無効審決取消訴訟であり、
以下のような経過を辿っている。

平成17年6月7日 被告による無効審判請求(無効2005-80176号)
平成17年9月29日 無効審決
平成17年10月20日 審決謄本送達
平成17年11月   原告本訴提起
平成18年2月13日 原告による訂正審判請求、上申書提出

本件で争われている特許の請求項は、

請求項1
「上下階に亘って複数の室を配置した建物において、天井高に差を設けた室を下階に配置し、前記天井高の差に応じて室間の床面に高低差を設けた室を上階に配置し、高床面室の床面から屋根裏までの空間を蔵型収納空間としたことを特徴とする蔵型収納付き建物」
請求項2
「低床面室に面して前記高床面室の出入口を設け、該出入口に至る階段を前記低床面室に設けたことを特徴とする請求項1に記載の蔵型収納付き建物」

というものなのだが、

「上下階に亘って複数の室を配置した建物において、天井高の差を設けた室を下階に配置し、室間の床面に高低差を設けた室を上階に配置した建物」

である点において一致する引用発明が既に見つけ出されていたため、
原告としては苦しい戦いになっていたことは容易に推察できる。


ちょうど提訴から90日になろうか、というタイミングで、
原告が請求項1を削除し、
請求項2を減縮して新たな請求項1とする訂正審判を請求した上で、
181条2項の規定による審決取消決定を求めたのも、
窮余の一策として、理解できるものであったといえよう。


だが、知財高裁第3部は、無情にも以下のような理由により、
“差戻し”を発動しなかった。

「上記訂正審判請求の主たる内容は、要するに、本件発明2において、下階に配置された複数の室の床高が同一であることを、新たに規定する趣旨を解されるところ、建物においてごく一般的な上記構成を付加したことによって、蔵型収納空間の構成や作用効果に差異が生じるものではないことは明らかであり、また、引用発明においてそのように構成することに格別の困難も認められないから、前記説示したところに照らせば、本件特許を無効とすることについて特許無効審判においてさらに審理させることが相当であるとは認められない。」

訂正審判請求書そのものを見ているわけではないから断言はできないが、
訂正審判の趣旨が裁判所の認定どおりのものだとすれば、
仮に訂正が認められたとしても、
無効の結論を覆すのは難しかったのではないかと思う。


「蔵型収納付き建物」のキモは、
あくまで上階部分の構成にあるのであって、
下階の床の高さ関係がどうなっていようが、特許発明の本質に
大きな影響を与えるとは思えないからだ。
その意味で、裁判所の判断は妥当だったというべきなのだろう。


もっとも、似たようなレベルの訂正でも
特許庁への差戻しの“恩恵”を受けている事例は
たくさんあるように思われる中、
たった一度の訂正すら認めてもらえない、という帰結は
ややもすると気の毒であるように思えてならない。


「一度目の訂正については原則として差し戻す」という運用が
一般的になっているように思われる現状を鑑みるとなおさらである。


本件の帰結が、
本件特許発明のあまりの不甲斐なさに由来するものなのか、
それとも、知財高裁の運用の“転換”を意味するものなのかは
分からないが、
本件が、181条2項によって許容される
裁判所の自主的判断(見切り)の限界を探る上で、
一つの手懸かりとになる事例になるのは、間違いないように思われる。


181条2項をめぐる攻防。
これからも目が離せない・・・。

*1:H17(行ケ)第10803号・審決取消請求事件

*2:特許第2517833号、平成5年5月19日出願、平成8年5月17日設定登録。

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