後悔先に立たず。−「正露丸」訴訟と失われた30年

大阪地判平成18年7月27日(田中俊次裁判長)*1
正露丸」といえばラッパのマークの大幸薬品
そう信じ続けて30年生きてきた筆者にとっては、
ある意味トリビア的な衝撃となった(笑)判決である。


事案の概要は、
原告(大幸薬品)が、自社の「正露丸」と類似する包装、標章等を
表示として使用している被告(和泉薬品工業)に対し、
不正競争防止法違反(2条1項2号、1号該当)及び商標権侵害に基づく
差し止め及び損害賠償請求を行った、というシンプルなものであったが、
裁判所は、原告のいずれの主張も棄却している。


この事件を報じる一部の新聞記事などを見ると、
客観的に見れば、どう見ても原告商品と被告商品の包装等が
酷似しているにもかかわらず、
「ラッパのマークのところが違うから非類似」という結論だけが
強調されていたりするために、
「え?何で?」という感想を抱かれた方もいたかもしれない。


だが、当然ながら、本件で問題になっているのは、
単純な原告表示と被告表示の比較ではない。


そして、原告敗訴、という結論を導くために、
裁判所が原告の取り組みに対してどのような評価をしているか、
を見ることは、
商標の普通名称化対策やブランドの希釈化に日々頭を悩ましている
実務サイドの人間にとっても意味のあることのように思われる。


そこで以下、順に追って、本判決を見ていくことにしたい。

包装デザインの商品等表示性及び被告表示との類似性

裁判所は、

①原告が昭和29年以前から「正露丸」の名称を使用して本件医薬品の製造販売を行っていること
②遅くとも昭和52年には原告表示1*2の使用を開始し、以後一貫して原告表示1を使用していること。
③平成7年11月から平成16年10月までの原告製品の売上金額は合計約284億9334万円であり、売上数量は約4154万個であったこと。
④原告製品の本件医薬品市場におけるシェア(売上金額ベース)は、約81.34%であったこと。
⑤原告が平成7年11月から平成17年3月までの間に原告製品について投入した新聞、テレビ、ラジオ等による宣伝広告費用は、合計約60億円であったこと。
⑥原告が「正露丸」の名称で本件医薬品を販売していた常盤薬品工業株式会社に対し、平成17年7月22日付けで販売中止又はデザイン変更を求める通知を発し、同社から合意する趣旨の回答を得たこと。

を原告に有利な事実として認定する一方で、

①「正露丸」の名称で本件医薬品の製造販売を行っている業者が、原被告以外に10社以上存在し、それらは、昭和30年ころから概ね原告表示1と共通する特徴を備えていること。
②原告製品と他社製品の販売価格差は約2.85倍となっているため、販売数量ベースで見れば原告製品のシェアは約60.47%になること。
③原告のほとんどのパンフレット、広告には「ラッパのマーク」の表示及びそれを用いた宣伝文句が記載されていたこと。
④原告が、原告表示1の使用を開始した昭和52年以降、常盤薬品以外の業者に対して、類似の包装箱の使用を排除するための措置をとっているとは認められないこと。

という事実をも認定している。


そして、前者の事実から、

「原告製品の包装箱の表示態様は、そのシェアの大きさ等から、本件医薬品として店頭等で一番よく目にすることのできる包装として一般消費者にかなりの程度浸透していることは優に認めることができる。」

と述べつつも、
後者の事実から、

「原告表示1は、「正露丸」の製造販売に携わる取引業者はもとより、一般消費者においても、「ラッパの図柄」を度外視した包装態様のみでは、これが原告の商品であることを認識することができるものとは認められず、商品の出所表示機能を有するものとはいえない。原告製品と他社製品との識別は、原告製品の包装箱に記載された原告の社名とラッパの図柄によって初めて可能になるということができ、事実、原告も、包装箱にラッパの図柄が記載されていることを強調するような宣伝広告活動を行っている。」

と判断したのである。


自他商品識別機能を有するのが「ラッパの図柄」のみ、
ということになれば、
「瓢箪の図柄」をあえて用いている被告製品との間で
類似性が認められる可能性は、
事実上消滅した、といってよい。


原告の側は、
被告側に「すり寄り行為」(接近行為)の意図があるとも主張したが、
「ラッパの図柄」以外の部分には自他商品識別性が認められない以上、
その部分に関して近接化が見られたとしても、
不正競争の意図を推認することはできない、として退けられている。

正露丸」の商品等表示性及び被告表示との類似性

続いて争点となったのは「正露丸」という表示について、
商品等表示性が認められるか、という問題である。


この点については、かなり昔の商標登録無効審決取消訴訟*3で、
「商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示したに過ぎない標章」
という説示がなされていることもあり、
知財業界では「正露丸」といえば普通名称、
という認識が一般的だったようだ。


そして本件においても裁判所は、

「ある表示が普通名称であるか否かは、もっぱら需要者(取引者及び一般消費者)の認識に関する問題であるといえるから、ある時期において普通名称であるとされた表示であっても、その後の取引の実情の変化により特定の商品を指称するものとして需要者に認識され、出所表示機能を有するに至る場合があり得ないわけではないというべきである。」

と時の経過を踏まえた上での一定のフォローをしつつも、
先述したような認定事実から

「「正露丸」の語が本件医薬品の製造販売に携わる取引者に対し本件医薬品を指称する一般的名称として受け取られていて、原告製品を指称する商品表示としては認識されていないことはもとより、一般消費者においても、それが本件医薬品の一般的名称ではなく原告製品を指称するものとして認識されるに至ったものとはいまだ認めるに足りないといわざるを得ない。」
「以上によれば、「正露丸」の語は、昭和29年10月30日以降の事情の変化により原告製品を識別する商品表示性を取得したものということはできず、現在においてもなお、本件医薬品を指称する普通名称であることを免れることはできないというべきである。」

という結論を導いた。


そこで、このような裁判所の判断を踏まえて、
以下、原告にとっての“失われた30年”を検証してみることにしたい*4

原告は何をすべきだったか


正露丸」という名称自体が
かつて「普通名称」と認定されたものである以上、
本件事案において
商品包装箱の独特のデザインが商品等表示と認められるか、は
原告にとって勝敗を分ける大きなポイントになっていたはずだ。


しかし、裁判所は、被告以外の「正露丸」商品の特徴とも対比しつつ、
「ラッパの図柄」以外の部分について、
「商品等表示」性を認めていない。


原告製品の認知度、市場シェアが極めて高く、
これまでに多額の広告宣伝費用も費やしてきていることは、
裁判所も認めている。
にもかかわらず、
包装箱全体が「商品等表示」として認められなかったのは、
やはり表示の使用開始後30年間、原告が他社の“接近行為”に対して、
有力な手立てを講じてこなかったことに起因するといわざるを得ない。
「後悔先に立たず」といったところだろうか。


昭和52年当時、あるいは「正露丸」の販売開始時点において、
薬の包装箱に橙色を用いる等のデザインが一般化していなかったのであれば*5
原告自身のその後の投下資本の蓄積によって、
当該デザインが「商品等表示」としての意義を有するようになることは
十分予想できたことであって、
他の「正露丸」各社の類似表示への“接近”を
食い止めることができれば、
いかに普通名称を商品とする製品であったとしても、
包装全体のデザインによる他社との差別化が可能になったはずであった。


本判決でも認定されているように、
原告のこれまでの宣伝は、
もっぱら「ラッパのマーク」の自他商品識別力の強化に
向けられていたように思われ、
その努力自体は今日一定の成果を収めている。


しかし、マーク部分を除いた包装のデザインが
これだけ酷似している現状に鑑みると、
単なる“ラッパのマークの「正露丸」”という認識だけで、
一般需要者が薬局の店頭で他社商品と大幸薬品のそれとを区別できるか、
疑問の残るところであって*6
原告側が行ってきた自社ブランド確立のための取り組みが
十分なものと評価できるものであったかどうか、については
懐疑的にならざるを得ない。


本判決で原告が証拠として提出したアンケートの結果にも、
上記のような事情が見事なまでに露呈してしまっている*7


ここでの設問は、

1)「『正露丸』は下痢止め薬ですが、あなたはこの『正露丸』は特定の会社の商品名であると思われますか。それとも下痢止め薬全般の一般名称であると思われますか。」
2)あなたは『正露丸』を製造・販売している会社名をご存じですか。」
3)「正露丸」について思いつくことを自由に筆記

というものであり、1)については、「特定の会社の商品名として認識している」という回答が全体の約86%、2)については「知っている」という回答が全体の54.6%、そして3)においては、51.5%の者が想起することとして原告の名称あるいは「ラッパのマーク」を挙げる、という“成果”を得た。


しかし、裁判所は、
1)のような二者択一の設問設定の不自然を指摘して、
アンケート結果の正確性に疑問を投げかけるとともに、

「一般消費者が「正露丸」について思いつくことを自由に筆記させれば、その大量の宣伝広告活動やシェアの大きさ等から、まず原告の社名や「ラッパのマーク」を想起するのは当然というべきであり、そのことから直ちに一般消費者が「正露丸」をもって原告製品の識別表示として認識していると速断することはできず、かえって、一般消費者による上記連想からすれば、原告の社名やラッパの図柄をもって原告製品の識別表示として認識しているとの評価もできるのである。」

として、結果、原告の主張を退ける材料としてアンケート結果を援用している。


正露丸」から
大幸薬品」や「ラッパのマーク」を連想するからといって、
正露丸」=「大幸薬品」ないし「ラッパのマーク」と認識しているとは
言い切れない、というのは裁判所の指摘するとおりで、
そもそも「ラッパのマークの正露丸」という宣伝文句からは、
“他のマークの正露丸”の存在も暗に匂ってくる。


だとすれば、このような状況下で
包装デザイン全体や「正露丸」の名称を「商品等表示」として掲げた
原告の訴訟提起には、無理があったといわざるを得ないだろう。


原告としては不利な状況を認識しつつも、
類似した他社製品によってもたらされる副作用*8を危惧して、
本件訴訟に踏み切ったのかもしれない*9


だが、この点については

「被告製品を原告製品と取り違えて購入し服用する一般消費者がおり、これにより原告の指摘する有害事象が生じるおそれがあり、また現に生じているとしても、このことは被告製品を含む本件医薬品の包装箱に禁忌例を記載していないという販売の在り方等の問題であり、原告表示1又はこれと類似する包装表示を原告に独占させることによって解決されるべき問題ではないというべきである。」

という裁判所の説示を支持せざるを得ないであろう。


本件は、権利者の怠慢によって造語商標が普通名称かした、
という事案とは異なり、
元々普通名称だった商品名を
特定の企業が「商品等表示」化することに失敗した、
というものであるから、必ずしも一般化できる事案とはいえないのだが、
著名になった自社のブランドを守るためには、
“権利維持”のための地道な努力が欠かせない
(そしてそれを怠ると肝心な時に他社を排斥できない)
ということを教えてくれる、という点において、
やはり重要な意義を有しているように思われる。


なお、本件については、
大塚先生が関連サイトとあわせて記事を書いていらっしゃるので*10
あわせて参照されたい。↓
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/2006-08.html#20060803

*1:H17(ワ)第11663号・不正競争行為差止等請求事件

*2:直方体、橙色の包装箱で正面に「正露丸」等の文字が印刷されているもの。

*3:東京高判昭和46年9月3日

*4:ここでいう“30年”とは、言うまでもなく原告が本件表示の使用を開始した昭和52年から現在に至るまでの期間である。

*5:本件判決においては、少なくとも当時デザインが一般化していた、ということは認定されていない。

*6:ピンポイントの指名買いをする需要者がどの程度いるか、薬局薬店の方でメーカーを確認する慣行があるか、等にもよるだろうが。

*7:本件アンケートはIpsos日本統計調査株式会社が平成17年10月から同年11月にかけて関東及び関西の男女500名を対象に、web調査の方法により実施したもの、とされている。

*8:及びそれによる「正露丸」ブランドの毀損

*9:この点については判決のほかに大幸薬品のプレスリリースもご参照のこと(http://www.seirogan.co.jp/news/img/20060727.pdf

*10:類似「正露丸」のラインアップを“展示”するサイトなどは、かなり壮観である・・・。

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