プログラムの創作性全否定。

小倉秀夫弁護士のブログ「BENLI」を拝見していたら、
福岡地判平成18年3月29日(「さきがけ」事件)が紹介されていた。
http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2006/08/post_de0b.html


被告側代理人の小倉先生ご自身が、
「珍しい裁判例」として採り上げられていることからも分かるように、
確かにあまり見かけないタイプの判決である。


元々本件は、
原告が被告に開発委託したプログラムAの著作権を盾に、
被告がその翻案物であるプログラムBを販売する行為に対して
差止・損害賠償請求をしたものであるから*1
プログラムA製作時の契約解釈如何によっては、
原告へのプログラムAの著作権の帰属が否定される余地はあったし、
「二次的著作物の作成権」が被告に認められた余地もあったように思われる。


また、これまでの多くの裁判例で行われているように、
類似性判断において共通部分の創作性を否定する、というアプローチでも
同じ結論は導けたように思われる。


だが、裁判所は、本件において、
プログラムそのものの創作性を否定する、という思い切った判断を下した。

ア 前記認定事実によれば,さきがけは,市販の開発ツールであるデルファイを利用して作成されたこと,デルファイは,イベント駆動型の開発ツールであり,あるイベントに対するプログラムの多くを予め用意するものであること,さきがけは,新聞販売店の有する情報を蓄積し,それを活用するデータベース管理型のプログラムであること,平成9年当時,新聞販売店向けのプログラムは相当数販売されていたことが認められる。このような開発経緯等からすれば,さきがけのプログラムの大部分が,デルファイで用意されているパーツなど,一般的なプログラムの組み合わせからなるものといえ,鑑定嘱託の結果においても,さきがけのプログラムに,一般的なプログラマーにおいて作成することが困難なプログラムは存在しないと判断されているところである。
したがって,さきがけのプログラムには,創作性を有する部分は存在しないと推認される。

そして、
「さきがけ固有の機能に関するプログラムであれば、直ちに創作性が認められる」
という原告の主張についても、

「プログラムの機能としての画期性、独自性は、直ちにプログラムの創作性を意味するものではない」

と述べた後に、

「さきがけは,新聞販売店が有する情報を管理することを目的としており,その基本構造は,顧客名,顧客住所,購読誌,購読料及びその支払情報等の情報の蓄積と,これを画面に呼び出し,集計したり,各種の一覧表を作成したり,領収証等の帳票を作成するという情報の加工からなり,原告がさきがけに固有の機能であると主張する各種機能も,情報の集積とその情報の加工からなることは異ならない。そして,これらの情報の加工は,ある情報を呼び出すこと,それをある帳票と結びつけること,足し算などの簡単な計算を行うこと,データベースの中から簡単な条件に合致する情報を選択することからなり,プログラムとしては基本的なものといえる。」

「プログラムは,これを表現する記号が極めて限定され,その体系も厳格であり,電子計算機を機能させてより効果的に一つの結果を得ることを企図すれば,指令の組み合わせが必然的に類似せざるを得ないことがあり,基本的なプログラムであれば,その機能を実現するためのプログラムが一つしかなかったり,当該プログラムを動作させる環境などから,そのプログラムの表現方法が著しく限定されており,誰が作成しても同一のプログラムにならざるを得ない場合も多く,このような場合には,その表現に創作性を認め,著作物として保護することはできない。また,基本的なプログラムであれば,既に市販の開発ツール等において準備されたプログラムを組み合わせることによって作成することも容易と考えられるが,その場合には,他人の著作物を複製して利用したにすぎないから,新たな著作物として保護されるものではない。」

「上記のとおり,さきがけのプログラムは基本的なものであり,しかも,平成9年当時,顧客管理を目的とするソフトウェアは,新聞販売店向けのものに限っても多数存在し,これらのソフトウェアに搭載されている機能も,基本的な部分はさきがけと異ならないことからすれば,さきがけの機能は,これらのソフトウェアと比較しても独自なプログラムを要求するものとは考えられない。」


として退けた上で、プログラム自体の創作性を否定したのである。


上記のような判断が正しいのかどうかは、
その道の専門家のご意見を拝聴しない限り、
筆者としてはコメントしかねるのであるが、
既存のプログラムをベースにして開発されたプログラムであっても、
一応は何らかの“創作性”を認めた上で、
侵害物件との対比を行っていくのが一般的な考え方だったように思えるだけに、
本件で福岡地裁が示した手法には、やはり興味深いものがある。


判決はすでに確定したとのことで、
上級審の判断との比較をなしえないのは残念であるが、
果たしてこの判決が今後どのように“消化”されていくのか*2
ちょっとした見ものではある*3

*1:これに先立つ差止仮処分は、福岡地裁久留米支部(!)において認容されている。

*2:まったくもってスルーされる懸念がないとはいえないが・・・。

*3:表現方法の制約ゆえ、設計図面や技術論文のようなものについても著作物性を否定していく近年の傾向からすれば、機能的著作物の最たるものである「プログラム」に同じ理を当てはめることにも違和感はないのだが、原告側にとってはさぞかし悔しい判決となったことだろう。

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