受託者には酷な判決・・・?

振動制御システムK2及びK2/Sprintの開発をめぐる
著作権侵害事件の控訴審判決が出された。


知財高判平成18年8月31日(第1部・篠原勝美裁判長)*1


原審では、原告がソフトウェアの翻案権を留保していたか、
というのが主要な争点として争われたが*2
本判決では控訴人(原告)側が、
そもそも翻案権を含む著作権そのものの帰属について争ったため、
当事者間の意思解釈をめぐって、より突っ込んだ攻防が展開されている。


判決の基礎とされている事情を見る限り、
控訴人の側も紛争が生じるまでは、
自らの作成したソフトウェアの被控訴人による改変等について
特段関心を示していなかったようであるから、
控訴人の請求を認めなかった控訴審の結論自体は正しいように思う。


だが、控訴人に翻案権が留保されていることを否定し、
当事者間の契約により翻案権が譲渡された、とする判旨は、
開発を受託した控訴人にとっては、やや酷なもののようにも思える。


以下、“受託者には酷”な本判決の論理を追って見ていくことにしよう。


まず、プログラムの著作権そのものが控訴人に帰属する、
という主張について、

「F3契約について・・・(略)・・・その交渉経緯に照らしても、著作権の帰属に係る条項につき、当事者間で契約文言と異なる合意がされた事情は全く見当たらず、契約文言と異なる解釈をすべき理由は見いだすことができない。」(34頁)

として、原告側の主張を退けた点については、
契約書に明文で、

「第7条〔著作権〕当該製品開発過程で生じる著作権の対象となりうるものは、甲(注,被控訴人)に帰属するものとする。」(29頁参照)

とあることから、これをひっくり返すのは難しかった、
というほかない。


ただ、

「被控訴人自身が、交渉において、「F3はメーカであるIMV殿の所有する製品であり、・・・」(前記1(2)イ)、「製品所有者たるIMV殿の主権」(同エ)と述べているように、控訴人は、交渉過程において、その開発したプログラムについて、被控訴人の支配権を認め、その旨を被控訴人にも明らかにしていたのであり、同プログラムの著作権は当然に被控訴人が有することを前提として交渉し、その旨を被控訴人に表明していたことが認められる。」(34-35頁)

とまでいう必要はなかったであろう。
なぜなら、製品を誰が「所有」するか、と著作権が誰に帰属するか、
は全く別の話なのであり、
この程度の記述をもって、著作権が被控訴人に帰属することを
控訴人が前提としていた、と評価することは酷なように思われるからである*3


また、翻案権が留保されているか否か、という論点については、
当事者間の契約内容に照らし、

「上記に照らせば、控訴人と被控訴人間では、翻案権の所在について明文の条項は定められなかったものの、本件プログラムを改良するなど、被控訴人が本件プログラムの翻案権を有することが当然の前提として合意されていたものと認めるのが相当である。」(38頁)

等と述べて、控訴人が開発するプログラムの著作権は、
翻案権を含め、被控訴人に譲渡された、と判断している。


この点については、
プログラム開発会社にとって重要な翻案権を
三者に安々と譲渡するはずがない、
という控訴人の主張にも一理あるように思えるのだが、
裁判所は、当事者の意思を「合理的に解釈」することによって
上記のような主張をも退けているのである。


確かに、本件では、
開発費として1億8967万6300円、というまとまった額が
支払われていることから、
ライセンス料としての「歩合開発費」をもって開発コストを回収する、
という控訴人側の主張が説得力を欠いた面があることは否めないし、
そもそも控訴人側がいかなる投資回収スキームを描いていたか、や
「プログラムの価値の大きさ」が、
翻案権が留保されているか否かの解釈に直接影響を与えるものではない、
というのは判決に述べられているとおりである。


ただ、ソフトウェアのプログラム開発を業とする会社にとって、
「翻案権を譲渡する」ということは、
以後の同種プログラムの開発可能性を失うことにもなりかねない
重大事である。


それゆえ、法律構成としては、
翻案権の明示ないし黙示の利用許諾、と解した方が、
妥当な場合も多いのではないだろうか。


裁判所は、翻案権の帰属に固執する控訴人に対し、
以下のような説示をもって、トドメを刺している。

「控訴人のそれまでに蓄積した技術を駆使すれば、本件プログラムの翻案に当たらない、振動制御器のためのプログラムを開発することは格別困難なものではないはずである。一方、被控訴人が翻案権を有するか否かは、被控訴人にとって重要であるから、翻案権を控訴人に残しておかなければならない合理的な理由があるとは到底いえないし、歩合開発費と市場競争力維持の貢献の義務との関係が控訴人主張のように認められるものでないことも上記のとおりであり、控訴人主張は、失当である。」(45頁)

実のところ、この分野におけるプログラム開発の実態を
筆者は知らないので、上記のような説示の妥当性については、
如何とも判断しかねるところがあるのは否めないのだが、
そうでなくても改良に改良を重ねることで進化を遂げている
プログラム開発の現場において、
失われた翻案権に抵触することなく、新たな開発を行うことが
「格別困難なものではない」と言い切れるのか、疑問なしとはしない。


なお、個人的には、
被控訴人側の主張のうち、

著作権法61条2項の創設に当たり念頭に置かれていたのは、懸賞募集の場合のように、画一的フォームの一方的契約約款による著作権譲渡のケースである。プログラムの著作物のように恒常的に改変することを予定されている著作物は、翻案権等も譲渡の対象に含まれていると扱わない限り、契約の目的を達成しない場合があり、文化審議会著作権分科会においても指摘されているように、企業同士の著作権譲渡契約で、かつ、本件のようなプログラムの著作物の譲渡契約では、全く想定されていないものであり、上記条項による推定はほとんど意味をなさないか、推定の程度が著しく弱いものである」(12頁)

のあたりに興味があったのであるが、
これに対する明確な回答が判決の中で示されなかったのは残念である*4

*1:H17(ネ)第10070号・著作権侵害差止等請求控訴事件

*2:東京地判平成17年3月23日・H16(ワ)第16747号

*3:そもそも「歩合開発費」を要求するやり取りの中で、余計なリップサービスをした控訴人の側にも問題がなかったとはいえないのだが。

*4:もっとも、地裁、高裁ともに、結論としては推定を覆しているのであり、上記のような考え方が根底にあるといえなくもない。

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