「異様な格差」論への疑問符

どうやら今日は新司法試験の合格発表前日らしい。


・・・だから、というわけではないのだが、
最近話題になっていた『黒猫のつぶやき』の記事について、
ごくごくあっさりと感想を述べてみたい。
(記事については、http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/d/20060915参照)


まず、上記記事を見て自分が感じたことをいうなら、

「不毛な議論」

その一言に尽きる。


母集団の差異を鑑みることなく、
見かけ上の試験倍率だけで「合格水準」を憶測すること自体、
どこか間違っていると言わざるを得ないのだが*1
それ以上に「格差」を論じることが不毛だと感じられる理由は、
旧試験の合格者と新司法試験の合格者が併存するのは、
制度変革の過渡期、というわずかな期間に限られた話でしかない、
ということにある。


合格者同士の“横の比較”はいずれできなくなるのだから、
それ以降は、あくまで
「旧試験時代の合格者」と「ロー&新試験時代の合格者」の
“縦の比較”で論ずるしかなくなるわけで、
そうなると、どちらの合格者が優秀か、などという話題は、
沢村栄治松坂大輔を比べるとどっちが球が早いか」
という次元の“もしも”話に収束していくのが
オチであるように思われる。


もちろん、“縦の比較”時代に入っても、
「ロー卒の弁護士は出来が悪い云々・・・」という議論を、
吹っかける者がいなくなることはないだろうが、
5年、10年と実務経験を積んだ弁護士が、
修習を終えたばかりの弁護士よりも能力的に優れているというのは
当たり前の話なのであって、
「誰しも初めは未熟だった」ということを看過した議論に、
実りあるものがあるとは思えない。


仮に、新試験合格者の合格水準が
旧試験合格者のそれに比べて著しく低かったとしても、
その道に邁進して経験を重ねていけば、
専門家として求められる領域に達することは
さほど困難なことではない*2、というのは、
何のベースもバックグラウンドもなく業界に飛び込んだ
ステートアマ(企業法務担当者)の中に、
時にプロ(弁護士)を唸らせるほどの実務能力を発揮している者が
数多くいる、という事実からも明らかであろう*3


むしろ怖いのは、

「こんな試験しか通っていない弁護士では、たとえ採用しても当分は免責審尋要員にしか使えないだろうし、給料も事務員の幹部レベルよりは低くせざるを得ないな、と思ってしまいます。」

などという悪しき先入観を与えることによって、
運悪くそれを信じてしまった合格者が、
経験を積むための意欲をなくしてしまうことの方だろう。


一流、と言われる法科大学院の院生なら、
大手渉外事務所のロー生に対する“採用意欲”の高さを
肌身にしみて感じているだろうから、
惑わされるはずもないはずなのだが*4
合否に向けた不安と同じくらい、
自らの将来に向けて不安を募らせているロー卒生もいるのではないか、
と思うと、他人事ながら胸が痛む。


「司法試験」という仰々しいタイトルが付いていても、
行き着くところは、“ただの資格試験”に過ぎないのであって、
仮に、突破するための労力が従前のそれとどんなに差があったとしても、
「有資格者」として同じポジションに立てたことに変わりはないはずだ。


だとすれば、
合格の次の日から考えるべきことはただ一つ。


「そこからいかにして実になる経験を積んでいくか」


その一点に尽きるのではないだろうか?


任官や大手渉外入りが可能な人々に対しては、
「おめでとう」と一言言えば済む話だが(笑)、
別にそういった環境でなくても、
実のある経験を積める場所はいくらでもあるはずで、
これからの業界の勢力バランスを考えれば、
小さな事務所に潜り込むのも一つの手ではあるだろう*5


法律事務所への就職が難しいのなら、
一般企業への就職だって、選択肢の一つに挙げてよいはずだ。


司法試験に合格した有資格者を
「単なる院卒扱いで」他の社員と同等に扱えるほど、
一般日本企業の法務スタッフの陣容は充実していないし(苦笑)*6
福利厚生の充実した会社に入れば、
若い頃の額面給与の薄さは十分にペイできてしまう、という、
日本企業のクオリティを甘く見てはいけない(爆)*7


少なくとも、試験のレベルが低かったら不利な立場に・・・
なーんてことは、今考えるべきことではない、
と思うのである*8


・・・というわけで、以上もっともらしく呟いてみたが、
簡単にまとめると、

「新しい門出を控えた法科大学院1期生に向かって、不毛な議論を吹っかけるような野暮なことはするもんじゃない。」

ということになろうか(笑)。


なお、何のしがらみもない一アマチュアとしては、
新試験合格者だろうが、旧試験合格者だろうが、
関門を潜り抜けた“まっさらな”有資格者として、
ただただ敬意を払うべき対象であることに変わりはないのであって、
どちらか一方だけの肩を持つつもりは毛頭ない。


ゆえに、今回は時節柄ロー生を持ち上げたが、
2週間後には一転して、
旧試験組の勇者を持ち上げることも当然にありうるので、
良識ある読者の皆様には、
筆者に対して、「変節者」などという故なき批判をなさることのないよう、
あらかじめお願い申し上げたい・・・。

*1:この論理で行けば、昨今合格率が急低下している行政書士あたりが、もっとも「合格水準」の高い法律職資格、ということになりそうなものだが、そんな話を真に受ける人が実際にいるとは思えない。

*2:少なくとも、“報酬泥棒”と企業側の担当者に揶揄されることはない。

*3:筆者自身はその足元にも及ばない存在に過ぎないが・・・。

*4:彼/彼女たちの多くはリアリストであり、“ローの理念”なるものに全面的な信頼を置いているわけではないので、ある種の“リップサービス”まで信じ込むのは危険だと思うが、それを差し引いても、採用意欲は高いな、というのが裏側から話を聞いている者の率直な感想である。

*5:大手事務所が巨大化すればするほど、小回りの利くアットホームな事務所も確保しておきたい、と思うのが企業実務サイドに共通する率直な心情である。

*6:しばらく腰を据えて働く意欲のあるロー卒生に対する企業人事部の“採用意欲”は、実は渉外事務所と同じくらい高いのだ、ということに最近気付いた(笑)。

*7:合格者数が爆発的に増えたらそれさえ叶わなくなる、という意見もあるだろうが、仮定に仮定を重ねたような前提で話をすることは、ここでは差し控えたい。

*8:その逆もしかりで、受けた教育がどんなに素晴しくても、実務経験を磨かなければやがて使い物にならなくなる、ということは肝に銘じておくべきことではないかと思う(そういう実例をこれまで結構見て・・・以下自主規制(笑)。

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