最高裁判決から一夜明けて

「DVDなどの光ディスク読み取り技術を発明した日立製作所の元社員、米沢成二氏(67)が発明対価の支払いを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第三小法廷(那須弘平裁判長)は17日、「外国特許分も対価を請求できる」との初判断を示した。そのうえで海外特許分も含め約1億6300万円の支払いを同社に命じた二審判決を支持、同社側の上告を棄却した。米沢氏の勝訴が確定した。」(日経新聞2006年10月18日付朝刊・第1面)

一夜明けて、今朝の朝刊は
各紙ともこのニュースを大きく取り上げていた。


ニュースとしての面白さは、
最高裁で実際に判断された「外国特許の譲渡対価」の話よりもむしろ、
1億6000万円という「過去2番目」の譲渡対価が認められたこと、
そのものにあったようで、
控訴審レベルで決着済みだった「発明者貢献度20%」や、
クロスライセンス契約がなされている場合の対価の算定、
といった話もセットで論じられていたのは予想どおりといったところ。


発明者貢献度に関しては、
CDプレーヤーに関する画期的な発明だったのだろうから、
世間相場よりも高めに出ても仕方ない、といった感じはするし*1
クロスライセンス契約の問題に関しては、
実際に実施料のやり取りがなくても
「対等なライセンス契約」の存在を擬制することで
企業の側にもメリットが認められる以上*2
こういう場面での不利益もある程度は享受せざるを得ないと思われるので、
個人的には、控訴審判決の時点でもそんなに違和感は抱いていなかった。


今回たまたま金額が大きくなったから、
問題視する声も出てくるのかもしれないが、
裁判所の側もその辺はメリハリを付けて判決を書いているようで、
実際に多額の補償金の支払いが発生した件名は、
そうたくさんあるわけではないのだから、
使用者の側としては、そんなに慌てることはないだろう。


その意味で、今回の判決のインパクトは、
オリンパス事件の最高裁判決のそれに比べれば、
さほど大きなものではないように思われる*3


日立製作所は、以下のようなプレスリリースを出している。
http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2006/10/1017.html

 本日、当社元従業員の職務発明の補償金請求訴訟について、最高裁判所第三小法廷において、当社の上告を棄却する判決がなされました。「旧特許法第35条に基づいて、従業員は外国特許を受ける権利を会社に譲渡した対価を請求することはできない」との当社主張を退ける判決がなされたことは、誠に遺憾です。
 また、10月10日に「包括的クロスライセンス契約における会社が受けるべき利益の額」の算出方法に関して、当社が契約の相手方に本来支払うべきであった実施料とすることが合理的であり、相手方が本来支払うべきであった実施料とすることは不合理とする当社の上告受理の申立てを退けられたことは大変残念です。
 本件は、日本における企業の研究開発や事業活動に大きな影響を与えるものであると憂慮しています。

だが、これもあらかじめ用意されたシナリオどおり、
といったところであり、当の日立とて、
実際にはもはや「大きな影響」を
憂慮してなどはいないのではないだろうか。


新聞記事では、
「報奨ルール、企業、再見直しも」という小見出し
付けられたりもしているのだが、
実際には、昨日のエントリーでも触れたように、
昨年4月の法改正の際に、
外国特許についても国内特許に関する社内規程の条項を
適用、ないし準用する、と規定したところがほとんどだろうから、
今回の判決を受けてあたふた動く、という会社は皆無に等しいはずだ*4


なお、上告代理人である末吉亙弁護士の「上告受理申立て理由」のうち、
今回最高裁が判断したのは、第3、第4のみで、
他の上告受理申立て理由は退けられた、というのは
上記日立のプレスリリースからも明らかなのだが、
果たして、会社側代理人サイドがどのような上告受理申立て書面を
作成したのか、個人的には興味深々である*5


日立側で作成した↓の資料などを見ると、
http://www.ryutu.ncipi.go.jp/seminar_a/2006/pdf/25/B4-3.pdf
他の上告受理申立て理由としては、
特許法35条3項、4項の解釈そのもの、
②「使用者の受けるべき利益」の算定(会社側のリスク分の控除)
③クロスライセンス対象分の利益額の算定
といったところになるようだが、
①については、既にオリンパス上告審判決で決着済みだし、
②、③については、事実審レベルで決着が付く問題、と考えられるので、
不受理もやむをえなかった、というべきなのかもしれない。


ちなみに、今朝の各紙朝刊では、
社説等でも“一言”述べられているものが多かったが、
どれも使い古された話ばかりであまり面白くはない。


日経新聞には、
日本知的財産協会の土井英男事務局長の余裕あふれたコメントと並んで、
お馴染み、中村修二教授のコメントが掲載されているが、
これまた壊れたテープレコーダーのようで(笑)、
全くもって興ざめである。

「日本企業は今まで発明者を冷遇してきたことを素直に認め、社内の報奨規定を早急に変えるべきだ。日本における技術者や研究者への報酬は、芸能人やスポーツ選手、証券業界関係者に比べて非常に少ない。このままでは技術者を目指す若者が減ってしまう。」(前掲日経新聞・第3面)

この国で“研究職”と呼ばれている人々の
決して芳しくない労働環境に光を当てた、という点では、
中村教授の問題提起は決して意味がなかったわけではないと思うが、
すべて“カネ”の問題に帰着させてしまう氏の論調には、
もはやついて行けない、と思っている人々も多いわけで*6
それでも、相も変らぬ紋切り型のコメントを垂れ流している
メディアをみると、何だかなぁ・・・という気分になる。


いずれにせよ、
職務発明訴訟の最後の“大ヤマ”が終幕を迎えたことで、
飽きっぽいメディアのこと、今後この話題が人目に触れる機会は
大幅に減っていくことが予想される。


実のところ、一連の職務発明訴訟の背景にあった
「研究開発に従事する社員の処遇の問題」は、
いまだ画期的な変革を遂げた、とはいえない状況だし、
プロが“プロとして”仕事ができる環境の整備に向けて、
まだまだ企業が取り組まなければならない課題は
多く残されていると思うので*7
このままこの種の話題が“フェードアウト”してしまうことには、
一種の危機感を抱くべきなのかもしれない。


だが、そのことで、
“金額の多い少ない”といった下世話な次元の話を離れて、
本当に意味のある落ち着いた議論ができるようになるのであれば、
それはそれで良いことなのかもしれない、
と思ったりもする。


景気のいい訴訟が世を賑わせた華やかな時代の終焉。
知財部門に籍を置いて、そんな時代に翻弄されていた身としては、
いい意味で、「後から振り返ればあれがターニングポイントだった」
と言える日が来ることを切に願うのみである。

*1:もっとも青色LEDの和解に関する考え方が出された後であれば、否が応でも5%に押さえ込まれたかもしれないが。

*2:一方にとっては本来支払うべき対価を免れる、という効果が、もう一方にとっては現実にロイヤリティ収入が入ってきた場合の課税を免れる、という効果が認められるだろう。

*3:今思えば、認容額としては些少なものに過ぎなかったが、オリンパス事件で確定した35条の解釈論のインパクトはやはり大きかった。オリンパス事件の原告はさしづめ、プロサッカー界におけるボスマン選手のようなものだろうか(笑)。

*4:大体企業法務の現場は、一番厳しいハードルが課されたことを前提に動くもので、平成16年1月に既に外国特許分の支払いを命じる判決(本件の控訴審)が出されている以上、平成17年春の規程改正の際には、当然にそれが反映されていてしかるべきなのだ。

*5:もちろん、今回判断された外国特許をめぐる問題で、どのような主張を展開したのか、も。

*6:それも文系社員をはじめとする他系統の人々からの感想、というだけではなく、当の研究職社員の中からも反発する声が多いのが現実。

*7:もちろんこれは、研究職社員に限った話ではない。いずれこの話題に関しては、稿をあらためて論じることになるだろうが。

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