貸金業規制の行方

貸金業者に対する規制の動きが一気に加速している今日この頃だが、
ジュリスト1319号の特集、「貸金業規制の課題と判例法理」を参照しつつ、
若干の感想を*1


まず、論点の一つとして挙がっている「規制強化の影響」だが、
個人的には、「ヤミ金融の跋扈」を懸念する業界側の意見にも一理あると思っている。


「どうしても今すぐお金が必要」な人々は少なからず存在しているのであって、
そういった人々の頼みの綱であった合法な消費者金融事業者が
上限金利の引き下げによって積極的にリスクをとらなくなったとしたら、
あぶれた人々は必然的に違法業者であることを承知で、
ヤミ金”に手を出さざるを得ない。


野村教授は、このような想定を肯定した上で、
違法なものは違法*2、とし、
それが貸金業の規制強化に反対する根拠とはなり得ない*3
説かれているが、

ヤミ金がはびこるかどうかは、警察当局等によるヤミ金の取締りが成功するかどうかにかかっている。したがって、上限金利の引下げがヤミ金を増加させる可能性を孕んでいるのであれば、徹底した取締りの強化が必要なだけのことである。ヤミ金を合法化することで臭い物に蓋をするのは解決とは言えない。」(野村・前掲6頁)*4

と簡単に割り切ってしまってよいものなのかどうか。


現状でさえ取締りの実効性には疑問が呈されているところなのに、
仮に規制強化によってヤミ金融業者が増加した場合、
果たしてそれに対応するだけの能力を警察当局が備えることが可能なのか、
またそれが可能になったとしても、
そこには莫大な社会的コストが費やされるのではないか、
といったことを考えると、
上記のような立論には、懐疑的にならざるを得ない。


また、第二の論点として、
野村教授は、「多重債務者に対するセーフティネット」を
政府が導入することの必要性を強調されているが*5
それ以前に、現在消費者金融が果たしている一種の
セーフティネット的な機能にも目を向けた方が良いのではないか、
というのが自分の見解である。


「必要もないのにお金を借りて自滅する」人々を減らすために、
広告規制なり何なりの対策を講じることの意味は認められるにしても、
それによって、真の資金ニーズを有する人々の救済の途を絶つようなことは、
あってはならないと思われる。


ちなみに、貸金業規制の問題をめぐって、
常に念頭に置かれているのは「多重債務問題」であり、
消費者側を代表する宇都宮弁護士のみならず、
野村教授も、この点を殊更に強調されているようである。

「多重債務問題を引き起こしてしまった後で、いくらヤミ金流出論を叫んでも、説得力を持ち得ない。合法ドラッグのバイヤーが、自ら中毒患者を蔓延させ社会問題を引き起こしておきながら、患者から急に薬を取り上げると犯罪等に走る危険性があるので、薬の非合法化は避けるべきだと主張しても、恐らく誰も説得されないだろう。使用を認めるかどうかを初めて話し合ったのであれば、厳格な中毒防止策を講ずるならば合法化しても構わないと主張するものでも、中毒患者が蔓延した後では、その主張を維持することは難しい」(野村・前掲12頁)

といったくだりなど、
なかなか手厳しいといわざるを得ない。


だが、実のところ、
何らかのキャッシングサービスを利用する者のうち、
いわゆる「多重債務問題」の渦中にある者がどれほどいるというのだろうか*6


もちろん悲惨な事例は数多く報告されている。
だが、消費者金融というシステム全体を見渡した時、
ごく一部の“悲惨な事例”だけに目をとらわれて制度設計することが、
果たして本当に理に適ったことといえるのか、
筆者としては疑問を感じている*7


自分は、元々消費者金融の能天気なCMに著しく不快感を感じている人間だし、
規制強化の動きに反論するために、
貸金業従事者の失業リスク」*8だの、「株主、社債権者の財産価値低下」*9だの、
といった理由まで持ち出して反論する業界団体側の論理には、
とてもではないが組することはできない。


だが、極端な事例にだけに着目し、
一面的な解決策のみを提示することで事たれり、としてしまいがちな
政策立案サイドの悪い癖*10が、今回も出てきているのではないか、
その一点のみがどうも気になってならないのである・・・。

*1:この特集には、研究者、消費者側弁護士、業界団体の三者の論稿が掲載されている。野村修也「貸金業規制の行方」ジュリスト1319号2頁(2006年)、宇都宮健児貸金業規制の課題−消費者の立場から」ジュリスト1319号13頁(2006年)、石井恒男「貸金業制度改革の方向と影響について」ジュリスト1319号22頁(2006年)。

*2:その背景には、現在の金利水準が「社会的に相当な金利水準」に比して高すぎる、という判断があるようだが(野村・前掲6頁、10頁)。

*3:野村・前掲6頁。

*4:宇都宮・前掲18頁も同旨。

*5:野村・前掲12頁。

*6:皆が皆、返済不能な多重債務者となるのであれば、そもそも消費者金融などというビジネスは成立しえないだろう。

*7:さらに言えば、「多重債務問題」を考える上で、貸付時の金融業者側の姿勢を問題視することは正当だとしても、“苛酷な取立て”を過度に強調することはいかがなものかと思う(宇都宮・前掲16頁参照)。「借りたものを返す」というのは債務者の絶対的な義務であるにもかかわらず、それを自ら進んで行おうとしない人々は、この世には実に多い。ゆえに、取立ても“苛酷”にならざるを得ないのであって、そこで返済しない側の非を問うことなく貸金業者側だけを責め立てるのは、借り手側のモラル・ハザードを招き、さらなる「多重債務問題」の深刻化につながる危険な行為であるといえよう。

*8:石井・前掲24頁。失業する“3万名近くの従業員”という数が、この文脈において果たしてインパクトを持ちうるのかは大いに疑問である。

*9:石井・前掲24頁。

*10:特に議員とマスコミ主導で行われる制度改正に良く見られる。

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