消費者団体訴訟の課題

元来“法務本流”(苦笑)を自負している筆者のこと、
時々、自分の仕事と全然関係ない相談ごとが
なぜか舞い込んでくることがある。


消費者団体訴訟をめぐる対応もその一つ。
消費者契約法の改正に伴い、来年6月7日から導入されるこの制度、
最近になって各種法律雑誌でもいろいろと取り上げられているが、
コアとなる差止請求権に関し、不思議な行使制約事由が設けられている。

5 前各項の規定による請求(以下「差止請求」という。)は、次に掲げる場合には、することができない。
一 当該適格消費者団体若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該事業者等に損害を加えることを目的とする場合
二 他の適格消費者団体を当事者とする差止請求に係る訴訟等(訴訟並びに和解の申立てに係る手続、調停及び仲裁をいう。以下同じ。)につき既に確定判決等(確定判決及びこれと同一の効力を有するものをいい、次のイからハまでに掲げるものを除く。以下同じ。)が存する場合において、請求の内容及び相手方である事業者等が同一である場合。ただし、当該他の適格消費者団体について、当該確定判決等に係る訴訟等の手続に関し、次条第一項の認定が第三十四条第一項第四号に掲げる事由により取り消され、又は同条第三項の規定により同条第一項第四号に掲げる事由があった旨の認定がされたときは、この限りでない。
イ 訴えを却下した確定判決
ロ 前号に掲げる場合に該当することのみを理由として差止請求を棄却した確定判決及び仲裁判断
ハ 差止請求をする権利(以下「差止請求権」という。)の不存在又は差止請求権に係る債務の不存在の確認の請求(第二十四条において「差止請求権不存在等確認請求」という。)を棄却した確定判決及びこれと同一の効力を有するもの
6 前項第二号本文の規定は、当該確定判決に係る訴訟の口頭弁論の終結後又は当該確定判決と同一の効力を有するものの成立後に生じた事由に基づいて同号本文に掲げる場合の当該差止請求をすることを妨げない。

このうち、第1号の事由は
ある程度常識的なものとして理解できるとして、
評価が難しいのは第2号である。


立法担当者は、

「本制度では複数の適格消費者団体が存在し得るが、仮にその請求権の行使に何らの制約も設けないとすると、同一事業者等に対する同一内容の請求に係る訴えが判決の確定後も繰り返し無制限に提起され、矛盾判決が併存するとともに、事業者等が過大な応訴の負担を負い、訴訟経済に反する等の弊害を生ずることとなる。そこで、これらの弊害を排除する観点から・・・」

行使制限を設けたと説明しているのだが*1
ここで実体法上の請求権の喪失、という立法技術を用いることによって
事業者側の利益を守ろうとしたことに対しては、
訴訟法の観点からは批判も強いところで*2
これによって、
「訴訟外における実体権の存在を前提とした活動も許されない」*3
とされることになるのであれば、

「既判力の拡張によって処理せずに、実体法上の権利の制限という構成によったのは、立法技術的には望ましい選択ではなかったように思われる。」(前掲・三木66頁)

という指摘も、至極もっともであるように思われる。


おそらくこのような規定は、濫訴を危惧した産業界側の要望を
少なからず反映したものだと思われるが、
企業側にとっても、このような「制限」が有利に働くとは限らない。


消費者団体が最初に提起した訴えの帰趨如何によって
他の団体による訴訟外での交渉の途まで封じられかねないのだとすれば、
消費者団体の側としては、おいそれと和解にも応じられないことになり*4
企業側がさっさと和解でカタを付けたい、
と思ったとしても困難を強いられることになるし、
元々何ら非がない、と思っている企業にとっては、
「ガス抜き効果」*5を期待できないまま、
「請求内容の同一性」に関して不毛な攻防を行う手間を
負うことになったり、
地裁、高裁の微妙な事実認定のせいで敗訴となったときに、
それを挽回することなく甘受しなければならない、
といったデメリットを背負わされることになったりするのは、
決して愉快なこととはいえない。


今回の相談事、というのも、
複数の消費者団体が訴訟を提起してきたときにどう対処すればよいか、
という一種のシミュレーションだったのだが、
下級審の係属裁判所が区々となる可能性がある中で(43条2項参照)、
上記のような権利行使制約事由が設けられるとなると、
裁判所としても、ある程度事案が出そろうまでは、
最高裁での)終局的な判断を出せないのではないか
(ゆえに紛争そのものが長期化するのではないか)というヨミで
担当者の見解はほぼ一致した。


まぁ、決着を付けるのに慎重になるというのは、
三木教授が主張されるような「既判力の拡張」という
立法技術を用いてもさほど状況が変わるとは思えないし*6
そもそも消費者に嫌われなければ何の問題もない(苦笑)
のは確かなのだが、
実定法の世界に突如として飛び込んできたこの訴訟法的規定が
どのように解されていくのか予想するのが困難な現状では、
個々の消費者に訴訟を起こされていたときより、
かえって展開が見えにくくなったのではないか、
というのが率直な感想である。


とりあえず、消費者団体訴訟第1号の被告にならないことを願って、
ここは今後の実務の蓄積を待つほかないのだろうか・・・。

*1:加納克利「消費者契約法一部改正の概要」ジュリスト1320号49頁(2006年)。

*2:三木浩一=上原敏夫=大村多聞=加納克利=野々山宏=山本豊「座談会・消費者団体訴訟をめぐって」ジュリスト1320号31-32頁(2006年)〔上原敏夫、三木浩一発言〕。三木浩一「訴訟法の観点から見た消費者団体訴訟制度」ジュリスト1320号65-66頁など。

*3:前掲・三木65頁。

*4:大高友一「消費者団体訴訟制度における法律実務家の役割とその留意点」ジュリスト1320号96頁(2006年)。

*5:グダグダとした法的紛争が生じている場合に、訴訟で白黒をはっきり付けさせることで紛争が鎮まるケースは実に多い。

*6:いくら請求権自体は失われないから訴訟外の権利行使は可能、といっても、公権的判断に基づくエンフォースメントを期待できない状況になってしまうことに変わりはないのだから、賢明な消費者団体であれば、安易な決着で妥協するという選択は取らないだろうと思われるし、そもそも多数の利害関係者をバックに背負った消費者団体のこと、権利行使制約事由が設けられなくとも、最高裁判決が出るまでは引くに引けなくなるはずで、結局決着が遅れるのはこの種の訴訟に伴う必然、ということになるのではないかと思う。

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