恐るべきソフトバンク

近頃ソフトバンクの「予想外割引」が世を騒がせている。


携帯番号継続サービスの導入に合わせて広げられた“大風呂敷”、
一連のシステム障害さえ演出なのではないかと思わせるような
大胆なる奇襲戦略には、苦笑しつつも
「さすが」と感じさせられるのであるが、
そんなソフトバンクグループの“恐ろしさ”が垣間見える判決が、
今年の春、世に出されていた。


東京地判平成18年3月30日(第46部・設楽隆一裁判長)*1
原告は平成電電株式会社。
被告はソフトバンク株式会社、日本テレコム株式会社、という
同業者間のガチンコ対決である*2


本件事案は、原告が被告ソフトバンクほか2社に開示した
回線交換方式による直収電話サービスに関する営業秘密」を
同被告らが、被告日本テレコム株式会社に不正開示した、として、
営業秘密の開示差止及び営業秘密を使用した電話サービスの販売差止、
を求めたものであったのだが*3
一流の代理人がバックについているだけあって、
当事者の主張はかなり充実しており、
問題となっている個々の営業秘密について、
それぞれ、有用性、非公知性、秘密管理性といった
不正競争防止法上の「営業秘密」の保護要件から、
不正開示、不正使用行為の有無や差し止めの必要性に至るまで、
丹念な主張立証が試みられている。


特に、個人的に興味深いのは、
秘密管理性をめぐって争われている部分で、
原告が被告との資本提携交渉において
「秘密保持契約」を締結したこと等をもって、
秘密管理が徹底されていたと主張したのに対し、


被告側が

「同契約は、M&Aにおけるデュー・デリジェンスを行う際に通常締結される類のものにすぎず、本件営業秘密1が特に他の営業秘密でない情報と区別されて秘密として厳重に管理されていたこともない。」(17頁)

と反論したくだりなどは、
このような「秘密管理」が、
不競法上の「営業秘密」としての保護に値するものといえるのか、
実務上、興味深い争点になっているといえる*4


本判決においては、
原告が主張する「営業秘密1」*5について、

「非公知性を欠くものであり、営業秘密として保護されるべきものではない」(84頁)

と片付けられているし、
原告が主張する「営業秘密6」*6については、
有用性、非公知性を認め、

「その秘密管理性が肯定されれば、不正競争防止法における「営業秘密」として保護されるべきものである。」(105頁)

とまで述べているにもかかわらず、
続いて「不正開示行為の有無」を検討し、

「基幹網ルートや予想される音声データ等のトラフィック量などの前提となるものが異なる被告らにとっては、直接的に有用な情報であるということはできず、また、上記のとおり、製造メーカーなどとの協議や見積もりにより決定され、あるいは、判明する事柄であるから、被告ソフトバンクがこれを本件秘密保持契約に反し、被告日本テレコムに開示する必要性もないというべきである。」(107頁)

として、原告の請求を退けてしまうなど、
上記の争点に関する「秘密管理性」該当性判断は
残念ながらことごとく回避されてしまっているのが残念なのではあるが、
他にも、「営業秘密2」*7について、

「NTTは、他事業者に対し不当な差別的取扱を禁止されているのであるから、公示されている接続約款等に基づき、原告サービスと基本的な構成を同じくする被告サービスを営む被告日本テレコムに対し、その協議の過程において、本件営業秘密2と基本的に同じ内容を確認事項案として開示する義務を負う」(88頁)

がゆえに、被告による不正開示行為が存在しないとしていたり*8
メーカーが納入した交換機等の製品に関する情報*9について、
本来メーカー側が単独で開示ないし実施しうる情報(ノウハウ)
であることをもって、
原告の請求を退けていたりして*10
営業秘密をめぐる判決としては、
なかなか読み応えがあるものとなっている。
(結果としては原告の請求が全面的に棄却された。)


・・・で、本題はここからだ。



提訴から判決まで、そしてその後、と時系列を辿るにつれて、
当事者を取り巻く環境は激変している。


被告を提訴した時点(2004年11月29日)では強気だった原告平成電電だが*11
加入者数が採算ラインに遠く及ばなかったがゆえに、
本件係属中の2005年10月3日、民事再生法を適用するハメになった*12


そして、地裁でソフトバンク側の勝訴判決が出された2006年3月30日*13の後に
何が起こったか、といえば、
賢明な読者の皆様は既にお気づきのとおり、
平成電電民事再生を断念し2006年6月7日に破産手続開始、
そして日本テレコムに対する営業譲渡が発表されたのである*14


訴訟に敗れた上に、自主再建を断念せざるを得ない状況に追い込まれ、
おまけにかつての“宿敵”に事実上吸収されてしまった
平成電電側スタッフの心境はいかばかりか、と推察するが、
裏返せば、そこにソフトバンク側の戦略の凄さ、
の一端を見ることができる(笑)*15


平成電電との資本提携を画策しつつも、
一転して競合サービスの提供を開始し、
相手が衰弱しきったところで美味しいところを持っていく、
という2年越しのソフトバンクの戦略。
まさに“戦国絵巻”を地で行くようなものではないか(爆)。


大体、つい先日まで訴訟で争っていた相手方を
買収するなんて荒業にはそうそうお目にかかれるものではあるまい*16


もし、本件で仮に原告が勝訴していたら、
果たしてどういう処理になったのだろうか、と
不謹慎な想像をするのもまた一興。


いずれにせよ、何をしでかすか分からない、
ソフトバンクグループの“怪”進撃は、
まだまだ我々を愉しませてくれそうである。

*1:平成16年(ワ)第25297号、営業行為差止請求事件。もっとも、この判決がアップされたのは6か月後の9月末である。

*2:代理人を見ても、原告側がアンダーソン毛利友常、被告側が中村直人弁護士の事務所、となかなか本格的な(笑)対決といえよう。

*3:その背景には、被告ソフトバンクが主導した原告との資本提携交渉、そしてそれに伴うデュー・デリジェンスの過程での原告の被告に対する情報開示、という事情が存在する。平成16年3月30日に原告サイドの打診で始まった提携交渉は、秘密保持契約を締結した同年4月2日から本格的に始まり、同年5月25日の「原告を買収しない旨の申入れ」によって終結したのであるが、その後、被告ソフトバンクが被告日本テレコムを買収し(同年7月30日)、その1ヵ月後(同年8月30日)に原告と競合する「おとくライン」を開始する旨発表したために(同年12月1日にサービス開始)、被告ソフトバンクによる不正開示行為が疑われることになった。

*4:営業秘密管理がいろいろと問題にされるようになっている現状でも、「とりあえず秘密保持契約を結んでおけば大丈夫」的な運用で事たれりとする風潮が存在しているのは事実である。また他にも、原告が「文書管理規程」等の存在に基づき営業秘密の管理を徹底していた、と主張する一方で、被告側が実際に規程に基づく取扱いがなされていなかった、と反論するなど、実務上いろいろ示唆されるところの多い攻防だと思う。

*5:NTT加入者宅からNTT電話局との間に設置されたメタル(端末)回線(ドライカッパー)の電話音声帯域(概ね0〜4kHz程度)を含む全周波数帯域をNTTから借り受け、同メタル(端末)回線において電話音声帯域を使用して提供する回線交換方式による直収電話サービスに関する原理。

*6:原告サービスの利用状況、収支状況、当該サービスを提供するために導入している設備、機器、装置及び備品等に関する設置状況及び費用情報、その他直収電話サービス事業の収益性・採算性の検討及び判断に有用な情報

*7:NTT加入者宅からNTT電話局との間に設置されたメタル(端末)回線(ドライカッパー)において電話音声帯域(概ね0〜4kHz程度)を使用して提供する回線交換方式による直収電話サービスに関して、原告がNTT東日本及びNTT西日本との間で交渉し、合意又は確認した事項。

*8:ここは「非公知性」の問題として処理しても良かったように思われるのだが・・・。

*9:営業秘密3、同4②、5②。

*10:「秘密管理性」ないし「非公知性」の問題なのか、それとも端的に「帰属」から論じようとしているのか、法的構成がイマイチ明確でないところがあって、そのあたりは引っかかるのであるが・・・。

*11:http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0411/29/news065.htmlの記事参照。

*12:http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0510/03/news097.htmlの記事参照

*13:http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/03/30/11458.htmlの記事参照

*14:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%88%90%E9%9B%BB%E9%9B%BBを参照。

*15:もちろん、すべて計算づくで動いていたわけではないのだろうが。

*16:元々企業買収等をめぐって訴訟になっていたような場合は別として。

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