試されるリーガルマインド

株式会社東京リーガルマインド、といえば、泣く子も黙る法律資格試験最大手の予備校(=LEC)であるが、どうもこの会社、知財関係のトラブルによく巻き込まれる傾向があって、「出る順宅建」事件や伊藤塾競業差止事件で原告になったかと思えば、海の向こうのソフトウェアメーカーに無断コピーで訴えられたり、と、話題にはことかかない。


そんな中、再び彼らの“リーガルマインド”(笑)が試された事件の判決が出されている。


東京地判平成18年11月15日(第40部・市川正巳裁判長)*1


事案の概要を簡単にまとめると、

①経営戦略研究所(株)という会社(被告)の依頼に応じて、原告が「中小企業診断士合格ポイントマスター(下)」の一部を執筆。
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②それに先立ち、東京リーガルマインドは経営戦略研究所(株)に対して、中小企業診断士試験用講座の実施とテキスト作成を委託しており、経営戦略研究所(株)の代表者Bは、原告から受け取った原稿を元に、上記講座のテキストである「中小企業診断士試験2次ストレート合格講座・基礎編」を作成*2
                ↓
③原告は、被告経営戦略研究所(株)及び、被告東京リーガルマインドが自己の著作権及び著作者人格権を侵害したとして、200万円の損害賠償を求めて提訴。

ということになる。


被告側は、複製権侵害、著作者人格権侵害を自認した上で、被告らの故意・過失の有無と損害額の算定を争点に絞ったのであるが、果たして結論はどうなったか。


裁判所は、まず研究所の代表者Bの故意を認めた上で、東京リーガルマインドの過失の有無について以下のように判断している。

「被告東京LMは、資格取得講座を開講し、受講生用の教材等を発行することを業として行っている会社であり、教材等の作成及び発行に当たり、第三者著作権等を侵害することがないよう十分確認すべき義務を負っていると認められるところ、その注意義務を尽くしたことを認めるに足りる証拠はない。(9頁)

本件は本人訴訟、ということもあってか、この部分に限らず、非常に判旨が薄い。
そして、上の判旨を見ても、随分あっさりしているなぁ・・・、というのが率直な印象である。


被告リーガルマインド側は、

「本件テキストの作成に当たり、著作権処理が適法にされていることの調査を怠ったから、少なくとも過失があった」(6頁)

という原告の主張に対し、

「被告東京LMは、被告Bから、他に著作権を有する第三者がいるとの申し出を受けておらず、しかも当時、原告著作物が掲載された「中小企業診断士合格ポイントマスター(下)」は公刊されていなかったから、著作権侵害の事実を知ることはできなかった」(6頁)

と否認する姿勢を見せている。


実際、著作権侵害に関する「過失」の有無については、

「利用する著作物の作成に直接携わっていない者に対しては、権利関係の調査を要求することが酷であると認められる場合がある」

として、過失が否定されたいくつかの事例が紹介されているところであるし*3、最近でも、ドトールの広告物に掲載された写真について、制作受託者の著作権侵害を肯定しつつ、委託者であるドトール自身の著作権侵害を否定した事案などがあったことが記憶に新しい。


本件におけるLECは、講座実施者として、単なる出版社以上に著作権侵害品の利用に関与しているのは確かだが、講座の運営、及び教材の作成については、ほとんど被告・経営戦略研究所に丸投げしていたようで、原告という真の著作者の存在や、原告著作物の存在を事前に関知するのは難しい立場にあったように思われる。


それゆえ、LEC側の反論も理解できたのであるが、裁判所はいともあっさりと著作権侵害に対するLECの「過失」を認定してしまっており、その点拍子抜け感があるのは否めない。


「教材等の発行を業として行っている会社」である以上、「第三者著作権等を侵害することがないよう十分確認すべき義務」を負う、というのは一般論としては理解できるとしても、本件において、LEC側に事前に果たして何ができたのか、ということを考えると、少々気の毒な気もするのである。


一方、損害額の認定にあたっても興味深い攻防が見られる。


原告側が著作権法114条2項に基づく算定を主張したのに対し、被告側は、「原告が中小企業診断士の受講講座を開講していない」ことをもって、同項の適用を否定しようとしたのであるが、そこで原告が114条2項適用の根拠として引用したのが、東京地判昭和59年8月31日(レオナール・フジタ事件)*4


概説書によれば、上記の争点については、著作権者が侵害者の著作物の利用行為と同様の利用行為をなしている必要があるかどうかについて、
判例が分かれていることが指摘されているから*5、本件においても原告・被告いずれの立場を採用するかは、興味深いところだったのであるが、残念ながら、裁判所はここでも、

「原告が自ら中小企業診断士の受講講座を開講したり、中小企業診断士の受験用の教本を出版販売していることの主張立証はないから、著作権法114条2項に基づく算定をいう原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。」(10頁)

として、さほど理由を示すことなく被告側の主張を採用し、あっさりと原告の主張を退けてしまった*6


判決をさらに進んで読むと、本件では、原告の提訴前に被告Bが解決金として17万円を送金したものの、原告が受け取りを拒否して返金した(11頁)、という事実があったようで、本件における請求認容額がちょうど17万円となったのも、そのこととは無縁ではないように思われる。


だが、結論の中の数字がそこまできれいにまとまっているからこそ、途中のプロセスにおける判断の荒さが余計に目に付く、というのもまた事実である。


損害額の算定はともかく、「過失」の認定については、もう少し慎重に行っても良かったのではないか、というのが率直な感想であった。



・・・・・・
ソフトウェアの無断複製の事案とは違って、本件での東京リーガルマインドは、委託先のチョンボにより割を食った一種の「被害者」であり、本件は“もらい事故”のようなものに過ぎないともいえる。


支払いを命じられた額はわずか17万円で、しかも教材作成を委託した経営戦略研究所との間では責任を研究所側に負わせる旨の契約も取り交わしているから、実質的に東京リーガルマインドが本件によって受ける影響は限りなく小さいのは間違いないし、そもそもこの会社の名前がこういうところによく出てくるのは、最大手ゆえ目立つ&狙われる、という一つのステータスの現れ、と考えられなくもない。


だが、未来の法律家の卵を世に送り出す立場の予備校が、単純な著作権侵害事件で“敗訴”しているサマを見ると、何ともやるせない気持ち(笑)になるのも確かで、当事者としてはさぞかし複雑な心境であろうとお察し申し上げる次第である。


まぁ、世知辛い知財業界、明日はわが身ということで・・・。

*1:H18(ワ)第12689号ほか。

*2:Bは原告著作物を一部省略して約2分の1の分量とし、順序を入れ替えた原稿を作成して、東京リーガルマインドに引き渡した、と認定されている。

*3:田村善之『著作権法概説〔第2版〕』(有斐閣、2001年)318頁。同書では、学術書の持ち込み企画の例などが挙げられている。

*4:本人訴訟とはいえ、なかなか良く調べたものだと感心させられる(笑)。

*5:田村・前掲323頁。

*6:裁判所はその後、著作権法114条3項を適用し、原稿料分として約6万円を認容した。

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