最近の職務発明事例から(その1)

最近、職務発明に関するちょっとした書き物をしていて、いろいろ最近の裁判例をあたっていたらいくつか面白い発見があったので、何回かに分けて簡単にご紹介することにしたい。


ちなみに、最近の職務発明事件におけるホットな争点は、

①発明者の認定
消滅時効の成否
③外国特許分の対価を特許法35条に基づいて請求しうるか。
④「相当の対価」額の算定方法

といったものであり、以下でも、これらの争点を中心に取り上げてみることにする。

東京地判平成18年3月9日(豊田中央研究所*1

「燃料噴射弁」(特許2609929号)をめぐって争われた事件。
請求額は50億円。


原告は、昭和55年4月入社、平成5年2月28日付けで退職した元研究員。
被告は、その名から明らかなとおり、専ら世界のトヨタグループのための研究・開発機関としての性格が強い研究機関である。


まず最初の争点、①「発明者の認定」について。


この判決のどこが画期的かといえば、特許課に属する特許技術担当者が共同発明者として認定されたこと(笑)ではないかと思う。


裁判所が、本判決において「発明者の認定」のために定立した規範はこれまでのものと大差ない。

特許法35条の相当の対価を請求し得る、特許出願された発明の発明者については、特許法2条1項、35条、65条、68条及び70条等に照らし、願書に添付した特許請求の範囲の記載を基準としてその発明の技術的思想を把握した上で、当該技術的思想の創作に貢献している者が否かによって判断すべきである。」(47-48頁)

とした上で、単なる管理者、補助者、後援者・委託者は発明者足り得ない、とし、

「技術思想の創作に貢献した者とは、新しい着想をした者あるいは同着想を具体化した者の少なくともいずれかに該当する者でなければならない」(48頁)
「新しい着想を具体化することが、当業者にとっては自明のことである場合は、着想者のみが発明者と認められ、これを単に具体化した者は発明者たり得ない」(同上)

とするあたりは、表現の違いこそあれ、最近の通常の裁判例とさほど大きな違いはないであろう。


面白いのはここからだ。


裁判所が、本件特許の特許請求の範囲について詳細に検討した後に、

「原告は、Bから開示された発明とその基本的着想を基に、さらに広い範囲にまで検証のための実験を行って、発明の範囲を拡張し、これを本件届出書に記載し、その具体化を行っているのであって、本件特許発明の具体化に貢献したものと認めることができる」

と原告の発明者性を認めたところまでは普通にありそうな話なのだが、本判決はさらに、発明者として記載されていない特許担当者Fについて検討し、

「このFの行為は、Bと原告によってなされた発明について、公知の技術と比べ特許性がある部分を抽出して特許請求の範囲に記載するという、明細書の作成担当者がなす行為以上のものであり、Bの着想と実験結果を基にしてなされた原告の実験結果に基づく発明が記載された本件届出書を基にして、本件届出書に記載されていない事項すなわちF自身のディーゼルエンジンの研究開発経験に裏付けられた技術的知見を加えて、上記発明を発展させ、より具体的に明確にしたものであり、Fのこの貢献も共同発明者としてのものというべきである」(59頁)

と認定しているのだ(!)。


これまで特許担当者の権利化にあたっての貢献が、使用者貢献度のパーセンテージに反映された例はあったが、本判決における認定はそのような事例を超え、「特許担当者の貢献」を最大限反映するものとして特筆すべきものといえるだろう。


ちなみに、本件で問題になっている特許は、数値限定クレームで構成されているものであるが、裁判所は、実のところ、

「数値限定によっても刊行物記載発明から容易に想到しうるものを広く包含する」


と判断される可能性があることは否定しがたい、として、その進歩性に疑義を呈しており、権利化された「特許」自体をさほど高く評価しているわけではない。


だが、それでも、特許担当者を共同発明者として認めた、というのはなかなか興味深いものがあるといえるだろう。


ここで突如として特許担当者「F」が登場している背景には、原告の発明への寄与度を最小化しようとする被告側の戦略があるのも事実なのだが*2
発明者としての記載がない者が「発明者である」と主張するのは、使用者側にとってみれば“両刃の剣”なのではないか、と個人的には思っている。


本判決ではFが発明に対して2割の寄与あり、とされたことで、原告の寄与度は3割にまで削られており、この戦略に一応の効果があったことは認められる。


だが、もし仮に、Fのようなかかわり方をしている従業者まで発明者と認定される判断が常態化し、常に対価の支払いを強いられることになるとしたら、結局は使用者自身のクビを締めることにもなりかねないのではないだろうか・・・*3


続いて、「相当の対価」の算定について(④)。


ここでも、意表を突くような興味深い判示がなされている。


裁判所は、特許法1条の目的から説き起こす、青色LED事件の和解における考え方を踏襲した上で、次のように述べる。

職務発明の特許を受ける権利の譲渡の相当の対価は、「発明を奨励し」、「産業の発展に寄与する」との特許法1条の目的に沿ったものであるべきであり、従業者への発明へのインセンティブになるのに十分なものであるべきであると同時に、企業等が厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で、これに打ち勝ち発展していくことを可能とすべきものであって、さまざまなリスクを負担する企業の共同事業者が好況時に受ける利益の額とは自ずから性質の異なるものと考えるのが相当である。」(69頁)

ここまでは良いであろう。
だが、問題はこの次である。

「「相当の対価」がこのようなものであるとすれば、特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」が極めて高額になる場合と、それほど高額にはならない場合とで、同項の「その発明がとされるについて使用者等が貢献した程度」の考慮の仕方が自ずから異なるものとなると考えるべきである。すなわち、「相当の対価」についての上記考え方からすれば、「利益の額」が極めて高額になる場合は、特段の事情がない限り、「使用者が貢献した程度」は通常より高いものとなり得るのであり、「利益の額」が低額になる場合には、特段の事情がない限り、「使用者が貢献した程度」は、通常よりもやや低くなり得るのである。」(69頁)

・・・・これは分からない。


前段と後段はどういう脈絡でつながっているのだろうか・・・?


裁判所は、上記の規範に則って、原告の貢献度「10%」という相場に照らせば高めの数字をはじき出した。


50億円の請求に対し、結論としては54万9333円の支払しか認められなかった本件で、いつものような「5%ルール」を適用してしまうと、原告側があまりに気の毒、という心情は理解できるにしても、その考え方の合理性が特許法の趣旨から担保される、というのは、少し強引なこじ付けに過ぎやしないか、筆者にはそのように思えてならないのであるが・・・。

*1:H16(ワ)第27028号、第46部・設楽隆一裁判長。

*2:被告側はF及びBの発明に対する寄与度が極めて大きく、原告の寄与度は「1%を超えることはない」とまで言い切っている(24-25頁)。

*3:仮にFが寝返って会社に対して相当対価を請求した場合、建前上は後訴において本判決の判断が直接影響することはないとはいえ、訴訟上の禁反言等を厳格に適用するならば、会社としても可能な主張は大幅に制約されることになるだろう。

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