立体商標の行く末

「ひよ子」事件をめぐっては、昨年夏の無効審判不成立審決にも
言及したことがあるのだが、
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051024/1130161749#tb
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20050813/1123904914#tb
まさかその取消訴訟の判決が、新聞の一面で取り上げられるとは
当時は思ってもみなかった。


知財高判平成18年11月29日(第2部・中野哲弘裁判長)*1


これまで明確な先例がなかった立体商標の3条2項該当性判断を示した、
という点においては確かに意義のある判決だと思うし、
老舗菓子業者同士の争い、という点で
ニュースヴァリューがあったのも確かだろう。


だが、判決の内容自体はそんなに面白いものではない*2


日経新聞には次のような記事が掲載されている。

「福岡市の老舗菓子会社「ひよ子」の鳥形まんじゅう「ひよ子」=写真=の立体商標登録を、別の菓子会社が取り消すよう求めた訴訟の判決が29日、知的財産高裁であった。中野哲弘裁判長は「鳥形菓子は全国に多数存在し、ありふれている。鳥形のまんじゅうはひよ子だと全国的に周知されていない」と述べ、立体商標を認めた特許庁の審決を取り消した。」
「商標法は商品の形に独自性がある場合、立体商標登録を認めている。形に独自性がなくても、長い間使い続け広く知れ渡れば「簡単に見分けられる」として登録を認める。ひよ子も販売実績などを基に2003年に特許庁が登録を認めた。」
「しかし、高裁判決は形に独自性がないケースは「日本全体に知れ渡っているかどうかを判断基準にすべき」と厳しい要件を課した。特許庁の今後の立体商標の審査にも影響を与えそうだ
日経新聞2006年11月30日付け朝刊・第1面)(以下、太字筆者)

この記事を読むと、あたかも今回高裁判決が課した要件が
従来に比して厳格なものとなっており、
それゆえ今回の判決の意義は大きい、
ということなのかと思えてしまうのであるが、
商標法3条2項は、本来出所識別力を欠く商標について
「例外的に」登録適応性を認めるものであるから、
立体商標だろうが何だろうが厳格な基準で判断しなければならないのは
当然の理なのであって、
「全国的な出所識別力」を要求した本判決の論旨も
これまで説かれていたものとさほど変わりはない*3


「法3条2項の趣旨と立体商標」という項で裁判所が述べている

「法3条2項の要件の有無はあくまでも別紙「立体商標を表示した書面」による立体的形状について独立して判断すべきであって、付随して使用された文字商標・称呼等は捨象して判断すべきであること、商標法は全国一律に適用されるものであるから、本件立体商標が前記特別顕著性を獲得したか否かは日本全体を基準として判断すべきであること」(39頁)

という「留意事項」を読む限りは、
通常の審査実務の線に沿った穏当なものといわざるを得ないのである。


むしろ、今回の判決が異彩を放っているのは、
「全国的な周知性」の有無を判断するにあたって、
苛烈なまでの厳しい事実評価を行っていることで、
「ひよ子」が莫大な広告宣伝費をかけて
全国的な広告宣伝活動を行っていたことを肯定しつつも、

「被告の文字商標「ひよ子」は九州地方や関東地方を含む地域の需要者には広く知られていると認めることはできるものの、別紙「立体商標を表示した書面」のとおりの形状を有する本件立体商標それ自体は、未だ全国的な周知性を獲得するまでには至っていないと判断する(56頁)」

として全国的な周知性を否定した、というところに
この判決の“キモ”があると言えるだろう*4


無効請求人側がいい加減な主張立証をすれば、
一発で周知性が認められてしまいそうな状況下において、
上記のような結論を導いた原告(二鶴堂)側の執念は賞賛に値するが*5
そのような攻防が行われたのは、昭和40年代に遡る
原告・被告間の深い因縁あってこそ、なのであって*6
今回の判断が、一般論として特許庁の審査実務に影響を与えるか、
と問われれば、それは疑問だといわざるを得ない。


もっとも、今回の判決が立体商標潜在的なユーザーに対し、
出願を躊躇させる中身になっているのは確かだろう。


裁判所は、全国的な周知性を否定する理由として、

「本件立体商標に係る鳥の形状自体は、伝統的な鳥の形状の和菓子を踏まえた単純な形状の焼き菓子として、ありふれたものとの評価を受けることを免れないものである」(58頁)

という理由に加え、

「菓子「ひよ子」の販売形態や広告宣伝状況は、需要者が文字商標「ひよ子」に注目するような形態で行われている」(58頁)

という理由を挙げている。


だが、通常の事業者が宣伝を行う際に、
商品名としての文字や音声を省いて「立体商標」だけを宣伝に用いる、
などという手法を用いることは考えにくい。


裁判所は、

「商品自体には文字が刻印・刻字等されていなくても、前述のとおり、実際の販売態様は、一つ一つの菓子を文字商標「ひよ子」と記載された包装紙で包装して販売しているものであり、展示品も、1セットを構成する多数の菓子のうちの1,2個の菓子のみが包装をとった状態になっているに過ぎず、需要者は、文字商標「ひよ子」に注目して出所識別を行う状態に置かれているといわざるを得ない」(66頁)

としているが、
このように解するならば、
「商品やその包装の形状を普通に用いられる方法で表示するもの」は、
すべからく登録が阻却されてしまうことになるのではないだろうか。


また、裁判所は、さらに続けて、

「文字商標「ひよ子」が著名商標であったとしても、このことは、需要者を当該文字商標の方に注目させることになるものであり、文字が本来的に識別標識としての機能を営むことに鑑みれば、識別標識としての機能が二次的なものである立体形状について需要者が注目する度合いは極めて低いものとならざるを得ないこととなる。商号と文字商標がともに「ひよ子」として同一である被告が、文字商標「ひよ子」を使用せざるを得ない事情にあることは理解できるものの、これを考慮に入れて検討してもなお、文字商標「ひよ子」とともに商品形状を使用するという形態である限りは、膨大な使用実績を重ねても、本来的に識別標識としての機能を営まない立体形状はその識別力が低いものに止まるとみることは不合理とはいえない」(67-68頁)

と述べているが、この論旨を読む限り、
裁判所が立体商標の意義をさほど高くは評価していない、
ということは容易に理解できるように思われる。


なお、個人的には、本件の原告・被告間の紛争事例*7においては、
立体商標としての登録を一応認めた上で、
非侵害、あるいは継続的使用権の抗弁に基づく請求棄却、という処理も
なしうるのではないか、と思っていたのだが、
裁判所は後者につき、
継続的使用権の規定内容*8に照らして、

「継続的使用権が認められるためには相当の経済的負担が必要になる側面があることもまた否定できないところである」(63頁)

と述べ、登録そのものを無効とすることの正当性を裏付けようとしている。


この点、

「不正目的でない使用の立証と混同防止措置がそれほど中小企業等への過度の負担や問題となっているとも思われない」(33頁)

とする「特許庁長官の意見」よりは、実務寄りの判断になっている、と
率直に評価したいところだが*9
商標のデッドコピー的フリーライドの排除に重きを置く論者からは、
「登録すら認めない」上記裁判所の判断に対する異論も
出てくるところであろう。


最後に、
本判決文中で取り上げられている全国の鳥形のお菓子を紹介しつつ、
本稿のまとめとしたい(笑)*10

焼き菓子
「二鶴の親子」(福岡市・二鶴堂)
名古屋コーチン」(名古屋市・長登屋)
「かもめの水兵さん」(荒川区・大藤)
「なかよし小鳥」(江戸川区・江戸製菓)
「アルプス雷鳥」(豊橋市・丸三食品)
「浅草ぽっぽ」(台東区・東月製菓)
「都鳥の詩」(豊橋市・丸三食品)
「白千鳥」(かほく市・神保製菓)
「平和のハト」(福井市・大壁羽山堂)
「夫婦かもめ」「ミニ夫婦かもめ」(大船渡市・さいとう製菓)
「ひよ太郎」(江東区・東京宝TSK)
「土佐のジロっ子」(高岡郡松鶴堂)
「琵琶湖ぽっぽ」(守山市・ジャパンサービス)
「かいつぶりの浮巣」(養老郡第一物産K12)
宍道湖嫁ヶ島」(松江市・しまね賓楽庵株式会社TSK)
「神戸風見鶏の街」(豊岡市・鹿野)
「ひなの巣立ち」@姫路銘菓撰(豊岡市・鹿野K1)
「らい鳥っ子」(中新川郡・北海屋菓子舗)
雷鳥の巣立ち」@越前の詩(敦賀市・つるが幸栄堂)
「朱鷺の巣ごもり」(新潟市新潟県観光物産株式会社H)
「小鳩豆楽」(鎌倉市・豊島屋)
「都鳥」(岐阜市・合名会社奈良屋本店)
「ことりの里」(八潮市・東月菓子舗)
「湖の鳥」(大津市・大津風月堂
和菓子
「鶉餅」(虎屋)*11
「ひよこ」(台東区浅草・徳太楼)*12
「うぐいす」(松江市・そのや、中央区・寿堂、金沢市・板屋)
「都鳥」(松江市・向月庵)

判決文を見ると、一部写真が文中に挿入されているものもあったりして、
なかなか分かりやすいものになっているのだが、
それゆえ、空腹時には閲読しないことをお勧めしたい・・・。

*1:H17(行ケ)第10673号・審決取消請求事件。

*2:「ひよ子」が東京名物と“誤認”されやすい(笑)のは、「東京ひよ子」という別会社(子会社)がマーケティングを行っているからだ、といったことや、戦前(昭和11年)から現在のロケーションサービスの萌芽のような取り組みが行われていたこと(「ひよ子」の本社があった飯塚市で映画「弥次喜多道中」のロケが行われた際に、弥次さん、喜多さん役の俳優が「ひよ子」を持って「なかなかうまい菓子じゃのお」というシーンが入れられていることが認定されている(もっとも、この認定は後にかえって「ひよ子」側の首を絞めることになるのだが・・・(後述)))など、新しい発見があったのも確かだが。

*3:田村善之『商標法概説〔第2版〕』189頁(弘文堂、2000年)参照。

*4:本件には裁判所の照会に応じて「特許庁長官の意見」(31〜35頁)が付されているが、そこで示された特許庁の“法律解釈論”は本判決においてもほとんど肯定されている(継続的使用権立証の負担(後述)に対する評価については分かれているが)。にもかかわらず結論を分けたのは、「被告が大正元年から今日に至るまで盛大に使用した結果、本件立体商標自体、独立して自他商品の識別標識としての権能を具備するに至った」という認定判断に違いがあったからにほかならないのである。

*5:甲号証は判決から確認できるものだけで150を超えており、商標関係の事件にしては異常に多い。古今東西の鳥形菓子の事例を集めて周知性を否定しにかかる、まざに力技というべきこの立証パターンは個人的には極めて好きな部類に入る(笑)。

*6:原告の主張によれば、被告側は昭和43年〜45年に原告の菓子「二鶴の親子」の販売を不競法違反として刑事告訴し、原告側が包装紙等の混同防止措置を取ったことで不起訴になった、という経緯があるようだ。

*7:被告側は本件商標に基づき、原告を商標権侵害で提訴している(福岡地裁係属中)。

*8:不正競争の目的でないことの立証負担、混同防止表示を付すことが要求される等。

*9:混同防止措置も要求される内容如何によっては過大な負担になりうるし、「不正目的でない使用の立証」も本来厳格にやろうとすれば、相当な困難を強いられるものになるはずだからだ(実際にはそこまで厳格に行わなくても認定されることが多いのかもしれないが)。

*10:個人的には「TVチャンピオン」の菓子王決定戦に出てきそうなネタだと思う・・・。

*11:なお、鶉餅は戦国時代から続く由緒あるお菓子のようで、裁判所は、先に述べた映画「弥次喜多道中」の中で「ひよ子」を食べているシーンと、「東海道中膝栗毛」中の「喜多八が鶉餅をおいしそうにほおばる場面」の共通性を指摘している。被告にしてみれば、ご先祖様のユーモアのおかげで、かえって墓穴を掘った(被告は鶉餅と「ひよ子」が非類似である旨を主張していた。)というところだろうか(ちなみに、本件で原告は、そもそも「弥次喜多道中」に「ひよ子」が登場することを否定しているため、上記共通性は裁判所自身が発見したものなのかもしれない・・・)。

*12:これは文字商標、大丈夫なのだろうか・・・?