「引用」概念の再活用

ずっと取り上げようと思って寝かせたままだった論文を、遡及して取り上げてみる。

田村善之「絵画のオークション・サイトへの画像の掲載と著作権法*1

この論文は、「ネットオークションサイト上に競売にかける絵画の画像を掲載する行為が、絵画に関する著作権と抵触するのか」という問題意識を出発点に、そのような利用を正当化するための解釈論を論じていくものであるが、論じられている内容は、「ネットオークション」という限定された領域にとどまるものではない、より広い応用可能性を秘めたものであり、相当刺激的な論文ということができる。


順序を追ってみていくと、


まず、田村教授は「雪月花事件」に触れつつ、画像データの場合には

「創作的表現が再生されていないという理由で著作権と抵触しうる行為であることを否定することはできない場合がある」(1309頁)

ことを指摘する。


そして、著作権侵害を回避するためには著作権の制限規定、中でも著作権法32条1項の「引用」規定を活用する必要があることを指摘した上で、従来の裁判例を概観し、

「従来の裁判例における引用の要件、特に附従性の要件に関するそれを前提とすると、絵画のオークション・サイトにおける画像の掲載をもって引用に該当するということは困難であると言わざるを得ない」(1311頁)

とコメントしつつ、近年最判が示した二要件に拘泥することなく、32条1項の文言に従って、著作権侵害の成否を判断すべき、とする学説や*2判例が増えていることに着目し、

「明瞭区別性、附従性という要件が、これを超えて、研究、批評型以外の類型の引用にまで妥当する要件として機能するとなると、その妥当性に疑問符がつくことになる」
「結論として、絵画のネット・オークション・サイトにおける画像の掲載のような、研究、批評型でもなく、旧著作権法や前掲最判〔パロディ第1次上告審〕の時代には登場していない類型に関しては、最判の二要件によるのではなく、近時の有力説に従い、端的に32条1項の条文の文言に従い、著作権が制限されるか否かということを論じるべきである。」
(以上、1312頁)

と主張され、続く「絵画のオークション・サイトへの当てはめ」の項では、著作権法の究極の目的が権利者の利益だけでなく「利用者の利益」にもあることを指摘し、オークション・サイトによる画像の掲載が、「引用の目的」に該当すると解した上で、「引用の目的上正当な範囲内」であるか否かの利益衡量を行って、

「絵はがきや画集等の市場を侵食する程度の高解像度の画像でない限り、絵画のオークション・サイトにオークションの対象となっている絵画の画像を掲載することは、「引用の目的上正当な範囲内」の行為であり、著作権を制限することを認めてよい、と考えるべきであろう。」(1314頁)

という結論を導き出しているのである。


有力説ではあるが未だ一般的に受け容れられているとはいえない「引用要件」の解釈に加え、田村教授ご自身が「未だ少数説に止まる」と自認されている「公正な慣行」という文言の解釈など*3、上記結論を導くための論理構成には、幾多もの反論が予想される。


だが、創作物そのものの価値を真に守ろうとする意図からなされているとは思えないような、権利者サイドからの“いちゃもんつけ”的クレームが相次いでいる今日、「著作権者自身の創作活動や経済活動を侵食しない限りにおいて著作物の利用を肯定すること」の意義はもっと強調されるべきだし、「引用」という概念を再活用することによってその裏づけとなる解釈論の道筋が示された、ということの意義は非常に大きいと思われる。


筆者としては、今後の議論の展開を注目してみていくことにしたい。

*1:知財管理59巻9号1307頁(2006年)

*2:ここでは上野達弘助教授や飯村敏明判事の論文が挙げられている。

*3:田村教授は、文言解釈として、「(「公正な慣行」要件は)「公正な慣行」がかりにあればそれに合致することを要求しているだけである、と読めば足りる」とし、未だ「公正な慣行」が存在していないような場合には、そのような事情が制限規定の適用を否定する方向で斟酌されることはない、と述べられている(1315頁)。

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