『知財年報』第2弾

年末年始で読もうと思って貯めていた本だの雑誌だの判例だのが多すぎて、結局さばききれていない、といういつもの状況に陥りつつある今日この頃だが、一応これだけは読んだ。


知財年報 (2006) (別冊NBL (No.116))

知財年報 (2006) (別冊NBL (No.116))


この書籍は、早稲田大学21世紀COE内の「知的財産法制研究センター」(RCLIP)が中心となって編集し、商事法務から出版しているもので、昨年第1号が出た際の筆者のコメントの中では、「この手の試みは単発に終わってしまうことも多いから・・・」などと失礼なことを言ってしまったのであるが*1、何の何の、昨年の第1号に比べると、よりスケールアップした第2弾が発行されることになった。


冒頭に掲載されている「判例・学説・産業界の動向」は、去年と同じような構成であるが、このタイプの企画は継続して行われていることに意義があるものだと思っているので*2、2年連続でこの企画が組まれていることに対しては、率直に歓迎の意を表したい。


特に、昨年に続いて切れ味鋭い一言評釈を披露されている渋谷達紀教授のコーナー(「知的財産法判例の動き」)は、人によって好き嫌いはあるだろうが、個人的には大ヒットである(笑)。


例えば、海洋堂フィギュア事件(大阪高判平成17年7月28日)の紹介の欄では、「模型原型については図形としての著作物性が問題となる」という見解を示された後に、

「模型原型のような図形は、純粋美術とは異なる類型の著作物であるから、これを純粋美術になぞらえて、その著作物性の有無を判断するのは妥当ではない」(本書26頁)

と断じ、さらに、実物を忠実に再現したものであることを理由に著作物性を否定した判旨を批判して、

「実物をデフォルメしていないと著作物ではないと考えたのでは、図鑑に掲載されている昆虫や草木の絵は、すべて著作物でないことになってしまい、問題である。本判決が示している法律解釈の多くに疑問を覚える。」(27頁)

と明快に斬られている。


また、ローマの休日事件(東京地決平成18年7月11日)の解説においては、「平成16年1月1日午前0時には、まだ1月1日は始まっていない」と本決定を全面的に支持した後に、

「宇宙の始まりを考えるとよい。0時点においては、ビッグバンは生じておらず、宇宙は存在しない。数学の世界では、「0」という数字に実体があるかのように観念するが、実際には「0」は「無」である。」(33頁)

といきなりハイレベルな議論を展開されている(笑)。


その他にも、渋谷教授のストレートな思い(?)が込められているであろう数々の評釈が登場するこのコーナー、それでいて判例時報に掲載された判例は全てカバーされているとくれば、実務者にとっては資料としても読み物としても活用できる必見のコーナー(やや大げさかw)というべきだろう*3


本書の凄さはそれだけではない。


第3部に掲載されている単発の論文がこれまた豪華なのだ。


研究成果を滅多に公開しないレッド・ゲート有する某大学とは異なり、RCLIPが行っている研究会は原則公開されているし、その成果が一冊にまとまって出てくるとなれば、こんなに素晴しいことはない。


思いつきでいくつか挙げるならば、


①「顧客吸引力の保護」を前面に掲げる渋谷達紀教授の論文*4


モノパブを認める可能性を示唆されているあたりが画期的なのだが、それ以上に、ギャロップレーサー事件最高裁判決(最判平成16年2月13日)に対して述べられた、

「裁判所自身が判決の射程について明確な認識が持てないときは、当該事案についてのみ妥当する判旨を述べるべきである。最高裁判決は、そのような謙抑的態度をとることなく、モノに化体されている顧客吸引力の保護一般について、これを否定するかのようなことを述べている。学者が述べればよいことを先取りして述べようとするのは、近年の知財関係の最高裁判決に目立つ傾向である。」(176頁)

のくだりなどが実に痛快。


②インクカートリッジ事件を素材とした田村善之教授の講義録風論文*5


RCLIPの研究会で発表されていた時は、筆者もその場にいたのであるが、本稿では末尾に説明が付されているとおり、その後に出された大合議判決も踏まえた内容にリライトされている。


話し言葉で書かれている文章だけに、消尽をテーマとした本格的な論稿の中では、自分が知る限り一番読みやすいものだと思う*6


高林龍教授による、「無効判断における審決取消訴訟と侵害訴訟の果たすべき役割」というお題の論文(本書209頁)。


明確に名指しされているわけではないが、全体を通じて「権利の発生や変更の処理が基本的に行政庁の仕事である」ということが強調されており、「ダブルトラックを、餅は餅屋として活用していくこそ大切であろう」(以上、223頁)とくれば、明らかに東大の大渕教授を意識した論稿であることは間違いないように思われる。


同じ裁判官出身であっても、侵害裁判所の活用に関して、ここまで見解が分かれるというのは、非常に興味深いものがある*7


他にも、応用美術の著作権による保護の問題を(ドイツ)意匠法の観点から論じた、本山雅弘助教授の論文や*8、平嶋竜太助教授のソフトウェア関連発明の保護に関する論文*9など、昨年以上に美味な内容になっているように思われる。


以上、必要以上に賛美しすぎた点もあるかもしれないが(笑)、実務者向けの一冊として有意義なのは間違いない。年に一度の楽しみに、次号以降も引き続き継続発刊されることを今は願うのみである・・・。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051202/1133618140#tb

*2:購入する側としても検索用に活用できる可能性が高まる。

*3:少なくともジュリストの『重要判例解説』のコーナー冒頭の判例紹介よりは読む価値があるような気がしている。また、この後に続く「知財学説の動き」も、相変わらず文献をこまめに拾っておられるようで、資料としての価値は高い。

*4:渋谷達紀「顧客吸引力の保護」本書171頁。

*5:田村善之「特許権の消尽理論と修理と再生問題−インクカートリッジ事件知財高裁大合議判決の意義」本書180頁。

*6:これで師の理論を十分に理解できないのであれば、それは読む側の能力の問題というほかないであろう(実のところ、自分もいまだに理解できていなかったりするのであるが・・・)。

*7:なお、本書に収録されているセミナーで、韓国特許法院の判事が紹介した「無制限説」(無効審決取消訴訟と訂正審決の関係におけるもの)の判例に対し、司会の高林教授が「大渕説そのままです。東大の人が来ていないのは、かわいそうにと思います。東大の一派から見ると大変うれしいと思うような韓国の状況だとよくわかりました。」(「韓国の知的財産権判例の最新の動向」本書320頁)と発言されていたくだりは、思わず吹いてしまった(爆)。

*8:本山雅弘「知的財産保護の広がりと交錯」本書224頁。

*9:平嶋竜太「ソフトウェア関連発明と知的財産法−特許法による保護とイノベーション促進の調和の視点から−」本書255頁。

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