ジュリスト2007年1月1日・15日号(No.1326)・後編

既に先月号になってしまったこの特集。前編(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070130/1170179479#tb)に引き続き、掲載されている先生方の論稿にコメントしておくことにしたい*1

大渕哲也「特許訴訟・審判制度の現状と今後の課題」34頁

「これらの立法判例等の大きな変化を振り返りつつ、今後の特許訴訟と特許審判の将来像を探究するための基礎を提供しようとするものである。」(34頁)

と切り出される大渕教授の論稿は、この分野の第一人者としての貫禄を示すが如く、いつもながらの凝縮された内容となっている。


「無効手続と侵害訴訟手続との関係」「審判と審決取消訴訟との関係」といった、これだけで本が2,3冊書けてしまうようなテーマだけに、議論のさわり部分が論じられるにとどまってしまっているのが残念なのだが、それでも、法181条2項の解釈論に関する部分などは「中山還暦」所収論文をも超えた熱い思いが込められているように思われる。

「前述のとおり、この改正法の趣旨が明瞭に表れているとは必ずしもいい難い条文の文言等となっているために、改正法の趣旨のメッセージが伝わりにくい面もあるようでもあるが、改正法の趣旨は実際には以上のようなものであるので、上記の点は懸念には及ばないのである。1日も早く上記の改正法の趣旨が判例上明示され、それによって、取消裁判所が前述のような懸念なく健全な裁量権行使ができる環境が整備されることを強く期待したい」(45-46頁)

また、「専門的知見の補充のためのサポート体制の充実」等、知的財産訴訟制度改革に対して極めて高い評価が示されているというのも、いつもながらの特徴だろうか*2


最近になって対抗勢力(大法廷判決を積極的に支持する論稿)も再び垣間見られるようになってきた今、審理範囲制限をめぐる問題について、“大渕説”がどこまで支持勢力を伸ばしていけるか、興味は尽きない(笑)。

横山久芳「職務発明制度をめぐる法改正とその後の動き」(52頁)

ジュリストの職務発明特集といえば横山助教授。今回も再び登場である。


常に最新の法改正動向や判例、学説をきちんと(しかも分かりやすく)フォローされている横山先生の論文は、実務サイドには大変評判の良いものなのであるが、今回もH16改正で新設された35条4項、5項の解釈論を的確にフォローされていたり、H18の諸判例をきっちりピックアップしていたり、と読み応えのある中身となっている。


個人的に興味があったのは、35条4項の解釈について、「手続的規制を厳格に解する立場」*3と「使用者による対価の算定を合理化する手段として位置付ける立場」とに分けた上で「筆者は、後者の立場が妥当である」と述べられているくだり(56頁)。


横山助教授は、

①「個別の従業者の手続的関与を厳格に要求するとしても、使用者側の業務の効率性とのバランス上、自ずと限度がある」
②「使用者が代表者との交渉により対価の基準を策定する場合に、その代表者が従業者の利益を正当に代表しているか否かは外部にいる使用者からは容易に判別し得ない事情であるから、代表者の正当性を厳格に要求すると、使用者の予測可能性が害される」
③「手続に参加する機会が個々の従業者に与えられたとしても、従業者が適切な意見表明をなし得るとは限らないから、実際に支払われた対価の内容を問題とすることなく、手続的合理性のみで相当の対価の支払があったと解することは従業者保護の観点からみて妥当とはいえない」

といった点から、「使用者が新4項が規定する手続そのものを厳格に履践しているかどうかではなく、使用者が合理的な対価を算定するために新4項が定める手続をいかにうまく活用しているかという点に焦点をあてて対価の相当性を判断することが妥当」と述べられているのだが、そもそもどの程度の額なら「相当の対価」と認められるのかコンセンサスが全くとれていない、ということが、今回の新制度導入につながっているわけだから、改正法の下でも「手続的合理性」以外の要素を積極的に取り込もうとする横山助教授の発想は、実務的にはあまり歓迎できるものではない。


②に関しては、使用者側が用意した額に不満のある従業者とその都度協議を行う、という方式をとれば予測可能性は担保できるし*4、③で指摘されているような従業者側の不利益は、手続的合理性を審査する段階で考慮すればよいのではないかと思われる*5


何より、裁判所のさじ加減一つで内容合理性の判断基準はぶれる可能性があるのだから、将来今よりも低めの相場が定着した場合には、手続的合理性を欠いてもトータルで合理性を認めうる横山説がかえって従業者側に不利益をもたらすことにもなりうるのであって、そうなると「従業者保護」の錦の御旗も色あせてしまう可能性があるのは否めない。


なお、本稿では、「発明規程の合理的解釈」(主に消滅時効の起算点をめぐって争われた事例が分析の対象となっている)や「外国における権利の取扱い」(言わずもがな日立職務発明訴訟最高裁判決が素材)についても触れられているほか、「利益額に応じた対価の調整」という項立てで、豊田中央研究所事件*6東京地裁第46部判決にも言及されており興味深い*7

茶園成樹「著作権法の最近の諸問題−権利制限に関する3つの問題」(62頁)

TRIPS協定、WIPO著作権条約における「3ステップテスト」に照らして、近年の著作権法改正論議の是非を検討する論稿で、具体的には「私的録音録画補償金制度について」、「裁定制度の見直しについて」、「IPマルチキャスト放送について」のそれぞれについて検討がなされている。


近年ユーザー側のニーズを重視した法改正の動きに対して、「条約」の存在を盾にした既得権者サイド(と、その代弁者としての文化庁)からの反撃が目立つようになってきている。茶園教授の論稿では、専ら問題点の指摘、というレベルにとどまっているが、このような時期だけに、条約上の概念を冷静に我が国の法制度にあてはめていく作業が重要となるように思われる。

上野達弘「著作権法における「間接侵害」」(75頁)

著作権法業界において、現在もっともホットな話題、ともいえる「間接侵害」。法制問題小委員会のWGで実際に改正作業にかかわっている上野助教授が記された論稿だけになおさら有益である。


上野助教授は、これまでの判例・学説の傾向を分析した上で、

「カラオケ法理はもはや再検討の時期を迎えている」(81頁)
「侵害主体でない者による幇助行為が著作権法112条1項にいう「侵害」に当たるとする見解は、禁止権説との関係をどのように説明するかが問題として残るものといわざるを得ないように思われる」(82頁)

という持論をあらためて主張されているが、「著作権112条1項の類推適用」という構成については、「(不法行為に基づく)損害賠償請求は肯定するが差止請求は否定する」(82頁)という立場に親近感を表しつつ、反対説にも一定の配慮を見せており、旗幟を鮮明にはされていない。


また、立法論については、「差止請求によって他者の行為自由が過度に制約されないようすべきとの観点」から、「差止請求を受ける範囲ないし保護法益があらかじめ明示されていなければなら」ず、「結論として差止請求が肯定されるべきであるということが承認されるのであれば」、「これを立法によって明示することが一般論としては望ましい」(以上83頁)と慎重な言い回しで述べられた後に、

(立法に際しては政策的判断それ自体に対する立場決定を迫られることになるが)「様々な声を耳にする限り、そうした政策的判断についてコンセンサスを得るための道程は平坦でなさそうである。とりわけ、この問題のように一般性が高く、権利の実質的な拡大につながり得る改正に関しては、立法による波及効果に対する慎重な配慮が必要となる」(83頁)

と、相当謙抑的な意向を表明されている。


とかく学界の批判が強い「カラオケ法理」についてさえ、いまだに正面から肯定する見解が目立つのだから*8、この先、立法を行うにしても、権利者・利用者間のバランスに配慮されたものを作れるのかどうか危ぶまれるところではあり、本稿もそのような状況に直面している立法関与者の悩みが滲み出たもの、といえるのではないだろうか。

その他

時間的制約(苦笑)と筆者の能力の問題で詳細な感想は割愛するが、その他、特集で掲載されている論稿を挙げると、

牧野利秋「意匠法の諸問題」(84頁)
〜2006年改正意匠法の概要とそれが意匠権の効力範囲、保護範囲をめぐる議論に及ぼす影響、そして残された問題点(物品性、無審査登録制度の可否)について解説したもの。ジュリスト誌においては貴重な意匠法の論稿である。

土肥一史「不正競争防止法の現状と課題」(106頁)
〜一般条項の導入につき積極説の立場から論じられている*9。また、インターネット上の不正競争行為についても言及されている。

鈴木将文「模倣品・海賊版対策」(114頁)
〜水際措置をめぐる法的問題、特に税関手続において権利の有効性を判断することの妥当性について論じられているくだりがなかなか興味深い。

小林卓泰「知的財産信託をめぐる現状−課題と展望」(121頁)
実際に行われている知財信託のスキームについて図解を交えた詳細な解説がなされている。個人的には知財信託が普及しない原因が「無関心や制度への理解度の低さ」のみにあるとは思っていないのであるが*10、いずれにせよ貴重な論稿であるのは間違いない。


以上、駆け足かつ筆者の独断偏見によるコメント、であった。いずれも読み応え十分な論稿だけに、賢明な読者の皆様には原文にじかに当たられることをお勧めしたいものである。

*1:なお、田村教授の論稿については別途コメントする予定である。

*2:もっとも、返す刀で「侵害訴訟以上に管轄集中が進み、それ以上に専門技術事項への対応能力の高い取消裁判所が、このような望ましい動きから取り残されている点は残念である」と述べられ、取消訴訟の審理範囲や訂正関係(181条2項)の適正化に再び言及されていたりもするのであるが・・・(50頁)。

*3:土田教授の見解などがここに位置付けられている。土田教授と横山助教授の発想の違いについては、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051210/1134233359#tbを参照されたい。

*4:世間的な相場観からして“何となく妥当な”対価額を定めておけば、実際にはほとんどの従業者が合意するだろうから、それ以外の従業者と交渉するコストは大して大きなものにはならない。

*5:使用者側が十分な説明を行わないまま、有無を言わさず自らの提案を押し通したような場合には、仮に形式的な“協議”が存在していたとしても手続的合理性を否定すればよいし、十分な検討材料を与えられながら、単に“意思表明する勇気がなかった”というだけであれば、“自己責任”の範疇のものとして処理するほかない場合もあるだろう。

*6:東京地判平成18年3月9日・http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20061122/1164134044#tb参照。

*7:横山助教授ご自身は、「こうした解釈は、特許法35条の文理解釈として必然的に導かれるものとはいえない」としつつ、「35条の対価請求権がもともと一般の権利取引における承継の対価ではなく、職務発明の奨励という政策的な権利であることからすると、裁判所が政策的な考慮を働かせて、対価額を柔軟に調整するという方向性はあり得るものといえよう」(59頁)と、微妙な言い回しながら同判決に対して一定の評価を与えている。

*8:特に日頃権利者サイドに立っている実務家が積極的にその種の論稿を世に出す傾向にあるようだ。

*9:パブリシティの保護とも絡めて論じられている点が興味深い。

*10:125-126頁参照。むしろ制度の使い勝手の悪さを認識しているからこそ、大手企業はどこも足踏みしている状況なのだというべきではないか。

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