糾弾された代理人

なかなかちゃんとした判決コメントを書く時間が取れない今日この頃。とりあえずネタ判決でお茶を濁してみる。


最近“消える判決”の話題が出ているが、自分が代理人だったら消したいと思うであろう判決である・・・。


知財高判平成19年1月31日(H17(行ケ)第10716号)*1
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070201110813.pdf


原告・日立金属株式会社
被告・大同特殊鋼株式会社


「マルエージング鋼およびその製造方法」という特許をめぐって争われた、一見何の変哲もない上場企業同士の無効審判請求事件なのだが、本件が奇異なのは、以下のような経過を辿っていることによる。

平成11年4月2日  特許設定登録
平成15年4月14日 無効審判請求(無効2003-35148号)
平成16年4月27日 無効審判請求不成立審決(特許庁
平成17年3月10日 審決取消判決(東京高裁)
平成17年7月19日 上告不受理(最高裁
平成17年8月25日 無効審決(特許庁
平成17年10月4日 審決取消訴訟提起
平成17年11月17日 訂正審判請求(訂正2005-39211号)
平成18年3月15日  訂正不成立審決(特許庁

審決取消判決は、その形式こそ「原審決を取り消」し、特許庁における審理を再開するものに過ぎないが、実質的には再開後の特許庁の審理に裁判所の判決の拘束力が及ぶため、一度裁判所で無効と判断されてしまえば、訂正が認められない限り、その結論が覆ることはまずない、といってよい。


にもかかわらず、本件訴訟において、原告側が特許庁の進歩性判断等を激しく攻撃する主張を行ったことが、その後の惨劇を招いたのである・・・。


◆◆
まず裁判所は、行政事件訴訟法33条1項の規定について、

「法は、行政処分等を取り消した確定判決に、単に、行政処分等の効力を遡って消滅させるという直接的な効果のみならず、これを超えて、行政庁に対して、取消判決における結論に至るまでの認定判断を受忍し、その趣旨に沿って判断をし、また行為をする義務を課すという積極的な効果(拘束力)を付与している。法が、行政処分等に対する取消判決(確定判決)に、このような積極的な効果を付与した理由は、違法であると判断されて取り消された行政処分等について、実質的かつ実効ある救済(是正)を迅速に図るためであることは明らかである。」(22-23頁)

という趣旨を述べた後、最三小判平成4年4月28日などを引きつつ、

「改めて行われる当該審判事件において、審判官が、取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは、行訴法33条1項に違反するという理由で許されず、また、当事者も、審決取消訴訟の認定判断に抵触する主張を繰り返し、その主張を裏付けるための立証をすることは許されない」(23頁)
「特定の引用例から当該発明の進歩性を否定すべきであるとの理由により、特許無効が成り立たない旨の審決を取り消す判決がされ、これが確定した場合には、特段の事情のない限り、再度の審決において、別の結論を導く余地はないというべきである」(24頁)

と断言した。


そして、本件における原告の主張について、

「前判決の拘束力に従ってした本件審決の認定判断を、あたかも、確定した前判決がなかったかのように、繰り返し違法であるとして批難するものであり、その主張自体、前判決の拘束力に抵触するものとして、失当であることは明らかである。」(24頁)

と切り捨てた。


◆◆
もっとも、この程度の判決文なら、そう珍しくはない。凄いのはこの先である。

「本訴訟において、原告訴訟代理人が、このような前判決において決着した事項について、延々と主張をすることは、司法審査の意義及び行訴法が確定した取消判決に拘束力を付与した趣旨についての基礎的な理解を欠く訴訟活動であるといえよう。」(24-25頁)

これはまさに、この業界に生きる者にとっては、「お前はアホだ」と断罪されたに等しい・・・。


そして、さらに壮絶な結末、それは、

「原告の請求はいずれも理由がないことになり、原告の請求は棄却されるべきことになる」(26頁)

と述べた後の「さらに進んで」のところにある。

「本件訴えは、専ら確定判決の拘束力に抵触する失当な主張から構成されているが、裁判所がこのような訴えを適法な訴えとして許容することになれば、特許が無効として確定する時点を徒に遅らせる結果を招き、安定した法的地位を速やかに確立させることによって得られる公共の利益を害することになる。」
「このような本件訴えの特異性等に鑑みれば、本件訴えは、確定した前判決による紛争の解決を専ら遅延させる目的で提起された訴えであるというべきであって、その訴えの提起そのものが、濫用として許されないものと訴訟上評価するのが相当である」(26-27頁)

結論。

「本件訴えを却下する」

ガクガクプルプル・・・以下略)。


◆◆
本件訴訟における原告代理人の一連の主張が、代理人自身のこだわりによるものなのか、それともクライアントの強い意向によるものなのか、それとも訂正のための時間稼ぎだったのか、その背景事情を窺い知ることは、ここからはできないのだが*2代理人が「弁理士」であって、行政訴訟法にはさほど通じていなかった、ということもこの悲劇の一因になっているのではないかと推察される*3


だが、弁理士だろうが、弁護士だろうが、法廷に出れば代理人であることに代わりはないのであって、やはりこのような判決を世に残してしまったのは、決して好ましいことではないだろう。


少なくとも自分なら、こんな判決をもらってくるような代理人には、金輪際仕事をお願いすることはない。


新規参入者が絶えない知財業界であるが、一傍観者としても、このような“悲劇”はみるに耐えないので(苦笑)、関係者の皆様方には、“惨劇を繰り返さない”を合言葉に、本件を他山の石としてご尽力いただくことをただただ願うのみである*4


なお、本件から学ぶべき教訓は多々あるのだが、その最たるものは、

「喧嘩する相手を間違えるな」(笑)

ということに尽きるのではないだろうか。


なぜなら、本件訴訟を審理した知財高裁第3部のひな壇の上には、

「飯村敏明」
「三村量一」

の両巨頭が座っておられたからである(笑)。


裁判官によっては、少々聞き分けの悪い代理人であっても、“優しく”請求棄却判決を出してくれたのかもしれないが、リアル・プロフェッショナルな先生方の前でそれを望むのは、あまりにおこがましい話だったのではなかろうか・・・。

*1:第3部・飯村敏明裁判長。

*2:後二者だとすれば少々気の毒ではあるが。

*3:それは、あえてまともに答弁する必要のない被告側代理人弁理士)が、相手にお付き合いして、きっちりと進歩性判断を争っているところからも見て取れる(笑)。

*4:以前も書いたが、筆者自身、何年に一度しか審決取消訴訟をやったことのない弁理士に「任せてください」の一言で騙されて痛い目にあったことがあるので、ここは力を込めて言いたい(苦笑)。

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