大阪地裁の“良い判決”

先日取り上げたデサフィナード事件では、あちこちから批判を浴びてしまった大阪地裁と田中俊次裁判長。


別件の積水化学職務発明事件(知財高判平成19年1月25日・H18(ネ)第10025号)*1では、なんと控訴人(原告)側から、「一審被告側から、会食・買収等の汚職行為を受けた状況証拠がある」と、審理の偏向まで指摘されてしまう有様で、なんとも気の毒というほかない*2


だが、ネット上ではさほど話題に上らないところで、この田中裁判長の第21民事部が出した一つの判決が、「パブリック・ドメインになった著作物」の利用を考える上で、重要な意義を有していると考えるので、以下紹介してみることにしたい。

大阪地判平成19年1月30日(H17(ワ)第12138号)*3

本件は、ベアトリクス・ボターが創作した著作物「ピーターラビット」をめぐる「著作権に基づく差止請求権不存在確認請求事件」である。


周知のとおり、「ピーターラビット」をめぐっては、創作者サイド(フレデリック・ウォーン・アンド・カンパニー・リミテッド、以下FW社)と、それを長年日本で利用してきた国内商標権者・株式会社ファミリアとの間で壮絶な戦いが繰り広げられてきた。


不競法2条1項1号、2号が主要な争点となった事件では、既にファミリア側敗訴の判断が確定しているし*4、商標権についても不使用取消審決を支持する判決が出されるなど*5、ファミリア側に圧倒的に不利な展開が続いていたのであるが、本件訴訟は、そのファミリアが、ベアトリクス・ポターの著作物を管理するコピーライツ・ジャパン株式会社を相手取って提起したものであった。


原告ファミリアが求めていたのは、

(1) 日本における同絵柄(原画)の著作権が存続期間満了により消滅したことを理由に,被告が原告に対し同著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認。

及び

(2)同著作権が消滅した後も被告が被告ライセンス商品についていわゆる
c表示など同絵柄(原画)について未だ著作権が存続しているかのような表示をライセンシーをして使用させ,需要者ないし取引者をして同絵柄の著作権が日本において未だ存続しているかのように誤認させる表示をしているところ,同表示は,同ライセンス商品の品質又は内容及び後記被告商品化許諾業務に係る役務の質又は内容を誤認させる不正競争行為(不正競争防止法2条1項13号)に該当すると主張して,不正競争防止法3条1項に基づき,同表示を自ら使用すること並びにライセンシーをして使用させること及び同表示を使用し,又は使用させた商品の販売等や役務の提供等の差止め。
(3)同法4条又は民法709条の不法行為に基づく損害賠償。

である。


通常は抗弁として主張される「パブリック・ドメインになった」という主張を、あえて原告が請求原因として立てて争ったのは、被告側が管理していた著作物である「ピーターラビットのおはなし」の著作権が平成16年5月21日をもって満了していた(この点については当事者間に争いはない)にもかかわらず、被告が以前として「マルCマーク」を付けた著作権表示を行っていたことによって、原告が企画したバスタオルやフェイスタオルの百貨店店頭での取扱いが拒否される、といった事態が生じていたからである*6


被告側は、そもそも本件のような消極的確認を求める利益が原告にはない、といった反論を行ったが、それに対して裁判所が下した判断は以下のようなものであった。


まず、裁判所は消極的確認訴訟における「確認の利益」について、

「一般に,確認の訴えにおける確認の利益は,原告の権利又は法律的地位に現存する不安・危険を除去するために,判決によってこの権利関係の存否を確認することが必要かつ適切である場合に認められるところ,消極的確認訴訟の場合においては,被告が権利の存在を何らかの形で主張していれば,特段の事情のない限り,原告としてはその権利行使を受けないという法律的地位に不安・危険が現存することになるものというべきであり,これを除去するために判決をもってその不存在の確認を求める利益を有するものということができる。」(36頁)

という規範を提示した。


そして、FW社と被告の日本における商品化権契約の実態について、実際に用いられていた契約書等を元に検討した後に、「マルCマーク」の意義について以下のように述べたのである。

「すなわち、「マルC」の記号は、自国の法令に基づき一定の方式の履践を著作権の保護の条件としている万国著作権条約の締約国が,その締約国で著作権の保護を受けるための方式として要求しているものを満たしたと認めるための要件として「著作者その他の著作権者の許諾を得て発行された当該著作物のすべての複製物がその最初の発行の時から著作権者の名及び最初の発行の年とともに」これを表示することを要求したものである。」
「このように,「マルC」の記号は,ある著作物がいずれかの締約国で著作権の保護を受けるための条件として一定の方式を満たすことを要求している場合に,当該締約国において著作権の保護を受けるための方式を満たしたと認められるために表示されるものであって,それ自体として当該著作物について著作権を創設するものではないことは明らかである。また,日本のように,著作権の保護について上記のような方式主義を採用していない国においては,その表示が義務づけられているものではないことはもちろん, 「マルC」の記号の表示(「マルC」表示)の有無によって著作権の保護の有無が法的に左右されるものではない。したがって,日本においては, 表示が付されていないからといって著作権の保護を受けないというものではないし,逆に,「マルC表示が付されているからといって,当然にそれが著作権の保護を受ける著作物と認められるものではなく,マルC」表示の有無とこれを表示した著作物が日本国内において保護されるか否かは,法律上はまったく無関係である。」(40-41頁)

このあたりは、一般にはあまり知られていないが、業界では「常識」の類に入る話で、さほど特筆すべき内容ではない。


だが、裁判所が続けて述べた

「しかしながら,「マルC」表示は,その現実的な機能として,著作者及び最初の発行年の記載と相まって,いまだ当該著作物について,当該著作者を著作権者とする著作権が存続している旨を積極的に表明するとの側面をも有するものであり,その著作物を無断で使用する場合には著作権侵害になることを需要者又は取引者に対し警告するという機能を有することを否定することはできない(「マルC」表示がかかる警告的機能を有すること自体は,被告もこれを認めている。)」(41頁)

といったくだりが、原告の救済に大いに生きてくることになった。


裁判所は、「既に存続期間が経過するなどして著作権が消滅している著作物は,いわゆるパブリックドメインに帰したものとして何人も自由に使用できるものである」から,「著作権が消滅し,パブリックドメインに帰した本件絵柄をそのまま使用した原告製品を販売することを計画している原告は,これを著作権に基づく権利行使を受けないで自由に販売し得るという法律的地位を有している」ということを認めた上で、被告が行っている表示が、「著作権の存続期間が満了している本件絵柄とそうでない二次的著作物を何ら区別することなく,包括的に著作権を表示するものとなって」いることを指摘し、

「実際上の機能として,本件絵柄について著作権の存続期間が満了しているにもかかわらず,いまだ著作権が存続しているとの印象を与えるおそれのあるものであり,かつ,実態として警告的作用を有している」(42頁)

こと、そして、被告の行為*7によって、

「本件絵柄を使用した原告製品を取り扱うことを予定している百貨店等の取引者が,著作権の存続期間が満了した本件絵柄とそうでない二次的著作物の区別に疎いこともあって,被告からの著作権に基づく権利行使を受けることをおもんぱかり,これを一因として原告製品の取扱いを躊躇している」(42頁)

ことを認めたのである。


その結果、冒頭の規範に従い、

「原告には,被告から著作権に基づく権利行使を受けることなく原告製品を販売し得るという法律的地位に不安・危険が生じているということができ,このような不安・危険を除去するためには,原告が,本件絵柄について被告が原告に対する著作権に基づく差止請求権を有しないことを確認する旨の判決を得るのが有効適切であるということができる。」(42頁)

という結論が導かれることになった。


いかに、「マルCマーク」の存在が国内における著作権の存否には何ら影響を与えるものではない、という事実が存在したとしても、信用重視で商売を行っている事業者が、安易に「危ない橋」を渡るとは考えにくいわけで、ゆえに裁判所があえて一歩踏み込んで、パブリック・ドメインの著作物を使おうとしている原告の「法律的地位の不安・危険」を認めたことは、現実の取引実態に照らして大きな意義がある*8


被告が主張するように、本件では、商標権侵害ないし不競法に基づく差止請求のリスクも存在しているから、このまま上記消極的確認を認める判決が確定したとしても、百貨店等が容易に取引に応じることはないのかもしれない。


だが、とかく“権利を引っ張りがち”な権利者を牽制する手段として、差止請求権不存在確認、というツールが存在することを確認できたことに、本件判決の意義はあったといえ、今後保護期間延長問題等も絡んであの手この手で権利引き延ばしにかかる権利者に「持たざる者」が対応する上で、その意義は決して小さくないのではないかと思っている。


なお、裁判所は、続く(2)、(3)の主張について、

「「絵柄が著作権による保護の対象となる著作物であるということ」は、13号の不正競争行為にいう誤認表示の対象となる商品の品質ということはできず、「商品の内容」に関する誤認表示にも当たらない」*9

などと述べて、原告の請求を棄却しており、一応お互いに花を持たせた形になっている。


不競法2条1項13号の趣旨に遡った上で、①「被告ライセンス商品」の品質・内容誤認の問題と、②商品化許諾業務の役務の質・内容の誤認の問題を分け*10、さらに不法行為の成否を丁寧に検討するなど、後半の説示だけでも十分タメになるのだが、ここでは詳細は割愛。


本判決の結論に至るまでの判示には、随分と思い切ったなぁ、と感じさせる部分もいくつかあるため、控訴審でも同じ結論が維持されるかどうかは分からないのだが、いずれにせよ、もっとこういった判決に注目していくことが、知財事件における「司法」の意義、そして個々の裁判官の正当な評価につながっていくのではないか、と思った次第である。

*1:第2部・中野哲弘裁判長。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070219140413.pdf

*2:ちなみに、上記職務発明訴訟は本人訴訟であり、上記主張も“トンでも”の域を出ていないのはいうまでもないことである。現に裁判所も「控訴人の上記主張は、いずれも憶測に基づく主張の域を出ないものであり、その他本件訴訟記録を精査しても、田中裁判官等に上記事実があったとは、到底認めることができない」と判断している。

*3:第21民事部・田中俊次裁判長。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070131160125.pdf

*4:東京高判平成16年3月15日。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/53B97A8E98C65F1D49256EC3002926

*5:知財高判平成18年10月26日。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061027163653.pdf00.pdf

*6:そもそも、コピーライツ・ジャパンが属する「Copyrights Group」では、http://www.copyrights.co.jp/home.aspxのトップにあるようなマークを用いており、自社の社名表記自体がマルCマークと紛らわしいものになっていることも合わせて指摘されている。

*7:新聞の全面広告で、「ピーターラビットTMは,多くの著作権・商標権・不正競争防止法などによって保護されています。版権元の許認可なしでの不正な使用による商品化とその販売に対しては,知的財産権の侵害行為として断固法的措置を講じることを辞しません」などと表示したことが認定されている。

*8:裁判所はさらに、「著作権の存在や差止請求権の存在を主張した事実はない」と主張した被告に対し、そのような主張が現実に行われていなくても「原告の法律的地位に不安。危険が存在し、これを除去するために判決をもって権利の不存在を確認することが有効・適切であれば確認の利益を基礎づける事実としては足りる」と述べて、原告にとっての現実的な障害の存否をじっくり見極めるアプローチを取っているように思われる。

*9:需要者の選択の基準となるのは、その絵柄そのものの美しさや芸術性の高さ等によるのであって、その絵柄が著作権の保護を受ける著作物であるか否かは購入の決定基準になるわけではない、とした。

*10:①では先述したような「誤認表示」該当性を、②では「営業上の利益」の有無を、結論を左右するファクターとして用いている。

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