「逆襲のチャルダッシュ」

地元開催の世界フィギュアの独占中継、という絶好の舞台を与えられながら、実況も解説も、トリノ五輪の刈屋アナ&佐藤有香コンビには遠く及ばなかったフジテレビ。


選手が転倒した直後に「今、転倒してしまいました」と意味のないコメントを付ける八木沼純子さんもどうかと思ったが、それ以上に、いちいち無意味なキャッチフレーズを付けるアナウンサーには正直閉口させられた*1


だが、この日の女子フリー、唯一光ったキャッチフレーズが、タイトルのそれ。


結果的には、前日のエントリーで予告したとおり、逆転優勝という「奇跡」は起こらなかったが、我々は、たぶんそれ以上に意味のある、末恐ろしい16歳の底力、を目撃することになったのである・・・。


できすぎたドラマ

現実の出来事としてはあまりに出来過ぎた展開だったのは確かである。


最終組の一つ手前で滑った中野友加里選手が、最初のトリプルアクセルで転倒しながらも*2、その後うまくまとめて上位進出に希望を残す。


そして最終組の最初の二人(コストナーエミリー・ヒューズの両選手)が立て続けに大きなミスを犯し、中野選手の得点を上回れなかったために、この時点で日本選手のメダル獲得は確定・・・。


今季フリーの演技であまり良いところを見せていなかったエミリー・ヒューズ選手はまだしも、前日のSPではほぼ完璧な滑りを見せていたコストナー選手までもが、出だしのジャンプを失敗して以降、グダグダな出来になってしまい、結果としてSPで7点以上の差を付けていた中野選手が僅か「0.01点」差で逆転してしまったのだから、ここまでの展開はそれだけでも出来すぎである。

ポイキオ  SP 57.16⑩ FS 52.47、51.49(-1) 102.96⑦ 160.12⑧
マイヤー  SP 50.30⑨ FS 50.30、52.98(-1) 102.28⑧ 160.80⑦
中野友加里 SP 60.62⑦ FS 54.56、54.74(-1) 108.30⑥ 168.92⑤
*****(ここから最終組)*****
コストナー SP 67.15③ FS 45.50、57.27(-1) 101.76⑨ 168.91⑥
E・ヒューズ SP 60.88⑥ FS 46.79、52.39(-1) 98.18   159.06⑨

だが、この日はそれだけでは終わらなかった。


最終組の第三滑走者、SPで世界最高記録を叩き出したキム・ユナ選手が世紀の凡滑走。


元々、今季フリーでは終盤息切れする傾向にあったユナ選手だけに、SPほど完璧に滑ることはできないだろう、とは思っていたのだが、終盤でコンビネーション、3回転と立て続けに失敗(しかも転倒)というのは、見守る側の我々日本人にとっては、やはり“カミカゼ”とも言うべき幸運だったというほかない。

キム・ユナ SP 71.95① FS 54.55 61.64(-2)114.19④ 186.14③

究極の大逆転劇

ここまでテレビに映った全選手が転倒、前の前の組で滑ったロシェット選手のフリーのスコアを上回れたのがキム・ユナ選手のみ*3、と、上位をうかがう日本勢にとっては願ってもみない展開となっていたわけだが*4、極めつけは、やはり浅田真央選手の演技だった。


今季一度しか決めていなかった、ステップからのトリプルアクセルを見事に決め、次の3回転コンビネーションで着氷を乱したものの、その後は、チャルダッシュの音楽に載って、面白いようにジャンプを決めていく。


始まる前から見る側をハラハラさせていた強張った表情も、一つプログラムを終えるたびに次第に解けていき*5、途中小さなガッツポーズを見せてからは、会場全体を完全に味方に付けて、最後まで勢いで滑りきった。

浅田真央 SP 61.32⑤ FS 69.64 63.49 133.13① 194.45②

最後のスピンを終えた後のスタンディングオベーション、氷上で初めて見せた涙、そして驚異的な高得点・・・。いくら話しても言葉にならない終了後のインタビューとあわせ、ここに一つのストーリーが完結してしまったのである。


これぞ、まさに「逆襲のチャルダッシュ」。恐るべし塩沢アナ・・・


今季フリースコアが伸び悩んでいたキミ・マイズナー選手は、案の定波に乗り切れないまま演技を終了し、この時点で日本人の金メダルは確定*6

マイズナー SP 64.67 FS 55.79 59.77 115.56③ 180.23④

テレビの前の日本人視聴者の中には、ここで一安心、とばかりにトイレ休憩に立った人も多かったのではないだろうか(笑)。


本来最大の注目を集めるべきだった、最終滑走者・安藤美姫にとってはある意味気の毒な展開だったわけだが、結果はもうご存知のとおり、リスクを冒さない演技に徹した安藤選手が、SP2位の貯金にモノを言わせて大どんでん返しの金メダル。


かくして、東京開催の世界選手権は、プロなら遠慮してしまうようなベタなフィナーレを迎えたのであった*7

安藤美姫 SP 67.98② FS 67.66 59.45 127.11② 195.09①

「逆襲」の意義

プログラムが客観的にスコアに変換される新採点方式に忠実な演技とはいえ、本人も認めるとおり、「曲に乗り切れていない」微妙な演技だったこともあって、安藤選手のトータルスコアが出た瞬間に「空気嫁」と叫んだ輩も決して少なくなかっただろうが、それでも、世界最高峰の大会で日本人ワン・ツーという快挙の立役者となったのだから、それはそれで評価されるべきことだろう*8


それに、浅田選手にしても、ここで「奇跡」を起こして「世界チャンピオン」の重い称号に次の五輪まで苦しめられ続けるよりは、“日本の二番手”として、翌シーズン以降に期待をつないだほうが何かと得だし、本人にとってのモチベーションになるのは確かだと思う。


仮に次の世界選手権、あるいはバンクーバーショートプログラムで出遅れたとしても、この日の「逆襲」は、浅田選手自身の「力」となって生きるだろうし、他の最終組滑走者に対しては一種の「トラウマ」となって襲い掛かるだろうから、普通とは違った展開になることも考えられる。


「逆襲のチャルダッシュ」のフレーズが再び使われることはないのかもしれないが、筆者はこの日の浅田選手の「逆襲」には、単に5位が2位になった、ということ以上の大きな意義があったというべきではなかろうか。



とりあえずエキシビジョンが始まる前に、もう一度You Tubeでも見て、余韻を味っておくことにしたい。

*1:極めつけは、マイズナー選手に対する「君(「キミ」とかけたのか?)の本当の名はキンバリー」(苦笑)。

*2:結局このトリプルアクセルは、今季全くと言ってよいほど決まらなかった・・・。

*3:それも元々定評のある演技点で高得点を残した故で、技術点だけ見れば中野選手にすら勝てていない。

*4:テレビ画面を眺めながら、筆者自身の性格の悪さを改めて痛感した(苦笑)。

*5:賛否両論あるだろうが、浅田真央選手は感情が前面に出るので、見ている方としては非常に分かりやすい。

*6:それでもこの日のシビアな流れの中で最後まで転倒せずにプログラムをつないだのは立派だし、個人的にはキム・ユナ選手より上に行っても良かったとは思うのだが

*7:なお、日本勢ワン・ツーに加え、3位に韓国のキム・ヨナが入ったことで、“地元びいき”的傾向を指摘する声もありそうだが、2004年〜2006年の世界ジュニア選手権の優勝者が誰だったかを思い出せば、そんな批判は意味のないものであることが良く分かる。ちゃんと優勝年次順に並んでいるあたりもできすぎと言えば出来すぎなのだが(笑)。

*8:浅田選手にしても、SPと同じく回転が著しくスローになったスピンなど、細かいところを言えば決して完璧といえる出来ではなかった。

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