最高裁法廷意見の分析(第14回)〜代理出産をめぐる立法論

最二小決平成19年3月23日(H18(許)第47号)*1


メディアでも大きく報道された向井亜紀高田延彦夫妻の代理出産をめぐる事件。


民訴法118条に基づいて、ネバダ州の裁判所で出された「出生証明書及びその他の記録に対する申立人らの氏名の記録についての取決め及び命令」の日本国内での効力を認め、出生届の受理を命じた原決定(東京高決平成18年9月29日)を見た時は、日本の裁判所もリベラルになったものだなぁ、とある種の感銘すら受けたのであるが、最高裁は、原決定を破棄し、結局向井夫妻の抗告を棄却した。


多数意見は、最二小判平成9年7月11日(懲罰的損害賠償に関する萬世工業事件)を参照して、外国判決が「公の秩序に反する」場合の規範を定立した後、

「実親子関係は,身分関係の中でも最も基本的なものであり,様々な社会生活上の関係における基礎となるものであって,単に私人間の問題にとどまらず,公益に深くかかわる事柄であり,子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであるから,どのような者の間に実親子関係の成立を認めるかは,その国における身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念にかかわるものであり,実親子関係を定める基準は一義的に明確なものでなければならず,かつ,実親子関係の存否はその基準によって一律に決せられるべきものである。したがって,我が国の身分法秩序を定めた民法は,同法に定める場合に限って実親子関係を認め,それ以外の場合は実親子関係の成立を認めない趣旨であると解すべきである。以上からすれば,民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は,我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものであり,民訴法118条3号にいう公の秩序に反するといわなければならない。このことは,立法政策としては現行民法の定める場合以外にも実親子関係の成立を認める余地があるとしても変わるものではない。」(8頁、太字筆者)

と述べて、ネバダ州裁判の本件への適用を否定したのである(民訴法118条3号)。


我が国の民法の解釈としては、

「子を懐胎し出産した女性とその子に係る卵子を提供した女性とが異なる場合についても,現行民法の解釈として,出生した子とその子を懐胎し出産した女性との間に出産により当然に母子関係が成立することとなるのかが問題となる。この点について検討すると,民法には,出生した子を懐胎,出産していない女性をもってその子の母とすべき趣旨をうかがわせる規定は見当たらず,このような場合における法律関係を定める規定がないことは,同法制定当時そのような事態が想定されなかったことによるものではあるが,前記のとおり実親子関係が公益及び子の福祉に深くかかわるものであり,一義的に明確な基準によって一律に決せられるべきであることにかんがみると,現行民法の解釈としては,出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず,その子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵子を提供した場合であっても,母子関係の成立を認めることはできない。」(9-10頁、太字筆者)

という判断が示されている。


最高裁は、民法が母子関係を定めるにあたって「一義的に明確な基準」を要求している、という点を強調することで、代理出産によって生まれた子の出生届不受理処分を是認する結論を導いた、といえよう。

津野修、古田佑紀両裁判官補足意見及び今井功裁判官補足意見

本判決には、津野裁判官(行政官出身)、古田裁判官(検事出身)及び今井裁判官(裁判官出身)の3名の補足意見が付されているが、いずれも現行法制の下では「代理出産」に対応しうるだけの環境が整っていない、ということを指摘し、立法面での解決を促す内容になっている。


立法面での解決の必要性については、多数意見の中にも

「この問題に関しては,医学的な観点からの問題,関係者間に生ずることが予想される問題,生まれてくる子の福祉などの諸問題につき,遺伝的なつながりのある子を持ちたいとする真しな希望及び他の女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的感情を踏まえて,医療法制,親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ,立法による速やかな対応が強く望まれるところである。」(10頁)

というくだりがあったのであるが、これらの補足意見は、どの点において「対応」が必要なのか、より具体的に問題点を指摘し、解決策を示唆するものになっている、といえるだろう。


まず、津野・古田両裁判官は、代理出産をめぐる諸外国の問題に触れた後に、

「懐胎、出産した女性、卵子を提供した女性及び子との間の関係が法律上明確に定められていなければ、子の地位が不安定になり、また、関係者の間の紛争を招くことともなって、子の福祉を著しく害することとなるおそれがある」(12頁)

という指摘を行い、さらに、

「出生する子の福祉や親子関係の公益性、代理出産する女性の保護などの観点から、代理出産契約が有効と認められるための明確な要件が定められる必要がある」

と指摘している*2


また、今井裁判官は、民法制定当時想定されていなかった問題について、民法が規定を設けていない、ということのみで直ちに身分関係を否定するのは妥当ではない、という一般論を述べつつも、

「身分関係、中でも実親子関係の成否は、法廷意見の述べるように、社会生活上の関係の基礎となるものであって、身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念にかかわる問題である。具体的な事案の中で、関係当事者の権利利益を保護すべきか否かという側面からの考察のみではなく、そのような関係を法的に認めることが、我が国の身分法秩序等にどのような影響を及ぼすかについての考察をしなければならない。」(15頁)

と述べて、医学界においても実施に対して否定的な意見が多い代理出産を結果的に追認することとなる原審決定の結論に疑問を呈し、

「医療法制、親子法制の面から多角的な観点にわたる検討を踏まえた法の整備が必要である」(16頁)

として、「できるだけ早く」立法することが望ましいと説かれている。




こと本件の事案の解決、という視点からみれば、出生届が認められないまま放置するより、原決定のように出生届を受理してしまった方が子供の救済に資したのではないか、とも思う。


しかし、これらの補足意見で挙げられている内容を読むと確かにもっともな内容であるし、同種の事例が今後も数多く出てくる可能性があることに鑑みれば、こういったマクロな見地からの制度設計を経てからでも遅くないのでは、という気持ちにさせられるのも確かである。


今井裁判官が懸念されているような、生殖医療技術の進展に伴う「既成事実の積み重ね」が着々と進んでいる中、当の立法サイドが今後どう動いていくのか注目していきたい*3

*1:古田佑紀裁判長・http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070323165157.pdf

*2:後者については、「その要件を満たしていることが代理出産を依頼した女性との実親子関係を認めるための要件となるとすれば、実親子関係の有無の判断が個別の事案ごとにされる代理出産契約の有効性についての判断に左右されることになり、実親子関係を不安定にすることになるばかりでなく、客観的には同様の経過を経て出生する子の間で、ある者は実子と認められ、ある者は実子と認められないという結果を生ずることも考慮しなければならない」(12頁)と問題点も挙げた上での判示となっている。

*3:なお、津野・古田の両裁判官、今井裁判官ともに、実子としての届出に代わって、「特別養子縁組」による可能性を示唆しているのは非常に興味深いのであるが、代理母が外国に在住している本件のような事案において、縁組成立において不可欠な「父母の同意」(民法817条の6)をどのように取り付けるか、など、こちらについても今後どのような展開を見せていくか、見守っていく必要があるように思える。今すぐに立法がなされることを期待しがたい現在の状況下でなしうる“現実的な救済策”にまで目を向けてはじめて、向井夫妻と同じような悩みを抱える多くのカップルを救うことが出来ると思うから・・・。