家電量販店と競業避止契約

この種の事案がニュースになったのは久しぶりのような気がする。

「退職後1年間は競業他社に転職しないとの誓約書に違反したとして、ヤマダ電機が元男性社員に約420万円の違約金を求めた訴訟の判決が24日、東京地裁であった。長谷川浩二裁判官は「幹部社員の競業他社への転職を一定期間制限する社内規定は有効」とし、元社員に約140万円を支払うよう命じた。企業が社員の転職に伴う営業秘密の保持に腐心する中、ライバル会社への転職について一定の歯止めをかけた形だ」(2007年4月25日付朝刊・第42面)

記事によると、この元男性社員は、1997年にヤマダ電機入社後、横浜、茅ヶ崎の店長を務め、2005年4月に退職。その直後に人材派遣会社を通じて競合他社である「ケーズデンキ」(ギガスケーズデンキ)に入社したとのこと。


ご存知のとおり、競業避止契約の有効性をめぐっては、労働法研究者や、知財法・競争法研究者らによって、これまで(局所的に)華やかなりし議論が繰り広げられてきたところであり、どのような場合に禁止の必要性が認められるかや、代償の要否、競業制限期間といった点に至るまで、様々な見解が世に出されていたところである。


もっとも、裁判所に持ち込まれる事案がどことなくプリミティブな香りがする(笑)、というのもこの種の事案の特徴。


多くの学説が前提としている“雇用流動化に伴う職業選択の自由と情報保護の調整問題”といった高尚な理念とは縁遠い、中小企業における番頭格幹部の独立や、営業マンの引き抜きをめぐるどろどろしたトラブルの亜流のような事案が多いがゆえに、議論の華やかさに比して、具体的事例が世の中に与えるインパクトはさほどでもなかった*1、というのが実態であったように思う*2


そんな中、大手家電量販店業界において、人材派遣会社を通じて競合他社に転職する、というある意味“理想的な”転身を遂げた労働者が、前の雇主との間の競業避止契約によってペナルティを食らう、という事例が登場してきた、ということは、ある意味非常に興味深いことだといえる。


気になった点があるとすれば、技術上の秘密を抱えるメーカーの開発担当者や、顧客名簿一つで商売ができてしまうようなベタな営業担当者とは異なり、本件で問題となった社員が従事していたのが、元々共通したスキームに則って運営されている(と思われる)家電量品店での管理業務だったことだろうか。


記事の中では、

「同裁判官は判決理由で、ヤマダ電機の転職制限の社内規定について「幹部社員は独自の販売方法や経営戦略を知ることができ、競業他社への転職制限を課すことも不合理ではない」と判断。1年間という制限期間も「不相当に長いとはいえない」と容認した」

とされているが、その「独自の販売方法や経営戦略」というものが、どれほどの中身なのか、この記事だけでは如何とも図りかねる*3


もし、現実に判決文にあたる機会があったら、

「競業避止特約の存在を認めるに足るだけの合理性があるかどうかを審査するに際し、裁判所はどのような点に着目したのか」

という点について、もう少し詳しく見てみたい衝動に駆られてしまうのである。


なお、本件では、最終的に、「転職制限に違反した場合の違約金」として、「退職金の半額と退職間際の給与1か月分」の約143万円が認められているのだが、当該社員の営業の差止めについては、争点とされた形跡が(少なくとも記事からは)うかがえない。


競業を理由とする退職金の減額については、それを許容する判決がかなり昔に出ていたこともあり*4、裁判所も比較的認めやすかったのではないか、というのが率直な感想である*5


いずれにせよ、判決文がどこかにアップされたら一度目は通しておきたい、そんな事件であった。

*1:もちろん一部で話題になった、イトマコ対LECなんて事件もあったりはするが。

*2:競業避止条項を適用するまでもなく、転職・引き抜き態様の悪質さゆえに競業者が差止めを受けたり、逆に、前の雇主の感情的な主張ゆえ、ハナから請求が認められる余地がなかったり、という事案が多かったこともあって、競業避止契約の存在そのものが訴訟の帰趨を決した、といえるような事案は決して多くはなかったのではないだろうか。

*3:そもそも「家電量販店」というジャンル自体が一つのビジネスモデルのようなものなのだから、家電量販店相互の「経営戦略」や「販売方法」に、大きな差異があるとは考えにくい。それゆえ、本件においても、競業避止特約の効力を及ぼすに値するだけの「理由」が、前雇主にあったといえたかどうか、が一つの争点になっていたのではないか、と筆者は推察している。

*4:最判S52.8.9・三晃社事件。もっとも、最高裁判決といっても、最高裁は定型文で労働者側の上告を退けただけであって、実質的にはこの事件も下級審判決に過ぎないのだが・・・。

*5:この場合、競業行為そのものを差し止める場合に比べれば「職業選択の自由」に対する制約も間接的なものに留まる、というのが一般的な理解である。

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