がんばれ!受験生

世間では、受験といえば「冬」と相場が決まっていて、春になれば、やれ「新生活のスタート」だ、やれ「ゴールデンウィーク」だ、と遊びの話ばかりでやかましい。


だが、冷静に考えてみよ。


5月といえば、各種資格試験のオンパレードである。新旧の司法試験に弁理士試験、国家一種の公務員試験も大体このくらいの時期に繰り上がったのではなかったか。


誰が騒いでいるのか知らないが、こんな時期に浮かれているのは、人生の重大時を目前に控えた諸兄らに失礼ではないか!


・・・と、ゴールデンウィークにどこにも行けない自分に言い訳をしたところで、標題のタイトルである。



別に予備校の宣伝をするわけではない。



これはレッキとした商標をめぐる大企業同士の争い。それも、これまでは、(あまりにベタな教室設例ゆえ)さほど真面目に論じられることもなかった、商標法8条2項、5項違反の過誤登録の効力が争点となった極めて希少価値の高い事例を紹介するエントリーである。

知財高判平成19年4月26日(①H18(行ケ)第10458号、②H18(行ケ)第10506号)*1


原告である株式会社インクシグナムは、「スイス国法人ソシエテ デ プロデュイ ネッスル エスアー」の日本法人に「キットサクラサクよ!/がんばれ受験生!」*2という商標を許諾している会社なのであるが、原告は、

「原告商標に対して被告(注:東洋水産)又は日清食品から無効審判請求がなされることを予想していたこともあって」(15-16頁)

自ら「がんばれ受験生」を出願して無効審判請求適格を取得し、平成17年12月16日に、第30類(菓子及びパンなど)で商標「がんばれ!受験生」(第4441897号)を保有している東洋水産と、同じく第30類で商標「ガンバレ!受験生」(第4453796号)を保有している日清食品を相手取った無効審判請求を提起したのである*3


特許庁東洋水産(無効2005-89162号事件)、日清食品(無効2005-89163号事件)のいずれについても無効審判不成立の審決を行ったことから、その取消しを求めて提訴したのが本件、ということになる。


本件が興味深いのは、問題になっている東洋水産日清食品の商標がいずれも平成12年1月24日に出願されたものであり、

「上記各出願を受けた特許庁審査官としては、法8条2項・4項・5項に基づく協議・協議命令・くじの手続を執るべきであったのにこれを看過し、両出願につき商標登録させてしまった」(17頁)

点にある。


商標法8条では、

第2項 同一又は類似の商品又は役務について使用をする同一又は類似の商標について同日に二以上の商標登録出願があつたときは、商標登録出願人の協議により定めた一の商標登録出願人のみがその商標について商標登録を受けることができる。
第4項 特許庁長官は、第2項の場合は、相当の期間を指定して、同項の協議をしてその結果を届け出るべき旨を商標登録出願人に命じなければならない。
第5項 第2項の協議が成立せず、又は前項の規定により指定した期間内に同項の規定による届出がないときは、特許庁長官が行う公正な方法によるくじにより定めた一の商標登録出願人のみが商標登録を受けることができる。

と規定されており、8条2項及び5項は、無効理由の一とされている(46条1項1号)ため、原告はそれに基づいて無効審判を請求したのであるが*4、そもそも、常識的に考えれば、審査官が同日出願商標に対する協議命令、ないしくじ引きを“失念する”ということは考えにくく、机上設例としてはありえても現実には起こり得ない現象と考えるのが自然だろう。


それにもかかわらず現にそれが起き、さらに後願の商標との関係での問題が顕在化した・・・。


それゆえ本件は、「商標法8条各項の意義」を正面から問いかける興味深い事件となったのである。


何とかして東洋水産日清食品の両商標を無効にしたい原告の側が、明治17年商標条例以来の商標法の歴史を紐解きつつ、

「商標の重複登録は、商品出所の同一性を毀損し、商品出所の混同を生じて取引秩序を混乱させ、一般需要者や取引者に与える影響が大きく、法が目的とする需要者の利益保護に明らかに逸脱するものであり、ひいては商標登録制度に対する信頼を失わせるような事態を惹起させるものであることが明白であるから、許されるべきではない」(4頁)

と述べるのに対し、被告側は、

①協議命令やくじが行われなかった瑕疵を理由として商標登録を無効とすれば、先願者自身には何らの帰責性もないのに、後願者が漁夫の利を得るという不合理な結果が生じる。
②商標法は重複登録についていくつかの例外を認めている(H3、H18改正法に基づく特例出願の重複登録規定、H8改正法に基づく分離移転の許容など)。
③無効審判の除斥期間が5年間に制限されている趣旨を考慮すべきである。

と反論した。


さて、それでは裁判所はどのような判断を下したのだろうか。


裁判所は、法8条の規定の趣旨を、

「商標法における先願主義の立場を明らかにし、先願と抵触する重複登録はこれを避けようとした規定であると解される」(17頁)

と解した上で、

①法8条が定める重複登録禁止の立場は、「重複した商標登録の併存を法が絶対に許容しない程の強い公益性を有するもの」ではない。
②商標法には後願排除効がない(法8条3項)から、仮に先願の重複登録商標を無効とすると、「その後願者にいわゆる漁夫の利を付与することになって、法8条1項の先願主義の立場に反する結果になる」
(17-18頁参照)

と、概ね被告側の主張に沿う形で請求棄却の結論を導いている。


わざわざ無効事由になる旨規定が置かれているのに、

「法8条2項、同5項に違反し商標登録が無効となる場合(法46条1項1号)とは、・・(略)・・、先願主義の趣旨を没却しないような場合、すなわち出願人の協議により定めたにも拘らず定めた一の出願人以外のものが登録になった場合、くじの実施により定めた一の出願人でない出願人について登録がなされたような場合をいうものと解するのが相当である」(18頁)

という極端に狭い解釈をとることが本当に妥当なのか、という点についてはもう少し議論の余地はあると思われるし*5、裁判所が本判決において繰り返し述べる、「先願主義が、法8条1項に明定された重要な法原則であ」る、という論旨には半ば辟易させられるような気分になるのも確かで、もう少し別の角度からの論旨の補強がなされても良かったのではないか、と思ったりもする。


だが、こと本件の事案について即して言えば、本件原告が、“障害になりそうな商標をサーチしていたら、たまたま被告の2商標に重複登録の過誤を見つけた”と表現する方が適切だろうから、“漁夫の利”を認めるべきではない、という説示もすっきり当てはまるように思う。


本件に対して上告受理申立てがなされたとして、それが採用されるかどうかは微妙なところだと思うのであるが、「特例なき重複登録」という異常事態と、先願主義の徹底、という要請の間で、最高裁がどのような理由付けを展開するのか、は、少し見てみたい気もするのだが果たして・・・。


なお、本件では全く争点になっていないのであるが、そもそも、「がんばれ受験生!」という一種の“キャッチフレーズ”が、被告商標が登録された平成12年〜平成13年に独占適応性のある標識として認識されうるものだったのかどうか、という点についても、実は争点になりうるのではないか、と筆者は密かに思っている。


「がんばれ受験生!」をめぐるキットカット東洋水産日清食品連合のこのバトル、案外長く続くのかもしれない・・・。


(追記)
なお、この“仁義なき戦い・「受験生」編”を象徴するかのような商標を東洋水産が出願しているのを見つけた。

「きっと勝つとよ\がんばれ!受験生」(商願2006-4263号)

当然第30類。


これはキットカットに対する嫌がらせ以外の何ものでもない、と筆者は思うのだが、読者の皆様の感想はいかがだろうか・・・(苦笑)。

*1:第2部・中野哲弘裁判長、①http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070427140319.pdf(対日清食品)、②http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070427140125.pdf(対東洋水産)、以下では断りない限り②事件の判決より引用する。

*2:これは、ご存知、新春に発売される「KitKat」に使われている商標である。

*3:その結果、原告は、平成18年2月17日に東洋水産から自らの商標の無効審判請求を起こされている(無効審判2006-89018号事件)

*4:もっとも、8条違反に基づく無効審判は「商標権の設定の登録の日から5年を経過した後は、請求することができない」とされており(47条1項)、原告が無効審判請求を行った平成17年12月16日は、東洋水産の商標設定登録日(平成12年12月22日)の5年後目前、というギリギリの時期であった。

*5:原告は、同様の判断を下した原審決に対し、「このような場合が惹起されることは殆どないといっても過言ではない」と批判している(3-4頁)。

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