毎年のことではあるが、長期休暇の季節になるとこのブログのアクセス数が激減する傾向にある。
裏返せば、それだけ会社で暇つぶしにこのブログを見ている人が多いということなのだろう。
それでいいのかっ! 日本のホワイトカラーは・・・(笑)。
という戯言はさておき、ついに「小売等役務商標制度」の導入に伴う祝祭が始まったようだ。
最近顧客サービスに非常に力を入れている(らしい)「トムソンブランディ」のサイトに掲載された「小売等役務出願データ」(http://www.brandy.co.jp/?document=News&id=241)
「特許電子図書館」ではまだ閲覧できない公開情報を、一足早く閲覧できるというのは有難いことこの上ないのであるが、驚かされたのは、4月1日〜4日の間に出願された、という「小売等役務商標」の数である。
実に2656件。
あらかじめ予測されていたこととはいえ、出願人の顔ぶれを見ると、おそらく特許庁にとって「想定外の事態」ともいえるのではないか、というものがチラホラ見受けられ、香ばしいことこの上ない。
元々公開されている情報が限られている(指定役務の全てが閲覧できるわけではない)上に、筆者とて全件精査できるほどヒマではないので、ざっと追ってみた感想だが、今回「小売等役務商標」を出願した事業者の出願戦略は、以下の3つに大別できるのではないかと思う。
“優等生”タイプ
今回の出願の一覧を見ていると、自社で小売業務に使用している商標を洗いざらい探し出し、かつ、役務の指定に際して使用立証を求められても対応できるだけの吟味をしっかり行った上で出願したのだろう、という様子が窺える事業者をいくつか見つけることができる。
例えば、株式会社大丸は100件近い商標を出願しているが*1、まさに看板といえるようなコーポレートマークから、フロアの名称と思しき名称・ロゴまで、非常に多彩な出願を行っているし、指定役務を見ても、どれを「総合小売」で出願して、どれを「特定小売」で出願するのか、きちんと選別されているのが分かる。
おそらく、このタイプの事業者は、社内に優秀な担当者がいるか、あるいは優秀な代理人のいる事務所に出願業務を委託しているのだろう。特許庁から見れば言わば「理想的な優等生」ともいうべき存在なのではないだろうか。
“手堅いしっかり者”タイプ
特許庁にとってはあまり有難くはないが、事業者の立場で見れば、「おお手堅い」と感心させてくれるようなタイプの出願をしている会社も多い。
例えば、株式会社三越*2や株式会社サザビーリーグ*3が行っているような同じ商標を「総合小売」と「特定小売」に分けて出願するという方法は、以前から囁かれていた戦略の一つで、(特許庁にしてみればあまりありがたくない話かもしれないが)迅速な権利確保を狙うにはなかなか賢い方法ということができる*4。
また、思いのほか目立つのは、本来今回の新制度に無縁と思われていた各メーカーの出願の多さである。
例えば、久光製薬株式会社などは、「かいろ及び化学物質を充てんした保温保冷具の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(商願2007-31351号)などという区分でわざわざ出願しているし*5、他にもさりげなく自社の製品分野の小売区分を押さえている事業者は多い。
いかにクロスサーチがかかるといっても、それに安住することなく、確実な権利確保を目指すというのが、商標の王道(ホントか?)であり、その意味で、こういう戦略をしっかりこなしてくる事業者の担当者、ないし代理人もまた優れた人々である、というべきだろう。
“炎のチャレンジャー”タイプ
世の中「優等生」ばかりであれば、統治する側としては苦労はないわけだが、実際には特許庁審査官の頭を悩ませるであろう出願もかなり多い。
何といっても、ざっと数えただけで、上記2656件のうち「総合小売」を指定役務としている出願は500件以上はあるのだ。
シャディのように、実際「総合小売」を行っているといえる事業者が、怒涛の如く「総合小売」役務を指定して出願するというのは分からないでもない(連続して出願されているものだけで実に118件)*6が、そうでない事業者までが果敢にアタックしているのを見ると、羨ましく感じると同時に、特許庁に少しは同情もしてみたくなる。
例えば、株式会社サンリオが出願した17件*7はすべて「総合小売」を指定役務に含んでいるし*8、東洋紡績株式会社にいたっては、自社の洋服のポイントマークを「総合小売」の区分で出願している*9。
特許庁としては、事前に相当“脅し”をかけたせいで、一部百貨店やスーパー、総合商社を除けば、「総合小売」役務を指定してくるヤツなどいない、と楽観していたのかもしれないが、世の中そうは甘くはなかったということだ。
実際のところは、出願している事業者もその代理人も、「拒絶が来たら消せばいいや」程度の軽いノリで、あまり深く考えずに出しているのかもしれないが、新しい審査基準に則り、これらの出願に1件1件拒絶理由通知を出していく作業自体だって、また大変なものだろうし、仮に一か八かで立証資料まで用意されたような日にゃ、余計に負担が増すことになろう。
上記一覧からは判別できないが、複数の小売等役務を指定している事業者も多いし、その先にはクロスサーチという難行も待っている。
調査モノは外注するにしても、最終的な判断は審査官が下さないといけないわけで、そうなった時に、果たして上記2656件(もちろんこの先増えることはあっても減ることはない)に対応するのにどれくらいの時間がかかるのか、想像するだけでも怖い。
なお、別の意味でチャレンジャーだったのが、株式会社ドン・キホーテ。見たところ出願した商標6件*10全てが「総合小売」一本。さすがは勇気ある業界の異端児、といったところだろうか。
また、個人名で「総合小売」を指定していた方も結構いた。
特許庁には気の毒だが、チャレンジャーは素直に称えねばならない。
“邪道”タイプ
最後に、「こりゃないだろ」と筆者が思わず叫んでしまった出願をいくつか挙げてみる。
まず、有限会社大美屋。
出願した「お宝山」という商標がエントリーNo.1*11。栄えある小売商標第1号か・・・と思いきや、よく見ると出願日が2007年3月30日(笑)。
丁寧に解説すると、小売商標制度の施行日は4月1日なので、これは立派なフライング。代理人が電子出願のボタンをうっかりクリックしてしまったのかどうかは知らないが、同社はあえなく4月3日に再出願*12ということになった。
続いて、日本が誇る大手電機メーカー、株式会社日立製作所。
何が凄いって、新審査基準の下では絶滅すると思われた“絨毯爆撃”を小売商標の出願でやってしまったのだから、邪道、というか恐ろしいことこの上ない。
審査基準(というか審査便覧)は、
「同一の事業者によって、類似する小売等役務の分野を超えて複数の類似群に属する小売等役務を指定してきた場合は、合理的疑義があるともいえるから、その指定役務に係る業務の確認を行うこととしたものである。」
と書いているだけだから、一出願で複数類似群の役務を指定するのではなく、個々の類似群ごとに出願を分ければ、理論上は使用証明なしに登録が可能、と考えられている。
だが、それを行った場合、弁理士に委任すると1件につき400万程度はかかってしまう*13ため、費用対効果を考えると、商標ブローカーも迂闊には手を出せまい、というのが事前の想定だった。
それがねぇ・・・
商願2007-30389号から2007-30498号まで続く「日立」「日立製作所のロゴ」「HITACHI」「ひたち」「ヒタチ」という連続技はなかなか壮観ではあるが、莫大な商標予算を持っている会社でないとなかなかできないワザであることは否めないし*14、ましてや明らかに小売事業者ではない日立がそれをやっているのを見ると*15、何のために3条1項柱書審査を強化したの・・・?と問いたくもなるというものだ。
同じような出願をしているのは、他に富士通株式会社とメトログループ(東京メトロとは無関係)*16。
類似群コード別の機械的な運用で使用実績(意思)確認を行うべきではない、というのは、このブログでもこれまで再三にわたって述べてきたことであるが、ここに来てその弊害も見えてきたのではないかと思われる。
いずれにせよ、まだまだ続く小売商標祭り。せめて、第1号の登録だけでも制度導入の余韻が残っている時期に出してくれよ、と思う今日この頃である*17。
*1:商願2007-29611号〜商願2007-29696号など
*2:例えば商願2007-29594号と同29595号など。
*3:例えば商願2007-30018号、同30019号など。
*4:全般的に百貨店やアパレル系商社は軒並み手堅い出願戦略をとっているように見受けられる。
*5:おそらく審査基準には掲載されていない「その他」区分の役務だと思われる。
*6:しかもシャディにとって見れば、以前受けた拒絶査定のリベンジマッチのようなものだ(笑)。
*7:商願2007-31264号〜2007-31280号
*8:仮にサンリオショップの売上比が総合小売要件を満たすとしても、実態としては「それって商品商標の使用なのでは?」と突っ込みが入っても不思議ではないし、コンビニが取れない(とされている)「総合小売」をキャラクターグッズショップがとってしまうのでは、そもそも小売商標とは何なのか、という批判を浴びることは免れまい。
*9:商願2007-30574号
*10:商願2007-31985号〜同31990号。
*11:商願2007-29089号
*12:商願2007-32572号
*13:21の類似群コードに属する役務全てを出願した場合
*14:社員弁理士を使えば、1件87,000円で登録までいけてしまうが、それでも5種類出願すれば1000万円近くにはなる。
*15:もちろん小売子会社や商事子会社のために使わせる、ということも考えられるが、それにしても押さえている範囲が広すぎる。
*16:http://www.metrogroup.de/servlet/PB/menu/-1_l1/index.html参照。なお、富士通は3種類×21類似群+1種類×20類似群(1件については「総合小売」での出願を行っていない)、メトログループは4種類×10類似群の出願となっている。いずれにしてもお金のかかる話だ。
*17:今後の出願状況如何によっては、ファーストアクションが来るのが1年後、なんてこともあながち笑い話とはいえなくなる。で、数年後には「商標審査迅速化法案」が出されたりして・・・w