商標法の条文構造と小売商標

少し前に出た知財管理の4月号(No.57、Vol.4)に、峯唯夫弁理士ヨーデル事件の評釈を書かれている(峯唯夫「合意成立後の商標使用と商標権侵害」知財管理57巻4号616頁(2007年))。


本ブログでも以前地裁判決に対するコメントを載せたが(大阪地判平成18年4月18日)*1、商標法の側面からしても、紛争処理実務の側面からみても、いろいろと興味深い事例だったのは間違いない。


そんな中、峯弁理士は、主に上記判決の「商標権の効力」をめぐる争点に着目し、(1)小売店のプライスカードにおける商標の使用主体、(2)ホームページ、名刺における商標の使用、(3)商品の類否、(4)損害賠償といった点についてコメントをされている。


特に、(1)に関しては、「4月からスタートするいわゆる小売等役務商標との関係を考察」されている点が目を引いたので、以下で取り上げてみることにしたい。

プライスカードでの商標使用の意義

上記事件では、原告の「YODEL/ヨーデル」という商標を被告が使用した行為が争いの元になっていたのであるが、裁判所は、被告の使用類型のうち、「小売店舗のプライスカードで原告商標が使用されていた行為」を以下のような理由により商標権侵害に該当しない、としている。

「プライスカードにおける標章の使用主体は、小売業者又はせいぜい卸売店というべきであって、それらの者の使用行為を被告の行為と同視すべき特段の事情のない限り、被告による使用行為ということはできない。」


ここでの裁判所の判断は、小売店が負うべき商標使用の責任を製造業者たる被告に負わせるのは酷だ、という評価に基づくものと考えられ、被告の使用がいわゆる商品商標としての使用にあたるか、役務としての使用にあたるか、ということについては言及されていない。


だが、判決は、被告の使用が、そもそも原告の商品商標の使用にあたらない、とするのではなく、

「確かに、店頭におけるプライスカードに標章を付して表示することも、商標法2条3項8号所定の、価格表に標章を付して展示することに該当し、標章の使用に該当する」

とした上で上記のように判断しているのだから、裁判所は当然に、これを「商品商標の使用」と考えていた、ということができる。


そしてそのことは小売等役務商標制度が導入された現在でも変わらない、というべきだろう。


なぜなら、現在の特許庁、及び多数説論者の見解によれば、

「店内の全てのプライスカードに統一的に表示された標章は「小売役務商標」と捉える余地があり、そのように捉えることが改正法の立場」

であるのに対し、

「個別商品毎にプライスカードに表示された標章が異なる場合、それは個別商品についての商品商標ということにな」る

からである。


自分としてもこのような結論には違和感を感じないし、上記のような一般的な考え方に異を唱えるつもりはない。


だが、峯弁理士のコメントが面白いのは、そのような“常識”に商標法の条文構造から批判を加えた、という点にある。

特許庁見解への疑義

弁理士のコメントの中で、自分の印象にもっとも残っているのは、

「プライスカードにおける表示は、「陳列」に係るものとして捉えることも可能であるが、個別商品との具体的関連性が強く「販売」に係るものとして捉えることもできる。」(616頁)

と述べた上で、商標法2条1項1号と2号の条文構造から、

「他方、商標法2条1項2号はカッコ書きで「前号に掲げるものを除く」と規定している。すなわち、商品商標(1号)と役務商標(2号)とでは、商品商標が優先するものと解される。カッコ書きを重視するならば、小売等役務商標の使用となる範囲は、商品商標の使用となる範囲から外れているものに限られることになるように思われる。」(616頁)

とし、「値札、レシート等の使用」について「商品商標、小売等役務商標のいずれにも該当する場合があると考えられます」とする特許庁の説明について、

「何れにも該当する、ということは上記「前号に掲げるものを除く」との関係で法律的に正しくないと思われる」(616頁)

と指摘されている箇所である(もっとも、その後に「商品・役務の類似範囲において重なり合うということであれば、あり得ることであろう」と一応のフォローがなされてはいるのだが)。


既に本ブログでも何度か批判してきたように、小売業者による商標の使用が、「商品商標、小売等役務商標のいずれにも該当しうる」という特許庁の解説は、実務サイドからみると分かりにくいことこの上ない。


だが、結論として、先ほど述べたような商標商標と小売商標の切り分けをすることについては、「さもありなん」という思いがあったのも確かだ。


しかし、峯弁理士は、上記のような切り分けを行う必要性を認めつつ、

「このような結論を条文から直接導き出すことは難しいのではあるまいか。」

特許庁の見解に疑義を呈されている。



正直、商標法2条1項2号の読み方が上記のようなものでよいのかどうか、自分としては半信半疑のところもあるし、別の解釈もありうるのではないか、と思うのだが、とかく特許庁が作ったルールを絶対視しがちなこの業界において、法の条文構造という根本的な部分から一石を投じた、という点において上記論稿に意義があるのは間違いないところである。


今後この種の議論が広まっていくのかどうかは分からないが、一つの見解として、興味深く見守っていくことにしたい。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060504/1146736910#tb、その後原審を支持する高裁判決が出されている(大阪高判平成18年10月18日)

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