誰が作ったんだこんな法律。

法案が提出される際の一部報道を除けば、各メディアでもまともに報じられないままいつの間にか成立した映画盗撮防止法案。


平成19年5月30日付官報の号外*1や、それを引用したokeydokey氏のブログ*2にも全文転載されているのだが、あえて自分のブログにも載せてみる。

法律第六十五号
映画の盗撮の防止に関する法律
(目的)
第一条 この法律は、映画館等における映画の盗撮により、映画の複製物が作成され、これが多数流通して映画産業に多大な被害が発生していることにかんがみ、映画の盗撮を防止するために必要な事項を定め、もって映画文化の振興及び映画産業の健全な発展に寄与することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 上映 著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)第二条第一項第十七号に規定する上映をいう。
二 映画館等 映画館その他不特定又は多数の者に対して映画の上映を行う会場であっ
て当該映画の上映を主催する者によりその入場が管理されているものをいう。
映画の盗撮 映画館等において観衆から料金を受けて上映が行われる映画(映画館等における観衆から料金を受けて行われる上映に先立って観衆から料金を受けずに上映が行われるものを含み、著作権の目的となっているものに限る。以下単に「映画」という。)について、当該映画の影像の録画(著作権法第二条第一項第十四号に規定する録画をいう。)又は音声の録音(同項第十三号に規定する録音をいう。)をすること(当該映画の著作権者の許諾を得てする場合を除く。)をいう。
(映画産業の関係事業者による映画の盗撮の防止)
第三条 映画館等において映画の上映を主催する者その他映画産業の関係事業者は、映画の盗撮を防止するための措置を講ずるよう努めなければならない。
(映画の盗撮に関する著作権法の特例)
第四条 映画の盗撮については、著作権法第三十条第一項の規定は、適用せず、映画の盗撮を行った者に対する同法第百十九条第一項の規定の適用については、同項中「第三十条第一項(第百二条第一項において準用する場合を含む。)に定める私的使用の目的をもつて自ら著作物若しくは実演等の複製を行つた者、第百十三条第三項」とあるのは、「第百十三条第三項」とする。
2 前項の規定は、最初に日本国内の映画館等において観衆から料金を受けて上映が行われた日から起算して八月を経過した映画に係る映画の盗撮については、適用しない。
附 則
この法律は、公布の日から起算して三月を経過した日から施行する。
文部科学大臣 伊吹 文明
経済産業大臣 甘利 明
内閣総理大臣 安倍 晋三
(太字筆者)

いかにも「議員立法」といった体裁の垢抜けなさや、「盗撮」という初めからバイアスのかかった言葉で、(本来著作権法上は正当行為であった私的複製を含む)映画館内での撮影行為を定義していることへの疑問などは、ここでは置いておくことにしよう。


問題はその中身だ。


この法律の唯一の存在意義が込められている、というべき第4条1項。


本ブログでも以前、

海賊版の取り締まり」という錦の御旗を掲げることで、権利者と利用者の絶妙なバランスの上に成り立っている「私的使用」というセンシティブな領域に介入しようとする動きにまで手放しで賛辞を送ることは、とてもできない。」

とコメントしたことがあるのだが(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070329/1175302142#tb)、この第4条1項は、まさにその「私的複製」領域に土足で踏み込むような効果をもたらすものといってよいのではないか、というのが筆者の感想である。

(1)「映画の盗撮」について、「私的複製」に関する権利制限規定である著作権法30条1項を適用しないこととした。
(2)現在数少ない「権利制限除外事由」として認められている、著作権法30条1項1号、2号に対してすら適用されない罰則規定(著作権法119条1項)を、ダイレクトに適用することとした。

という2点において、今回の立法はあまりに性急で、業界のニーズに流され過ぎたものである、というそしりを免れないだろう。


文化審議会著作権分科会で、「私的複製」の範囲の見直しについて真摯な議論が行われているさなかに、このような荒っぽい「権利制限除外」を強引にやってしまうのは、「正義」に名を借りた火事場泥棒的行為に他ならないと思う。


もちろん国会議員も皆が皆アホというわけではないらしく、衆議院経済産業委員会における質疑では、民主党川内博史太田和美両議員による鋭い指摘がなされているところでもある(第166回平成19年5月9日付第10号議事録参照)。


例えば、川内委員は、本件が「特別法で30条1項の適用除外を認める初めてのケース」であることを強調し、

「このように、重要な著作権法制の変更、著作権法を改正する場合には、文化審議会著作権分科会の法制問題小委員会等で専門的な知見を有する皆さん方に御議論いただいた上で、関係者間協議を経て改正の運びとなるというのが今までの通常の例であるというふうに思いますが、今回は、これらの手続をすべて飛ばして議員立法という形で、しかも特別法という形で適用除外を認めるということになるわけでございます。」

とチクリとやった後に、

「この法律の書き方として、映画の最初から最後まで一本丸々撮った場合にはとか、限定がついていないんですね。録画すること、録音すること、これは著作権法上では連続して物に固定するというふうに書いてあるんです。この連続して物に固定するという言葉が、何秒ぐらい撮れば録音録画することになるのかということは議論になるでしょうけれども、しかし、とにかく大変な法律なわけでございます。」

と指摘する。


そして、

著作権は、本来、私権を定めているものであり、映画業界がもし仮に大変な被害をこうむっているのだということをおっしゃるのであれば、その被害の防止のためには、本来、権利者が自主的な努力をまずすべきであって、いきなり警察に通報して逮捕してもらう、何かガードマンがわりに警察を使うというようなことがあってはならないというふうに思いますが・・・」

として、関係事業者の「自主的な努力」が果たして行われているのかどうか、と文化庁経産省に激しく問いただした。


これに対し、文化庁経産省の各政府参考人は、

「今回、今準備をされております法案につきましては、海賊版の防止という観点から、映画館における盗撮という特別なケースにつきまして、必要最小限度の私的複製に関する例外を設けるということでございますので、内容としては妥当なものではないかというふうに私ども感じております。」(文化庁・吉田政府参考人
「これまでも、映画業界では、協議会を設けて、盗撮防止を訴える映像の上映ですとかポスターの掲示というようなことをやってきておりますし、それから、昨年の東京国際映画祭の際にも、映画盗撮の防止をテーマにしたセミナーを開催するというようなことで、対策の強化に取り組んできているものというふうに思っておりますけれども、さらにいろいろなことで努力をすべきだというふうに考えております。」(経済産業省・肥塚政府参考人

といった回答を行ったのであるが、目的の妥当性はともかくとして、文言上は「映像の録画」や「音声の録音」が全面的に私的複製規定の適用除外になる、という法律が果たして「必要最小限度の例外」といえるのか、また開始前に意識啓発のテロップを流したくらいで「対策の強化」に取り組んできたといえるのか、突っ込みどころは満載であろう。


さらに輪をかけて物凄いのが、甘利経済産業相の発言である。

「まず、いきなり携帯電話で十秒撮ったら逮捕されちゃうと。しかし、法律というのは全体で構成要件をなしていますから、この一条の目的を読む限り、委員長が御提案のこの法律を読む限り、一条で、「映画の複製物が作成され、これが多数流通して映画産業に多大な被害が発生していることにかんがみ、」つまり、映画の作品として流れていることにかんがみと。十秒間撮ったものが作品として流れるとは思えない。ですから、全体の法律構成で、それは当然、そんなところで逮捕したら不当逮捕と言われるに決まっているのであります。」
映画関係者と話をしますと、もうとめようがありませんと。堂々とスクリーンの前に三脚を立てて撮影を始める、これは暴力団関係者。とめにも入ります。しかし、おまえは著作権法を知らないのか、これはおれたちが撮って私的に楽しむんだ、だからどこがいけないとやられて、どうにもなりませんというところまであるんですね。」
「上映されますと、よく違法作品には前の観客の頭が映ったりしますけれども、あれは全部、いわば違法に複製をしているわけでありますけれども、それを取り締まれる法律が事実上ない、開き直られてどうにもなりませんというのが現状でありますし、日本発にそういうのが出てきますと、日本で先に上映はできない、信用できないということになるのであります。」
アメリカを初め何カ国かではもう先行してこういう法律上の取り組みがあります。これは著作権法上の権利を極めて限定的に制約するということでありますし、これによって著作権法の概念自身を曲げてしまうというものではないというふうに思っております。」

まず、1点目に関して言えば、いかに「不当逮捕」と騒がれても、犯罪の構成要件を満たしているのであれば、処罰されるリスクはあるわけだし、ここで述べられている理屈に、そのようなリスクを打ち消すだけの説得力があるか、と言えば、それは心許ない、といわざるを得ないだろう。


また、2点目、3点目に関して言えば、映画館の管理運営者が館内での撮影禁止を明示しているのであれば、堂々と撮影行為を行っている不埒モノを、契約に基づいて館外へ排除することは十分に可能であり、“開き直り”に対して何も対処できない、ということは起こり得ないはずである。


4点目も含め、上記のような理由付けは、権利者と利用者間のバランスを崩すようなリスクをあえて冒してまで本法律を制定する理由としては、何とも物足りないといわざるを得ない*3


川内委員は、

「私的複製という観点から、私は、特別法という形ではなくて、本来著作権法の中で処理をしていくべき課題ではないかというふうに考えております。だからこそ、政府の知的財産推進計画二〇〇六においても、「劇場内で無断撮影された映像の違法流通への対策を推進する」という項目の中で「必要に応じ所要の措置を講ずる。」というふうに書かれているわけでございます。」

と述べて、文化庁の見解を問いただしているが、当の文化庁の回答は、主管官庁とは思えないほど歯切れが悪いものになっている。

「今回の法案は、その中身といたしまして、先般議論のございました関係者の盗撮防止の努力義務の内容に加えまして、著作権法の例外を定めておりますので、そういった意味では、そのまま著作権法の中にこれを吸収できるかどうかということについては議論があるところだとは思います。しかしながら、今回この法案が成立しました後には、私どもとしては、著作権分科会の方に報告をいたしまして、私的複製に関する規定の中での位置づけについても議論をしてまいりたいというふうに考えております。」

このような特別立法で著作権法の大原則をいじるのは本来邪道であり、文化庁としては、直ちに30条1項に「第3号」として今回の立法内容を付加するか否か、検討を始めるのが筋ではないか、と思うのであるが、どうもそのような意欲は、ここからは伝わってこない。


最後は、

「とにかく、この法律がしっかりと、業界の自主的な努力というものが大前提の上に運用をされていくということを私もしっかりとウオッチさせていただきたいというふうに思っております。業界は業界の言い分というものがあるでしょう。しかし、文化の発展というものは、利用と保護のバランスがとれて初めて発展をしていくということを改めて確認させていただいて、私の質問を終わらせていただきたいと思います。」

と締めた川内委員。


だが、民主党委員の厳しい攻勢は続く。


本テーマの2番手として質問に立った太田委員*4は、

「立法事実に関してでありますが、盗撮された影像をもとに年間にどのくらいの海賊版映画DVDが生産、販売されているのか、また、これによって我が国の映画産業はどれぐらいの被害を受けているのか、お願いをいたします。」

という質問で、「盗撮が原因と思われるものの損失は約二百億」という政府参考人の例の眉唾見解を引き出した後に、そもそも海賊版と正規品が市場で競合しているのかどうか怪しい、という自説(至って正論)を述べ、

「映画産業の被害というのは、海賊版を買うことによって本来映画館に足を運ぶはずの人が足を運ばなくなる数、そして、海賊版を買うことによって本来正規のDVDを買うはずだったのが買わなくなった数、この合計だと思います。これはなかなか把握できないと思います。しかし、それにしても、先ほど示された被害額には一体どのような算出根拠があるのか、お願いをいたします。」

と更に突っ込んだ後に、

「映画産業が受ける被害、法律の立法事実、これはもう少し正確に示す努力が必要だったのではないか、これは指摘だけさせていただきます。」

と本法律制定に際しての立法事実の検討の不十分さを指摘している*5


また、罰則については、

「十年以下の懲役もしくは一千万円以下の罰金というのは、一般の国民にとっては大変重いという受けとめ方ではないだろうかと思います。著作権侵害罪を私的複製の適用除外をしないでそのまま適用するからこうなるのだとは思うんですが、国民にとっては余りそういう理屈は関係ないと思います。例えば、殺人罪でも死刑または無期もしくは五年以上の懲役ということですから、場合によっては映画を盗撮する方が殺人より量刑が重いということが出てきます。ほかにも、申し上げませんが、こんな悪事よりも映画盗撮の方が重い罰則なのというような事例は多々あります。」

と指摘しているし、本法の目的を達成するために他の手段がなかったのかどうか、という点についても、

「現在でも、海賊版の頒布行為あるいは頒布目的の所持行為は著作権法で取り締まることが可能ですし、映画館側が施設の管理権限に基づいて盗撮をやめさせることは理論的には可能なはずです。その際、盗撮をしている人物がこれは私的目的に使用するための撮影だと開き直った際、反論できないからこういう法案が必要になったのだろうと思いますが、それでも映画館側の施設の管理権限としてやめさせることはできるわけです。あるいは、別の形で盗撮行為を禁止する新規の立法も可能ではないかと思いますが、これらの点について、著作権法上の私的複製を認める規定を適用しないという方法以外に盗撮を防ぐ立法などはなかったのか

という問題提起を行っている。


太田委員は、

「今回は映画の盗撮ということですが、今後、音楽のライブコンサートあるいは演劇や落語といったほかのジャンルに規制が広がっていくのではないかという懸念についてはどのような見解でしょうか。」

という質問も行っており、筆者としてもその回答には期待していたのだが、当の文化庁の政府参考人の回答は、

「現在準備されております法案は、映画という分野におきます被害の実態ですとかあるいは映画の特質、そういったところにかんがみまして特別な法律をつくるものだというふうに考えております。」
「映画と異なりまして、ライブコンサートなどの他の分野におきましては、現在のところ、映画と同様の深刻な被害があるですとかあるいは関係業界からの要望も、私どもは聞いていないところでございます。」
「今後、他の分野でも映画と同様の措置が必要になるかどうかということにつきましては、その被害の実態など、いわゆる立法事実の有無があるかどうかといった点を踏まえまして、その状況に応じまして適切な対応を検討していくことになろうかと思います。」

ということで、他業界から要望があったときには、さらなる「権利制限適用除外規定」を設ける可能性を明確には否定しないものであった。



残念ながら、上記のような数々の的確な指摘を両委員が行ったにもかかわらず、衆院委では、上記2名も含めて誰も反対票を投じることなく、この法律案は承認されているし、参院に至っては、より日程がタイトだったのか、委員会での審議すら省略されてしまっている。


だが、ことは、そんなに簡単に結論を出してよい中身だったのだろうか。


将来的に、今回の法律が“蟻の一穴”として機能し、著作権法体系全般の混迷を招く可能性を決して否定することはできない。


そして、もしそのような混迷が訪れたとしたら、その責任の一端は、法律が掲げた“羊の頭”をほぼ無批判に受け入れ、問題点の分析も審議過程の追跡もロクに行わなかった各メディアにもあるのではないか、と思うのは筆者だけだろうか・・・。


いずれにせよ、著作権をめぐるこの国の闇は深い。


今回の立法は、そういった情勢に思いを馳せるには格好の事例、というべきなのかもしれない。

*1:http://kanpou.npb.go.jp/20070530/20070530g00111/20070530g001110025f.html

*2:http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20070530/1180483469#tb

*3:川内委員は、業界側の努力不足を改めて指摘した上で、「たしなみの問題と法律上の問題を一緒にしてはだめですよ、ここは立法府なんだから。」と述べて一区切り付けているが、ここはもう少し攻めても良かったところだろう。

*4:千葉の補選で自民党候補を破って注目を浴びた最年少議員である。

*5:これに対し、政府参考人側は、確固たる反論をなしえていない。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html