「秘密管理性」要件をめぐる判断の揺らぎ?

2年ほど前に『営業秘密管理指針』の改訂版が出た頃に、このブログで“あまりに厳格すぎる”「秘密管理性」の要求水準に対し、不満を唱えたことがある(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051120/1132496952)。


その後の裁判例等を見ても、「秘密管理性」判断が回避されていたり(東京地判平成18年3月30日(平成電電事件))*1、あまりに緩すぎる管理ゆえに「秘密管理性」が否定されたり(平成19年2月1日(東京データキャリ事件))*2など、筆者の自説を改めて主張するには難しい状況が続いていたのであるが、そんな中、大阪から画期的な判決の知らせ(笑)が届いた。

大阪地判平成19年5月24日(H17(ワ)第2682号)*3

原告・阪神動力機械株式会社
被告・株式会社アールエスイー他2名


本件は、原告を退職して設立された被告会社が、原告と競業行為を行ったことが問題とされたもので、「水門開閉装置の減速機の組立図」や「歯車や軸の部品図」、「機械効率のデータ」、その他強度計算等のデータ、といった技術上の情報と、「得意先元帳」、「受注実績表」といった営業上の情報について、被告が不正目的での開示、使用を行ったとして、不競法2条1項7号、8号該当性が争われたものである。


本件では、結論として原告の請求が棄却されており、それ自体は、最近の営業秘密使用事例をめぐる“厳しい”傾向と何ら変わりがない。


だが、本件判決が注目されるのは、「営業秘密」該当性が争われた情報の一部について、お世辞にも高いとはいえないレベルの管理の下で「秘密管理性」が肯定された、という点にある。


例えば、「部品図(水門開閉機用減速機を構成する各部品の図面)」は、

「原告の技術部設計課のサーバーに設定された図面管理システムに保存されており、営業担当の職員も各人のパソコンから自由にアクセスして閲覧することができた」(25頁、23頁)

環境において、

「営業秘密である旨の表示がされていない」(25頁)

という状況で保管されていたものであり、

「原告から顧客に部品図を渡す際には、特に秘密保持について契約を締結したり、部品図が営業秘密である旨の注意を促すことはなかった」(25-26頁)

というものであった。


これを『管理指針』で示されている基準に照らすなら、「ミニマムの水準」で図っても、明らかに「秘密管理性」は否定されるところであろう。


にもかかわらず、裁判所は、

「部品図は、当然には顧客に交付しない扱い」(25頁)

とされており、

「原告が部品を外注するために外注先に部品図を交付するときは、それが営業秘密であるとの前提で交付」(26頁)

していた、いう二点をもって、

「原告においては、部品図は、顧客の求めがあった場合でも当然には交付せず、責任者である被告P2の了解を得るようにしていたのであるから、部品図を秘密とする旨を社内的に認識させる措置をとっていたというべきであり、秘密管理性を認めることができる。」(26頁)

と結論を導いた。


ここでは、社内での管理状況は殆ど問題とされていない。


そして、あくまで対外的に顧客や発注先との関係において“特別な取扱い”がなされていた、ということをもって「部品図を秘密とする旨を従業員が認識でき」た、としたのである(同じく「機械効率のデータ」についても裁判所は同様の判断を行っている)。


これは、「部内的な管理はいいかげんだが、外に出す時は一応きちんと管理はしている」という世のほとんどの会社にとって、まさに福音ともいうべき判断だろう。


また、本件が興味深いのは、「営業秘密の不正開示、使用」という争点においては、(1)減速機の仕様が異なれば必然的に部品図も異なってくる、(2)証拠として提出された部品図(原告の部品図と同一)を被告が作成したことを認めるに足りない、(3)被告が作成した部品図と原告部品図には多数の相違点がある、といった理由を挙げて、結局、開示、使用を否定している点にある。


これまで緩やかに「秘密管理性」を認めた事案の中には、そもそも被告側の行為態様が悪質で、「秘密管理性」要件を緩めてでも原告を救済する必要があった事案が相当程度含まれていたと思われるが、最終的に上記のような結論を出していることからすれば、本件で裁判所はそこまでの配慮をしたわけではないようだ。


だとすれば、純粋な「秘密管理性」要件の解釈として、「もっと緩やかに充足性を肯定してよい」という意思を裁判所が示した事例、と理解することも可能であるように思われる*4



なお、最近の裁判例が「秘密管理性」を判断するにあたって「高度な絶対的基準」を取る傾向にあり、『営業秘密管理指針改訂版』もそれと同様の発想に立っていることを指摘した上で、そのような基準に依ることに、法の趣旨、業務の効率性といった観点から疑問を投げかけるものとして、津幡笑「営業秘密における秘密管理性要件」*5がある*6


上記論稿では、結論として

「情報の利用者にとって秘密であると認識可能であるか否かを基準として相対的に判断する立場が妥当である」(213頁)

とまとめているが、本件原告は従業員数123名、と決して大きいとはいえない企業(http://www.hanshin-pm.co.jp/04_company/index.html参照)であり、上記論稿のような考え方を当てはめるにはちょうど適切な事例だったのかもしれない。


本件が、大阪名物の“かっとび判決”で終わるのか、それとも再び全国的な流れとして定着していくのか、今の段階では判断しかねるのは確かだ。


だが、このような「秘密管理性要件」判断の“揺らぎ”がある以上、『営業秘密管理指針』の「ミニマムな水準」を満たしていなくとも、営業秘密としての保護をあきらめる必要はない、ということくらいは少なくとも言えるのではないか。


「ミニマムな水準」に合わせて、せっせと制度を整備している企業にとってはある意味残念なニュースであるが、どんな世界にも“狡猾な不届者”はいる以上、ある程度の例外は認められて然るべきであろう、と筆者は思う。


公刊される裁判例は、年に数えるほどしかないこの分野であるが、自分としてはあえて、今後の裁判例の蓄積に期待することにしたい。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20061106/1162744237

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070211/1171174392

*3:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070528143251.pdf、第26部・山田知司

*4:著作権侵害における「著作物性」と「類似性」の判断においては、入口部分(著作物性)のハードルを下げつつ、類似性を認める範囲のハードルを上げることで、著作物性が乏しい創作物の著作権侵害を否定する事例が見られるが、営業秘密についても「秘密管理性」と「使用開示要件」の間で、そのような利益衡量を行う余地はあるように思われる。

*5:『知的財産法政策学研究』Vol.14(2007年)191頁以下。

*6:同誌には、京都地判平成13年11月1日(人工歯事件)を例に取り、同様の指摘を行う小嶋崇弘「営業秘密の保護と秘密管理性−人工歯事件」(同215頁以下)も掲載されている。

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