マグライトの衝撃

「ひよ子」事件で瞬間風速的に注目を浴びることになった「立体商標」であるが、最近話題の知財高裁第3部が、立体商標に関して、「ひよ子」のそれとは比較にならないくらい、衝撃的な判決を出した。

知財高判平成19年6月27日(H18(行ケ)第10555号)*1

本判決は、原告(マグインスツルメントインコーポレーテッド)が出願した商標(商願2001-3358号)に対して特許庁が行った拒絶査定不服審判不成立審決(商標法3条1項3号該当、3条2項非該当)を取り消したものであり、結論だけ見ると、立体商標制度の活用に道を開いたもののようにも思える。


だが、このような結論が導かれたのは、本判決29頁以降で認定された、

「本件商品については,昭和59年(国内では昭和61年)に発売が開始されて以来,一貫して同一の形状を維持しており,長期間にわたって,そのデザインの優秀性を強調する大規模な広告宣伝を行い,多数の商品が販売された結果,需要者において商品の形状を他社製品と区別する指標として認識するに至っているものと認めるのが相当である。」(36頁)

という“特殊事情”(商標法3条2項該当)の存在ゆえであり、「立体商標における商品の形状」と商標法3条1項3号の関係では、従来考えられていたものよりも、かなり厳しい基準を提示した、というところに、本判決の肝があるのではなかろうか。


自他識別性がない(3条1項3号に該当する)商標であっても、3条2項の周知性要件を満たせば商標登録可能なのは初めから分かりきっていることなのだが、問題は、通常使用している商標が、3条2項を満たすのは相当大変なことで*2、また将来的に3条2項を満たすとしても、使い始める前・使い始めた当時には出願登録を受けられない*3、というところにある。


それゆえ、3条1項3号に該当しない、として初めから自他商品識別性を肯定してもらえるのであれば、それにこしたことはない。


しかし、本判決で裁判所が示した3条1項3号該当性判断基準は、以下のようなものであった。

(ア) 商品等の形状は,多くの場合,商品等に期待される機能をより効果的に発揮させたり,商品等の美観をより優れたものとするなどの目的で選択されるものであって,商品・役務の出所を表示し,自他商品・役務を識別する標識として用いられるものは少ないといえる。このように,商品等の製造者,供給者の観点からすれば,商品等の形状は,多くの場合,それ自体において出所表示機能ないし自他商品識別機能を有するもの,すなわち,商標としての機能を有するものとして採用するものではないといえる。また,商品等の形状を見る需要者の観点からしても,商品の形状は,文字,図形,記号等により平面的に表示される標章とは異なり,商品の機能や美観を際だたせるために選択されたものと認識し,出所表示識別のために選択されたものとは認識しない場合が多いといえる。
そうすると,商品の形状は,多くの場合に,商品等の機能又は美観に資することを目的として採用されるものであり,そのような目的のために採用されると認められる形状は,特段の事情のない限り,商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として,同号に該当すると解するのが相当である。
(イ) また,商品等の具体的形状は,商品等の機能又は美観に資することを目的として採用されるが,一方で,当該商品の用途,性質等に基づく制約の下で,通常は,ある程度の選択の幅があるといえる。しかし,同種の商品等について,機能又は美観上の理由による形状の選択と予測し得る範囲のものであれば,当該形状が特徴を有していたとしても,商品等の機能又は美観に資することを目的とする形状として,同号に該当するものというべきである
けだし,商品等の機能又は美観に資することを目的とする形状は,同種の商品等に関与する者が当該形状を使用することを欲するものであるから,先に商標出願したことのみを理由として当該形状を特定の者に独占させることは,公益上の観点から適切でないからである。
(ウ) さらに,需要者において予測し得ないような斬新な形状の商品等であったとしても,当該形状が専ら商品等の機能向上*4の観点から選択されたものであるときには,商標法4条1項18号の趣旨を勘案すれば,商標法3条1項3号に該当するというべきである
けだし,商品等が同種の商品等に見られない独特の形状を有する場合に,商品等の機能の観点からは発明ないし考案として,商品等の美観の観点からは意匠として,それぞれ特許法・実用新案法ないし意匠法の定める要件を備えれば,その限りおいて独占権が付与されることがあり得るが,これらの法の保護の対象になり得る形状について,商標権によって保護を与えることは,商標権は存続期間の更新を繰り返すことにより半永久的に保有する点を踏まえると,商品等の形状について,特許法,意匠法等による権利の存続期間を超えて半永久的に特定の者に独占権を認める結果を生じさせることになり,自由競争の不当な制限に当たり公益に反するからである。
(26-27頁)

これは、従来の裁判例(東京高判平成12年12月21日)が、「一般的に採用し得る機能」や「一般的に採用し得る美感」を用いている場合を識別力が否定される事例として挙げており、その裏返しとして、「筆記具の用途、機能から予測し難い特異な形態」や「特別な印象を与える装飾的形状」に識別力を肯定する余地を認めていたことと比べると*5、厳格に過ぎるように思えてならない。


特に、「機能上の理由」により選択した形状についてはともかく、「美観に資すること」を目的とした形状については、製造者、供給者の側としても、それを顧客吸引的要素として活用する意図を十分に有していることの方が多いはずで、意匠権に基づくデザインそのものの創作性の保護と平行して、出所識別標識としての商標権に基づく保護を及ぼすことにしたとしても、理論的に矛盾する事態は生じないはずだ。


知的財産諸法の本来の守備範囲を意識して謙抑的に解釈する、という“飯村コート”の傾向は東京地裁時代から見られるもので、特にグレーゾーンにおける一般不法行為の成否については厳しい判断を示すことが多かったのだが(ダービースタリオン事件などが典型)、登録要否を判断する段階でも、ここまで知財諸法相互間の守備範囲に気を遣う必要があるのかどうか。本判決はいろいろと議論すべき余地のある判決だといえるだろう。


なお、マグライトの形状そのものは、美観というより、機能向上を最大の目的として作られたもののように思えるから、あてはめレベルでの3条1項3号該当性判断は、妥当であるように思われる。


また、3条2項該当性の判断基準として、

「使用に係る商標ないし商品等の形状は,原則として,出願に係る商標と実質的に同一であり,指定商品に属する商品であることを要する。もっとも,商品等は,その販売等に当たって,その出所たる企業等の名称や記号・文字等からなる標章などが付されるのが通常であることに照らせば,使用に係る立体形状に,これらが付されていたという事情のみによって直ちに使用による識別力の獲得を否定することは適切ではなく,使用に係る商標ないし商品等の形状に付されていた名称・標章について,その外観,大きさ,付されていた位置,周知・著名性の程度等の点を考慮し,当該名称・標章が付されていたとしてもなお,立体形状が需要者の目につき易く,強い印象を与えるものであったか等を勘案した上で,立体形状が独立して自他商品識別機能を獲得するに至っているか否かを判断すべきである。(29-30頁)

という基準を示した点においても評価できるだろう*6


以上、華々しい当事者系審判ルートの取消訴訟ではなく、地味な査定系審判ルートの取消訴訟だけに、メディアの扱いもさほどではなかったこの事件だが、いろいろと掘り下げる余地が多い事件として、取り上げておくことにしたい。

*1:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070628103140.pdf

*2:それは「ひよ子」の一件を見るまでもなく明らかだろう。

*3:当該商標の性質上、第三者に先回りして権利を取得される懸念はないが、逆に商標を使って第三者の模倣を防ぐことも困難となる。

*4:判決では「機能向上」のみを挙げているが、前後の記述との整合性を考えると、「美観向上」もここに含む趣旨と理解すべきだろうか。

*5:青木博通「知的財産権としてのブランドとデザイン」116頁(有斐閣、2007年)参照。

*6:「ひよ子」事件では、あたかも文字標章と併記した場合には全て立体形状の周知性が否定されるような説示になっていたところに問題があり、この点に関しては、本判決が「ひよ子」判決に対する一種のアンチテーゼのようになっている。(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20061130/1165034832#tb参照)