対決・東京vs大阪〜営業秘密編

同じ知財専門部を持つ地裁同士でも、東京地裁と大阪地裁とではいろいろと判断が異なるケースが多い、というのは、以前から本ブログで指摘していたことである*1が、「営業秘密」侵害をめぐる紛争においても、そういった争いが顕在化しつつある。


大阪地裁で5月末に出された判決で、「秘密管理性」要件が緩やかに解される興味深い判断が下されたのは、既にご紹介したとおりであるが*2、実務にとっては“福音”かと思われた上記判決の余韻に浸る間もなく、東京地裁で営業秘密侵害をめぐる判決が立て続けに出された。


少し時間は経ってしまったが、「要は何も変わっていない」と思わせてくれるこれらの判決をご紹介することにしたい。

東京地判平成19年5月31日(H17(ワ)第27477号ほか)*3

原告・株式会社中屋
被告・株式会社グリーンリカー


原告会社を退職した従業員が、被告会社を設立し、いくつかの取引先を奪っていったことに端を発したと思われるこの事件。


裁判所は、本訴原告側の請求*4を全て退けているが、感情的な対立に端を発するこの種の事案の解決策としては、概ね妥当なものということができるだろう。


ただ、問題は結論に至るプロセスにある。


本件で原告側が「営業秘密」だと主張したのは、以下のようなものであった。

(1)「得意先ABC分析表」
(2)「得意先コードブック」
(3)「得意先特殊単価リスト」
(判決は以上を「顧客データ」としてまとめている)*5

そして、原告には「秘密管理のあり方や従業員の秘密保持義務を定めた規程はな」く、「本件顧客データへのアクセスについてパスワードは設定されておらず、事務机に設置された通常のパソコンで閲覧することも可能である」ものの、

「閲覧できるのは、役員、営業担当者及び顧問のGであり、配送担当者は閲覧を認められていない。」
「プリントアウトするには、事務所の一番奥にある社長席の脇に置かれた専用のプリンターを使う必要があり、通常のプリンター向けの用紙とは異なる用紙(ストックフォーム)が使用されている。」
「プリントアウトは、基本的には、原告代表者、専務のI、常務のJ、被告A及び顧問のGにしか認められておらず、営業担当者がプリントアウトする必要がある場合には、これらの者の許可を得て行っていた」
(28-29頁)

と、一応の管理性を窺わせる状況はあった。


だが、裁判所は以下のように判断して、当該情報の「秘密管理性」を否定したのである。

「本件顧客データは,秘密管理性の認められない「見積書」を基にオフィスコンピュータにデータが入力されるものである。そして,前記認定事実によれば,コンピュータに保存された顧客データにアクセスするためのパスワードは存在せず,アクセスできる者についても明確な定めは設けられていない。そして,営業秘密の保護について就業規則等に何らの定めもなく,従業員に対し秘密管理について指導監督が行われていたという事情も認められない。原告は,本件顧客データを閲覧できるのは,役員や営業担当者に限られると主張するものの,営業を行わない配送担当者は,各取引先への販売価格等を参照する職務上の必要がないのであるから,閲覧を認められないというのは当然のことであって,営業を行わない配送担当者に閲覧が認められていないからといって,当該情報が営業秘密として表示され,アクセスできる者が制限されているということはできない。そして,プリントアウトについては、閲覧することができる者よりもその範囲が限定されているとはいえ、用済みとなった後に印刷物を回収する措置が講じられることはなく,その管理方法について指導がされていたということもない。したがって,本件顧客データについても,秘密管理性を認めることができない。」(29-30頁、太字筆者)

このような判断の背景にある考え方として、裁判所は、

不正競争防止法における営業秘密は,不正競争防止法2条6項所定の要件を充たす必要があり、「秘密として管理されている」ことを要する。事業者の事業経営上の秘密一般が営業秘密に該当するとすれば,従業員の職業選択・転職の自由を過度に制限することになりかねず,また,不正競争防止法の規定する刑事罰の処罰対象の外延が不明確となることに照らせば、「秘密として管理されている」というには,当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること,及び,当該情報にアクセスできる者が制限されていることを要するものと解するのが相当である。」(29頁)

という理屈を挙げる。


だが、解釈の仕方によっては、本判決でも「アクセスした者が認識できる」「アクセスできる者が制限されている」ということはできたはずで、上記の理屈は結論を導くための決定的な要素にはなり得ないように思われる。


既述の大阪地判平成19年5月24日で、特に秘密である旨の表示が付されておらず、開示時に秘密保持契約が結ばれていたわけでもなかった図面について、「当然には顧客に交付しない扱い」になっていたことをもって「秘密管理性」を認めた柔軟な判断が示されたことに比べると、何とも厳格な印象を受ける上記の判断。


本件では、不法行為の成否をめぐる事実認定で、

「原告が主張する上記各事実をもって、被告Aら3名が本件顧客データ又は本件見積書控えを持ち出して利用したことを推認することはできない」(44頁)

としており、上記顧客データの営業秘密該当性を肯定しても、不正利用行為を否定することで妥当な結論を導くことは可能だったはずである。


にもかかわらず、営業秘密該当性を否定した東京地裁の判断には、あたかも「営業秘密」保護を強化することへの“警戒心”が込められているかのようですらある。

東京地判平成19年6月29日(H18(ワ)第14527号の2ほか)*6

原告・リザ株式会社
被告・モルガン・スタンレー証券株式会社ほか


本件は、被告モルガンからオフィスでのダイニングサービスを受託していた原告が、サービスに関する「マニュアル」を不正に開示、利用された、として、不競法2条1項7号〜9号該当性を主張して争ったものである。


これも、事実関係をよくよく見ると、元々原告が独占していた被告モルガンのダイニングサービスに、ジョンソンコントロールズという会社が介在するようになったことが争いの発端になっていることは明らかで、あまり筋の良い話ではないなぁ・・・といったところだろう。


ゆえに、原告側の請求を棄却した結論自体にはあまり異論はない。


だが、裁判所が不競法2条1項7号該当性を否定した、以下の理屈はどうだろう。

「本件マニュアルは、業務委託契約に基づき業務を履行するための具体的な手順を詳細に記載したものであり、本件契約書別紙1の内容の一部分ともいうべき内容であって、平成13年1月に最初の業務委託契約が締結された後、原告と被告モルガンの合意の下に作成されたものである。」
「したがって、原告と被告モルガンは、本件マニュアルという情報が成立した時に、本件マニュアルの情報をお互い原始的に保有することになったものであって、被告モルガンは、原告から原告が保有していた本件マニュアルの情報を「示された」ものではないと認められる」
(29頁)

(契約上の)当事者の合意の下に・・・というくだりは、おそらく「原価セール事件」あたりから持ってきた理屈だろうが、「示された」要件と「本源的保有者論」が混在している、という上記理屈そのものに内在する気持ち悪さ*7もさることながら、「秘密管理性」要件にすらタッチすることなく、「示された」要件のみで判断を終わらせてしまう安直さが、何ともいえない・・・。


本件では、「外部の業者の従業員」であっても、本件マニュアルにアクセスすることができ、「見ようと思えば、見ることができた」ことや、契約上「職務に関連して創作された全てのワークプロダクツ*8を会社が単独で所有することに合意します」という規定があったこと*9などから、「秘密管理性」が否定される可能性は高かったといえるかもしれない。


しかし、だからといってそこを全てスルーして、「示された」の要件解釈だけで、全てを片付けてしまうのは、いかがなものかと思う。

まとめに代えて

以上2件から(そしてそれ以前から示されている判断と合わせても)見えてくるのは、営業秘密保護に対して頑ななまでに消極的な東京地裁の姿勢であり、つい先日示された大阪地裁の判断とは対極にあるような解釈態度である。


著作権の間接侵害をめぐる対照的な判断と同様に、権利者に対して厳しい視線を向けるのが東京地裁、どちらかといえば権利者保護を優先するのが大阪地裁(かなり乱暴な評価なのは承知の上だが・・・)と括ってしまえば話は早い。


「秘密管理性」要件でバッサリと切ってしまう東京地裁の解釈態度などは、「著作物性」という入り口段階で権利者の主張をぶった切ってしまう、同地裁の解釈態度にも共通するものがある。


だが、ひとたび権利性が肯定されれば、カットアンドペーストでも「侵害」が成立してしまう著作権法の規律とは異なり、元々、「営業秘密該当性」+「図利加害目的での利用開示行為の存在」という二段・三段にわたる厳格なハードルが課されている、というのが営業秘密に関する規律である。


そして、公正な競争秩序を確保する、という「不正競争防止法」のそもそもの趣旨を考えると、焦点を当てるべきは「営業秘密該当性」よりも、むしろ開示・利用行為の主観的意図や態様の方であるようにも思えてならない。



そう考えた時に、今の東京地裁のアプローチが、果たして妥当なものといえるのか、議論の余地はあるように思う。


この種の争点で最高裁まで行くようなケースは稀だろうから、下級審判例の混乱は当面続くことになるだろうが、筆者としては、とりあえず次の大阪地裁の判決に、期待することとしたい。

*1:例えば著作権の間接侵害に関して争われたケースなど。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070606/1181173582

*3:第46部・設楽隆一裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070606180915.pdf

*4:営業秘密に関する不競法2条1項7号、8号違反に加え、取締役としての忠実義務違反、雇用契約上の誠実義務違反等が争点になっていたが、全て退けられた。また、原告が取引先に対し、被告を提訴した内容の「通知」を送付した行為につき、反訴において本訴被告に対する名誉毀損、プライバシー侵害の成立が認められており、本訴原告側の完敗といえる内容になっている。

*5:原告は他にも「見積書」も営業秘密に該当すると主張しているが、さすがにムリがあるのでここでは割愛する。

*6:第40部・市川正巳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070709102226.pdf

*7:この点については、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060330/1143741368を参照のこと。

*8:「ワークプロダクツ」には「企業秘密およびその他の機密情報」が含まれることも明記されている。

*9:もっとも、このような規定があったとしても、作成された「ワークプロダクツ」の中に、受託者固有の秘密情報が使われている場合には、それを含む「ワークプロダクツ」を開示利用する行為が不競法違反となる可能性は完全には否定できない、というべきだろう

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